魔女のお茶会 ~コロの魔法
「どうやらワシは、孤独に慣れすぎてしまっていたようじゃ」
魔女エリザは少々言いすぎたとでも言いたげに、ゆっくりと皆を見回した。
「魔女、エリザ……」
「ひねくれた事を言ってすまなかったね。年寄りのヒガミじゃ。気にしないでおくれ」
お茶を一口飲んで力なく笑う。
午後の日差しが窓から差し込み、小鳥たちが歌っている。
ハイレネー山の懐に抱かれたこの小屋で、彼女エリザは何十年――ひょっとすると百年以上も、たった一人で孤独な暮らしを営んできたのだろう。
「年寄り……?」
「お姉さんなのに?」
「いったい幾つなのにゃ?」
アイナとコロ、ミゥが不思議がるのも無理はない。
ミスティア同様、ダークエルフは人間の何十倍も長寿なのだから。
「こう見えてもワシは千歳を超えとる。もっとも、正確には覚えておらぬがの。目覚めたのは今から、三百年ほど前じゃ。その前は数百年間ほど寝ておったからのぅ……。目覚めてからは様々なことがあり、出会いと別れを繰り返し、もう疲れ果てた……。誰とも交わらぬ静かな暮らしに逃げ込んだのじゃ。永久に近い命は、牢獄に他ならぬ」
衝撃的な年齢と、驚くべき話に皆が息を飲んだ。
「牢獄……」
「かといって自ら命を絶つ勇気もない。故に、ここで誰にも見つからぬよう、静かに暮らしておった。まぁ必要な品物は買わねばならんので、完全に世を捨てることも難しいがのぅ……」
皆の驚きをよそに、ミスティアは嬉しそうだ。
「エリザはボクと同じ、ダークエルフなんだね」
「そうじゃとも。ミスティアだったかの。ヌシはミーグ・リアドマット魔法公社製、個体識別番号三桁台だね。魔力の波動に特徴があるからの、すぐにわかったぞい。ワシは、ヌシよりずっと前に製造された旧式の試作個体じゃ。魔法特性の系統は似ておってのぅ。相手の認識への干渉、意識干渉。ワシは特に認識を撹乱させる魔法を使えるよう、調整されておる」
認識阻害や撹乱系の魔法となれば、ミスティアの固有の魔法能力、「魔物の意識へ影響を及ぼす」と系統が似ている。
「……ボクは難しい事はほとんど覚えていないんだ。でも、エリザは、仲間なんだって安心した」
「仲間……か。そうじゃな。同族じゃ」
「よかった……!」
悠久の時間を生きるダークエルフたち。
あまりにも壮大な話ではあるが、ミスティアにとっては嬉しい出会いだったようだ。
少なくとも同族、仲間が見つかったのだから。
「昔はたいへんじゃった。仲間も大勢いたが……。次々と殺された。あれは……仲間が悪かった。強大な魔力で人間を支配しようと、野心を持ったゆえの因果応報じゃ」
「そんなことが……」
「三百年前の反乱で、ワシを含めた何人かが『増援』として目覚めさせられたのじゃ。しかし……時すでに遅し。大勢は決しておった。ダークエルフたちは討伐され、壊滅寸前じゃった。ワシはなんとか逃れたが、同族はもう……誰もおらん」
歴史にも記されていない大昔のことなのだ。
三百年前には魔導災害があったとは伝えられていたが、それに何か関係するのかもしれない。だが、歴史の真実に光を当てることが旅の目的ではない。
「しかし、こうしてヌシのような子供と会えるとは思わなんだ。それも笑顔で、人族や獣人族の仲間と旅をしているのを見ての。ワシは……つい嬉しくなってしまったのじゃ」
ミスティアとの出会いは、魔法の偽装を解き放ち、真の姿を見せてしまうほどに嬉しかったのだろう。
「ボクも嬉しい! ねっ、デイーユ」
「あぁ、よかったなミスティア」
「うんっ」
「それに、魔女エリザ。貴女は私にとって恩人です。十年前のあの日、かけてくださった言葉は、今もずっと心の中に」
ディーユは胸に手を当て、魔女エリザを見つめた。
老婆から若い女性へ姿は変わっているが、瞳の光は同じだ。
「あのときの泣き虫小僧っ子が……。大きくなりおって」
何の取り柄も無かった自分。
アイナのように優れた身体能力があるわけでも、特段優れた頭脳を持つわけでもなかった。ごくふつうの子供にすぎなかった。
両親を亡くした悲しみと深い喪失感。壊れそうな心と痛みを無理矢理に内側に押し込め、感情の起伏を抑えた。
それでも孤独な自分にアイナは――半ば強引なまでに――手をさしのべてくれた。
魔女エリザのもとへと導いてくれたのは、アイナだった。
『お前さんには魔法の才能があるよ』
魔女エリザがくれた言葉。
その一言がどれほどの救いとなり、明日への希望となったことか。
暗く虚ろだった心に、光が射した気がした。
暗く冷たい土の中で眠っていた種子が目覚めた。殻を破り根を伸ばし、光に向けて手を伸ばすように双葉を広げる。まるで芽吹くような感覚こそが「魔法の源」になった。
「私は貴女の導きで魔法に目覚め、魔法師になれました」
王宮では役立たずと言われたが、それでも魔法には誇りを持っていた。
少なくとも誰も傷つけない、誰かを救える魔法だから。
テーブルに落ちていたハーブの葉をつまみあげ、魔法を励起する。
――枯死再想、ウィードリコレクション。
乾いた茶葉が、青葉へと変わる。青々と葉を伸ばしたハーブが小さな穂花をつけた。柔らかな葉と爽やかな芳香のそれは、ミントの葉だったようだ。
「ほぅほぅ……! ディーユよ、なんともまぁ、見事な魔法よのぅ。美しく、実に優雅。気品と優しさに満ちた魔法じゃ」
魔女エリザは蘇ったハーブの小枝を受け取ると、手放しで誉めてくれた。心の底から称賛し、ディーユの魔法を認めてくれているのだ。
「あ、ありがとうございます」
「ねっ、ディの魔法はすごいんだよ!」
照れるディーユの代わりに、ミスティアが誇らしげにふんぞりかえる。
「ディさんの魔法は優しくて、大好きです」
「皆を助ける魔法なのにゃー」
負けじとコロとミゥも言い加える。
「よせよ照れるぜ」
「確かにのぅ。これは珍しい魔法じゃ。系統としては植物に限定されてるようじゃが、生命活性化系かの? 枯れている植物からの再生には、因果流転の魔法因子が必要じゃ……。そこから生命再生、活性化へは、タマネギの皮のように、幾重にも魔法を織り込んでゆく必要があるじゃろう。それを細胞に遍在する魔素器官がこなしておる。よほど特殊に進化した魔法因子か、隔世遺伝か……。とにもかくにも、おまえさんの魔法は希少なものじゃぞぃ」
時おりエルフ語を交えての解説は、ディーユでさえすべては理解できなかった。
「そう言っていただけて幸いです。良かった……。貴女に見ていただきたいとずっと思っていたのです。ここを訪れる事が出来なくて……」
気がつけば十年近くが経っていた。
その間に世界は滅び、村も無くなってしまったが……。
「王宮のバカ魔法師どもには、ディーユの価値が理解できなかったらしいからな!」
ふんっ、と鼻息も荒くアイナが腕組みをする。
魔女エリザが何か記憶を辿るように、手元のミントに視線を向ける。
「千年前の魔法文明の絶頂期でさえ、稀有な力じゃ。無理もなかろう。ワシらが造られたずっと後……。完全体なるハイ・エルフの一人が、似た魔法を使っているのを見たことがある。その魔法は、星の旅には欠かせないものじゃと。究極の魔法体系の一部として編み出された生命復元、再生の魔法じゃと……」
「ハイ……エルフ?」
「星の旅?」
皆は顔を見合わせた。エリザも言葉の断片を紡ぐだけで、ちくいち説明はしない。
不思議なお茶会で、ダークエルフの魔女の話に耳を傾ける。
「なぜ時を隔て、複雑高度な魔法の一端が、ディーユに発現したのかはわからぬ。隔世遺伝か、魔素器官が体内に取り込まれたのか……。この地は元々、ミーグの森と並び、ワシらダークエルフの能力開発、実験のための施設が点在しておった。故に、何か関連があるやも知れぬが。人間たちの記録と血筋が途絶えては、全ては闇の中じゃ」
「もう良いのです。見ていただけただけで十分です」
ディーユは自分のことはもうよいとばかりに立ち上がると、コロの背後に立った。
「ディさん?」
「魔女エリザ。この子に……コロには何か、不思議な力がある気がしてならない。魔物の気配を臭いで察知し、危機を救ってくれました。他人の気配を感じ、良し悪しを匂いとして、時に識別しているようなのです」
両肩に手を置き、魔女に紹介する。
「……ふむ? ワシの『惑わせの結界』を破った子だね。子供なら時おり才能を持つ子がおるのじゃが。弟子の頼みとあらばのぅ。目利きをしてしんぜよう」
魔女エリザも興味を持っていたらしく、快く引き受けてくれた。
コロの横に来ると手を握り、静かに目をつぶる。
しばらくして、魔女は目を開けた。
じっとコロの瞳をみつめる。
「……魔法の才能が目覚めかけているね。感覚的な魔法、事象を認識する能力、世界を敏感に感じとる魔法だ」
「私に、魔法の力が……?」
「思い当たることはあるかい? 危険なこと、嬉しいこと。予感、不安、そんな感覚が押し寄せてくる。それをおまえさんは『におい』として感じるんだろう」
「それが……私の魔法?」
コロが信じられない、と驚きつつも瞳を輝かせる。
そしてディーユの方を戸惑いがちに振り向く。
「よかったな、コロ」
そっと頭を撫でると、尻尾が揺れ動いた。
「私、魔法使いになれる?」
「それは努力次第じゃ。才能があるだけではのぅ。切磋琢磨し、魔力に形を与え、言葉で引き出せるようになってこそ、魔法使いじゃ。魔法師は更にその先、それらを組み合わせ、世界の事象を自在に再現する。魔導の道は険しいぞぃ。カカカ……! まぁ頑張ることじゃ。幸い、よき師匠に恵まれておるからの」
「はいっ!」
コロが大きく頷いた。
温かく見守るディーユは、かつての自分にコロを重ねていた。
価値が無いと思い込んでいた自分に、価値と意味をくれた魔女。彼女がコロを同じように導き救う瞬間を見たことに、嬉しさが込み上げる。
「魔法使いのファミリア結成か! いいじゃないか! コロは見習い魔法使い。ミゥは騎士見習い! ミスティアはもうディーユの弟子だしな」
アイナが言うと、皆は「おぉ」と顔を見合わせた。
「コロにゃんは魔法が使えるようになるにゃ? いいなー。ミィも魔法の力、あるかにゃぁ……」
そんなミゥの言葉に、魔女エルザは微笑み返す。
「魔法は、誰にでもあるのじゃ。目覚めるきっかけは……。そうじゃのぅ、純粋な願い、強い想いだろうて」
「強い、想い……?」
「殊にも半獣人族の歴史は、様々な魔法種族が合成され生み出され、試行錯誤されたのじゃ。なかには魔法因子を持つものもおるからのぅ……」
アイナはちょっと寂しそうにしていたミゥを、後ろから抱き締めた。
「ミゥは身体のバネを活かし、鍛える! 立派な猫の騎士になり、コロやミスティアと冒険者パーティを組む! 前衛がいないと、ダメだろう?」
「そっか、そうだね、アイにゃん!」
魔女のお茶会はこうして幕を閉じた。
村が消え去り、宿泊するところがないだろうと、今夜は魔女の小屋に泊めて貰うことになった。
食料は自前で、持ち込んだものを調理。魔女にもふるまうという条件付きで。
寝床は床に干し草を広げ、シーツを被せた簡易ベッドで。ごろ寝だが、野宿よりはずっとよい。
「……皮肉なことじゃ。世界が崩壊し、運命に導かれたように、こんなにも、才能に恵まれた者たちが集まったとはのぅ」
「世界は、白い砂に成り果てました」
「『滅びの光』じゃな。…………そのことで話がある」
魔女エリザは声を潜めた。
まるで魔法使い同士、どうしても話しておきたい事がありそうな口ぶりで。
<つづく>




