クズの矜持(きょうじ)
「この私、ラソーニ・スルジャンは人類の至宝ッ! 千年に一人の天才と謳われ、SSSランクまで昇り詰めた! それなのに貴様はッ、あのクソゴミのようなDランクの魔法師、ディーユにも劣ると? 勝てないと抜かすかァアッ!?」
「あぁそうだとも。ランクなんて関係ねぇ。お前は勝てん」
「バカなのか!? 田舎領主ッ……! この世界はランクこそが全て……! 上の人間は優れ、下の人間は劣る! それが絶対的な真理、覆せぬ世界の常識だ! 故に、この私、超絶最高ランカー魔法師ラソーニ・スルジャンは、神にも等しい。何をしても許される! 格下の魔法師はもちろん、魔法さえ使えぬ人間は全員、無条件に、寸分の狂いもなくっ! 永久に私にひれ伏せば良いのだぁあ!」
「話が長ぇんだよなお客人。下手な物書きほど長ったらしく意味不明な尤もらしい文章を書くというが、おまえもその口らしい」
「ふぁざぁああけぇるぅうなぁ――!」
ギラギラと両眼に魔の力が満ちてゆく。ブチ切れた悪魔――ラソーニ・スルジャンが、衝撃波を伴った黒い波動を発散させた。
ドォン! とミーグ伯爵の居城全体を揺るがし、窓ガラスが割れ壁の漆喰が崩れる。
だが、ミーグ伯爵は代々伝わる宝剣を床に刺し、耐えた。
「――あの男、ディーユは俺に言った、『この子らに食べ物と暖かい寝床をくれるなら、この身を捧げて働く』とな」
「は……? はぁん? それがどうだというのだ!」
「……わからんか。まぁ、理解できないから、そんな風になっちまったんだろうがな」
哀れむような視線をラソーニ・スルジャンに向ける。
「な、なにを言うか……きき、貴様ぁあ、その目、その目をやめろぁああ!?」
黒い魔法甲冑、デーモニア・ジャケッツで変身した魔法師は、もはや身も心も悪魔に成り果てていた。人の心を失い、道を外れ、誰からの信頼も得られず――。
そんな狂った男に、ディーユが劣るはずもない。
「あの無口で、愛想のない男は、少なくとも他人を想うことが出来る」
苦しみや悲しみに共感し、手をさしのべる勇気と優しさを持っている。
血さえ繋がらない、奴隷だったという半獣人の子供たち。コロやミゥを、何の損得もなく助けて欲しいと願った。
ミスティアの寂しい迷い子のような心に耳を傾け、頑なな心を開かせた。
子供達や騎士アイナが慕うのも無理はない。
自分の魔法は他人より劣ると自覚しながらも、恐怖や困難に、決して屈しなかった。姪のマリア姫や、騎士アイナを守り抜いた。
できる限りのことに全力で挑む。
だから気に入ったのだ。
「フ……。いくら強くても、今のお前の姿をみればわかる」
「な、何が、何がわかるというのだぁああっ!」
「お前は孤独だ、とな」
「――――――ッ!」
「もう一度言おう。だから、勝てない」
「ぬ、ぬかせぁああ!」
血走った両目から、対峙するミーグ伯爵にむけて黒い怪光線を放った。それは邪眼を実体化したかのような衝撃波を伴う破壊の渦だった。
「ふんっ!」
だが、ミーグ伯爵は宝剣を一閃。邪悪な波動を直前で叩き伏せた。衝撃波が左右に分散し、床板を削る。
「ぬ……う?」
「魔を断ち切る『聖浄の剣』か。飾り物だと思っていたが、意外に使えるじゃねぇか」
ミーグ伯爵自身も少し驚いていた。
謁見の間に飾られていた、魔術儀礼用の剣だとは聞かされていたが。対魔法戦闘で効果を発揮するとは思いもしなかった。
伝統建築に彩られた「謁見の間」は、今や見る影もない。無惨に破壊され、廃墟のように変わり果てていた。広い室内は砕けた家具が散乱し、床板が破砕している。
衛兵たちが黒い悪魔、ラソーニ・スルジャンの侵入に対して応戦、多大な犠牲を払いながら足止めをした。
ミーグ伯爵は、大切な女子供達を匿っている城の主として、これ以上の狼藉を赦すことはできなかった。傷つき倒れた衛兵たちを下げ、ラソーニと直接対峙したのだ。
「魔法の剣とはいえ、玩具にひとしき品……。どのみち、次は無いのだぁッ!」
「次? 次はテメェの首を斬るまでよ」
言い終わらぬうちに、剣を低く構える。全身に気迫を漲らせ黒い悪魔を睨み付ける。
「ミーグ伯爵ゥウウ、田舎領主のお前を、いまから八つ裂きにしてやろう……! その後はこの領地を我がものにしてくれる。だぁが心配するな……! クヒヒヒ、領民は全員奴隷として、いや家畜として生かしてやるからなぁ……? そう、可愛い女ども全員私の子種をぉ仕込み――――」
その時、矢のごとき速度で疾走する影が、ラソーニ・スルジャンの側面から迫り、突撃。
「品のない口を――慎んで頂きたいッ!」
白髪の紳士、ジョルジュだった。
間合いに入るなり床を蹴りつけて飛翔。目にも留まらぬ速さで、回転蹴りをラソーニ・スルジャンの顔面に叩き込んだ。
「ぐぁ……ッ!?」
強化魔法装甲、デーモニア・ジャケッツとはいえ、顔面は無防備に近い。鼻っ柱にカカトを叩き込まれ、流石のラソーニ・スルジャンも呻き声をあげながら、よろめいた。
「今です!」
「おぅ!」
ジョルジュが叫ぶと同時に、ミーグ伯爵も動いた。
床が砕けるほどの勢いで蹴りつけ、加速。よろめいたラソーニ・スルジャンに肉薄する。
「う、あ……あっ!」
銀色の刃が、半月を描く。
超高速で振り抜かれた剣がデモーニア・ジャケッツで守られた首に食い込んだ。
だが硬い! 刃が通らず、首を切断できない。
「ずぅりゃぁあああああああッ!」
「御免ッ!」
渾身の力を込めたミーグ伯爵の剣に、ジョルジュが加勢、再び強烈な蹴りを叩き込んだ。刃が一気に斬り進み、黒い悪魔の首を切断。角の生えた首が宙を舞った。
「ぐぁお……ッ!」
巨大なデーモニア・ジャケッツの体が力を失い、と両ひざをついた。そして重々しい衝撃を伴って前のめりに崩れ落ちた。
徐々に黒い悪魔の体が崩れ、黒い霧となって霧散してゆく。
着地し振り返るジョルジュ、そしてミーグ伯爵。
「やったか……!?」
ゴッ……と、悪魔の首級が床に落下、バウンドする。
が――
「音が軽い……!」
「首の中身が無ぇ、消え!?」
「……フゥハアハハ、まったく……愚かなものよ」
「ラソーニ・スルジャン!?」
声がした方向に視線を向けると、貴族服姿の金髪の青年、ラソーニ・スルジャンがいた。
砕けた調度品に腰かけて、余裕の笑みを浮かべている。
「君たちが斬ったのは、脱け殻さ。デーモニア・ジャケッツの背中から、離脱したのでね」
「だ、脱皮しやがったのか!」
「おのれ……!」
崩れてゆくデーモニア・ジャケッツの背骨部分にそって、切れ目が出来ていた。ラソーニはそこから背後へと逃れたのだ。
「というわけで、この姿ならコレが使える」
ゆっくりと立ち上がると、貴族服の胸部分を開け、禍々しい光を放つ水晶をさらけ出す。
「あれは……!」
「ミーグ様、退避を!」
だが、遅かった。
ズゥム……! と黒い衝撃波が放たれた。対象一人を狙ったものではなかった。黒い波動が、まるで薄闇の球状空間のようにあたりを包み込む。
「ぐ……ぁ!」
「ぬ……おぉ!?」
ミーグ伯爵もジョルジュも激しい目眩を感じ、床に片ひざをついた。かろうじて手で支えるが、悪性の貧血のように目を開けていられない。視界が暗く、狭まってゆく。
「ヒヒヒ、フハァァアアア……! 気分はぁどうですかぁああ?」
ラソーニ・スルジャンはミーグ伯爵を蹴飛ばし、ジョルジュを踏みつけにした。
「がっ!」
「お、おの……れ」
「この城、全体を吸収フィールドで包み込んだぁ。いわば、私のエサ場、結界だ。あぁ、心配はいらない、死にはしないさ。吸収エリアを広げたので、立っていられないほど消耗している、急激な消耗という、状態異常にはなっているだろうけれどねぇ。イヒヒ……ヒヒャハハア!」
反対にラソーニ・スルジャンは生気が漲り、全身が隆々とエネルギーで満ちてゆく。
「……て、めぇ」
「い、いかん……これでは」
城にいる全員が、いま同じ状態に陥っている。状態異常。体力や魔力が、死なない程度に落ち、身動きがとれない状態に。
「ま、ずい」
ミーグ伯爵はもがきながら考えた。
ディーユたちがここに救援に駆けつけても、罠にはまってしまう。体力や魔力が奪われ、身動きがとれなくなる。
「さぁて! 元気一杯になったことだしぃ、あの男……ディーユもここに来るだろうしぃ」
ラソーニ・スルジャンは、ニチャァアア……と、これまでにないほど下卑た笑みを浮かべた。
「今から、身動きのとれない女たちを……ヒヒ。フヒフヒ」
「や、やめろ……!」
「最初はぁ、やっぱりマリア姫を辱しめたいですねぇ。そして次は……あぁ、そうだ! ディーユの奴隷……犬娘をメチャクチャにしてやろう。少々小汚ないのは仕方ない、フヒヒ……! どんな顔をするか、じつに楽しみ……イイ、ヒヒヒ!」
「き、貴様ァアアアッ!」
ラソーニは叫ぶジョルジュを蹴り飛ばすと、スキップするような軽い足取りで廊下を進み消えていった。
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
次回! いろいろとピンチに……!
そして駆けつけたディーユは!?
次回、ついに直接対決……!
「怒りの頂点」
お楽しみに!




