偽りの英雄 ~暴かれる嘘
◇
「さぁさぁ道を開けよ! 高名なSランクの魔法師! ラソーニ・スルジャン様のお通りなるぞ……!」
「救国の英雄さまだ、道を開けろ!」
取り巻きたちが騒ぎ立てレザトゥスの街を進む。
ガーゴイルの襲撃に対し防衛戦を繰り広げていた部隊の一部が領都中心部へと帰投していた。防衛線隊長ヤスヴェール大佐以下、兵士や自由冒険者などからなる数十名の集団だ。
本来ならば次の襲撃に備え、戦線を維持するべき部隊の一部が勝手に城へと向かっている。無論、帰還命令は出ておらず命令違反に他ならない。しかし絶体絶命の憂き目からの逆転勝利に酔いしれ、一種の興奮状態にあった。
夜も明けきらぬ早朝、凱旋の勝どきをあげながら進む一団。その中心には、白いマントを身に付けた青年、魔法師――ラソーニ・スルジャンの姿があった。
ラソーニを急ごしらえの御輿に乗せ、数人の兵士が担ぎあげ運んでいる。
「ふん……。バカな兵士と傭兵、貧乏臭い田舎町、小さくみすぼらしい城。このラソーニの支配する都としては不釣り合いだが……まぁ仕方あるまい」
小馬鹿にした薄笑いを浮かべる。
隊長のヤスヴェール大佐や取り巻きの兵士たちの耳に、ラソーニの蔑みが届くことはなかった。ひたすら救世主、英雄と称え、周囲で歓声をあげている。
「いったい、あれはなんなんだ?」
「黒い化け物どもを退治したのか……?」
レザトゥスの人々はガーゴイルの襲撃の恐怖に怯え、何事が起こっているのか確認できずにいた。戦闘が終結し、次に現れたのはバカ騒ぎをしながら行進する一団だ。歓声を送るものはおらず、建物の中から覗き見るしかなかった。
「慌てて追いかけていく人たちがいる」
「ありゃぁ、たしか先月この町に来たっていう魔法師さまでねぇか?」
青い髪の女騎士、そして緑マントの魔法師と、弟のような少年という珍妙な三人組が、バカ騒ぎの一団を追いかけていく。
「急げ、ディーユ!」
「はぁはぁ、走るのは……苦手なんだよ」
「ボクも疲れたー」
「あぁもうお前ら! この一大事を城に知らせねばならんのだ!」
「俺たちの事はいい、アイナ……おまえが先にいけ」
「そうはいくか! 来い!」
がっ、とディーユとミスティアの襟首をつかみ、アイナは小走りで再び走り出した。
◇
「衛兵、開門せよ!」
一団はミーグ伯爵の居城へと凱旋、城門前へと到達した。
勝利の興奮からか、いつもより尊大にヤスヴェール大佐が叫んだ。エルパス将軍から撤収命令も下されていない。にも拘らず、自らの手柄を誇示する好機と考えたのだ。
ミーグ伯爵の居城を守る衛兵は、顔を見合わせながらも開門を拒むことはできなかった。
「ささ、ラソーニ・スルジャン様! ミーグ伯爵はあちらでして……」
城門を開ければすぐ広い前庭が広がっている。芝生と花木の植えれられた、三十メル四方ほどの庭だ。その庭を貫く歩道を通ると二階建ての大きな館、ミーグ伯爵の居城へと至る。
「おまちください」
毅然とした声が響いた。
庭の中ほどに一人の女性が立っていた。
シンプルかつ実用的な軍服を思わせる、紺色のスーツを身に纏った女性。行政官アフェリアだった。ミーグ伯爵の代理人、各機関との調整役という最重要ポストの女性秘書官だ。
「アフェリア殿か! こちらにおわす御人が、我らを救いたもうた英雄! 此度の勝利の立役者! 超高名な魔法師ラソーニ・スルジャン様であらせられるぞ! ミーグ伯爵にお目通りを希望しておられる!」
防衛隊長ヤスヴェールは、まるで自分がラソーニの代理人であるかのごとく振る舞っていた。
アフェリアは大佐を一瞥すると、メガネの鼻緒を持ち上げた。そして御輿の上、ひときわ目立つ位置に立つ魔法師、ラソーニに視線を向ける。
「魔法師ラソーニ・スルジャン殿とお見受けします。貴殿には謀反の疑いがかけらています」
「なっ! 何をいうか貴様ぁあああ!」
大佐が激昂するが、アフェリア女史は一顧だにしない。
「お静かに。ここ、ミーグ領は辺境であれど千年帝国の神聖域。先王陛下および現女王ペンティストリア陛下より承認されているミーグ伯爵の統括地です。ゆえに! 女王陛下に対し謀反を企てた張本人、ラソーニ・スルジャン。貴殿を招き入れることは出来かねます」
「はぁ……? ああぁん? 謀反、だとぉ?」
ラソーニ・スルジャンは実に不快そうな顔をした。
これみよがしに、馬鹿にしたような薄笑いを浮かべ、アフェリアを見下す。
しかしラソーニの余裕とは裏腹に、驚きと動揺の波紋が広がってゆく。
「え? 謀反?」
「ラソーニ様が、女王陛下に……?」
「しかし! 第二聖都も消えちまった、女王陛下だってもう、いないんだぜ?」
兵士や自由冒険者たちが顔を見合わせ戸惑いはじめる。
世界が崩壊する寸前、千年帝国の王宮で何が起こったのか、知っているものはごく一部だ。
「既に貴殿の行状は、マリアシュタット王女殿下、その臣下たちにより明白になっています」
アフェリア女史は語気を強めた。
「あぁ、マリア姫ですか……。いや失礼、マリアシュタット姫は少々オツムが弱く、妄想癖がある姫君だと……。以前から城内で噂だったことをご存じですかな? 枯れた花が咲いただの、妄想ばかり。そのようなマリア姫ごときのお言葉に、はたして、どれくらいの信憑性がありましょう?」
ラソーニは肩をすくめ余裕の表情を崩さない。
――この女もマリア姫も、あとで必ず辱しめてくれるッ! メチャクチャに犯し、孕ませてやる……ギュヒヒ!
ラソーニの瞳の奥に宿る下卑た情念と憎悪。禍々しさは次第に隠しきれなくなっていた。
アフェリアはどす黒い欲望を感じ取ったのか、不快そうにピクリと眉根を寄せた。
「……。城に潜伏していたマリア姫の忠義なる臣下、その命を犠牲に最後の瞬間まで伝えてくれました。ゆえに、貴殿の反逆行為は明白です。……此度の町の救援には感謝しますが、偽りの英雄であると疑わざるを得ません」
「それは違うぞ……! 私は……! このラソーニ・スルジャンは、世界を救おうとしたのだ! 女王ペンティストリアは情欲に狂い、世界を滅びの光で満たそうとした! だから私はそれを阻止せんとしたまでのこと……!」
「反逆でさえないと?」
「傍目には謀反に見えたかもしれないが、誤解ですよ。何故なら私はSSSランクの魔法師、世界最高の魔法師! 疑う要素がどこにある!?」
ミーグ伯爵の居城、前庭にラソーニの声が響いた。
「しらをきるつもりですか……」
「んー? ンフフフ、はぁん?」
ラソーニ・スルジャンの反逆は事実だ。
マリア姫の執事長ジョルジュ。その仲間が最後まで第二聖都の城内に留まり、状況を伝えつづけた。更には、多くの魔法師たちを地下ダンジョンに送り込み、直後光が世界を滅ぼした。
それらに関連性が無いなどと、誰が思うだろう。
誰がラソーニの言葉を信じるだろう。
少なくともマリアシュタット姫から直接話を聞いたアフェリアは、ラソーニ・スルジャンを疑っていた。
「おい! ゴチャゴチャうるせぇぞ! 頭でっかちのメガネ女! このラソーニ・スルジャン様はなぁ! オレたちを救ってくれた英雄だ! それは事実だろうが!」
事情のわからぬ自由冒険者の一人が叫ぶと、そうだそうだ! と兵士の一部から同調する声があがる。それは、旗色が悪くなりかけたラソーニにとって思わぬ援軍だった。
「フ……フフフ! そうだとも。私はラソーニ・スルジャン! 女王陛下の信頼も厚かったSSSランク魔法師! 絶対正義にして神にも等しき力をもつ魔法師……! だからこうして、ガーゴイルの襲撃を察知し、助けに来たことを忘れてもらっては困るな! はっはーん!」
「うぉおお! ラソーニ様のいうとおりだぜ……!」
「ヒャッハー! 褒美は貰えるんだろうなあ! オイ!?」
騒がしいのは自由冒険者たちだった。報酬の上乗せを狙っているのは明白だ。
「さて、そろそろミーグ伯爵とマリアシュタット姫にお目通りを願いたいものですなぁ……。救国の英雄として、それなりの待遇で、迎え入れてもらいたいと思っておりまして。それともなんですか、戦闘を重ね疲れた英雄を、このように無礼に扱うのがミーグの礼儀ですかなぁ?」
「……く」
「せめて君のような美人に私の労をねぎらい、慰めて貰いたいものですな」
ニタリと勝利を確信したような笑みを浮かべるラソーニ。
――城内に入り込めば、あとはどうとでもなる。
皆殺しにするのは簡単だが、それでは意味がない。
生かさず殺さず、兵士や魔法師から生気と魔力を少しずつ奪うのだ。
気づかれぬよう、悟られぬよう、永遠に家畜として搾取してこそ支配者よ。
女どもには手当たり次第、魅了の術をかけ、愉しませてもらう……!
実に完璧な計画だ。あと一歩だ、とラソーニ・スルジャンがほくそ笑む。
しかし、アフェリア女史は、呆れたようにため息をひとつ吐いた。
「……わが領の情報収集能力を侮ってもらっては困ります。辺境ゆえ、緊急時ゆえ、領内の見張りと監視網だけは幾重にも、厳重にしておりました」
「まだ何か言うつもりか、女ぁ!」
「単純な話です。ラソーニ・スルジャン、貴殿は一体、どうやってミーグ領内を進み、このレザトゥスまで来たのですか?」
「うッ……!」
痛いところを突かれた。
「監視網で捉えていたのはガーゴイルの群れのみ。ラソーニ・スルジャン、貴殿はよもや、空を飛んできた……などとは言いませんよね?」
アフェリア女史は畳み掛けながら、メガネを光らせる。
「はっ、ははっ! そんなことか、あ……あはは! それならアレだ、魔法! そう! 魔法で姿を隠し、魔物に見つからぬように後をつけてきたのだ!」
言い逃れた。しかし苦しい。
「ならば、街に被害が出る前にガーゴイルを迎撃することも可能だったのではありませんか?」
「う、う……、それは……そうだが」
流石にしどろもどろになる。
そんなことをしたら英雄を偽れない。
このバカどもを騙せない。
ラソーニは生まれながらにして名家であり、論戦、ディベートの経験など無いに等しい。
家柄や貴族の称号。威厳を振りかざせば、大概の相手は折れたからだ。
「はっきり言いましょう。貴殿はガーゴイルたちと同じ姿でこの街にきた。いえ、率いて来た。違いますか?」
「なっ、なな、何を言い出すかと思えば言うに事欠いてぇええ! いったい、なんのしょ、しょ証拠がぁぁあ!?」
ギョロリと目玉をひん剥いて、汗をダラダラかきながら叫ぶが、誰の目にも怪しい。
「あなたが嘘をついている証拠もあります」
「あるわけないだろうが! わかるはずがない! 女ぁああ! 黙れ、黙れ、殺すぞ……!」
顔を赤くし、怒りに肩を震わせ、拳を握りしめる。
先ほどまでの余裕は完全に消え去っていた。理詰めで追い込まれ、窮地に追いやられ、自らの嘘を認めたに等しい。
――殺す! 殺してやるぁああ!
「誰だウチの庭で騒いでやがるのは!」
野太い声が中庭に響いた。
その声に部隊長ヤスヴェールが、ハッと我に返ったかのように声のする方を見上げる。
「ミ、ミーグ伯爵……!」
城の二階正面、突き出たバルコニーの部分に姿を見せたのは、ミーグ伯爵だった。
すぐ後ろから簡素なドレス姿のマリアシュタット姫が姿を見せた。姫の背後には白髪の紳士、ジョルジュの姿もあった。
執事長のジョルジュはラソーニも知っている。何度か王宮で嫌がらせさえしているのだから。
「マ、マリアシュタット姫ではありませんかぁああ!? あぁ、あなたがミーグ伯爵殿か!? た、助けてください。この女が、言いがかりを! 皆さんを助けに来たこの私、ラソーニ・スルジャンを疑うのです!」
嘘の涙を魔法でダラダラと流し、切々と訴える。
まだいける、嘘でごまかせる……!
この生意気なアフェリアとかいう女さえ黙らせれば、あとは阿呆ばかり、なんとでもなる。
「……ラソーニ・スルジャン。悲しい再会です。あなたは嘘をついています」
「え? はぁ? ははは……、マリア姫ぇええ、何を根拠にそのような? あっ、こんきょって言葉、ご存じですかぁ? 難しい言葉、ですからねぇええ?」
ラソーニは痙攣しかけた口の端から唾液をツゥ……と滴し、マリア姫を睨み付けた。
「貴様、今日という今日は」
執事長ジョルジュはもはや殺意を隠しきれず、拳を握りバルコニーを飛び越えようとしたが、マリア姫が制止する。
代わりに、マリア姫の招きに応じ、バルコニーに出てきたのは小さな少女だった。
怖々と、胸の前で手を重ね中庭を見下ろす。
「――は?」
半獣人?
ラソーニ・スルジャンは呆気にとられた。
マリア姫の前に出てきた少女は、犬のような耳を垂らした少女だった。
奴隷としての価値しかない、半獣人。
「どうですか、コロ」
「あっ……。あの、あの人から同じ臭いがします。襲ってきた黒い怪物と同じ、とても、酷い臭いが」
ラソーニ・スルジャンを指差す少女。
その言葉は真実を言い当てていた。
黒い魔物はラソーニ・スルジャンが作った魔導人形。同じ臭いだと? それはそうだろう。同じ魔力から作ったのだから……!
「ふっ、ふざけるなぁああああ! そんなクソみたいな小娘の、奴隷の言葉が、証拠になるか、ボケェエエエ!」
ラソーニが発狂したかのように叫ぶ。
――殺す! 殺すッ! 惨たらしく犯してから、ズタズタに切り裂いて、殺してやるッ……!
「なるわ戯けが!」
一喝したのはミーグ伯爵だった。剣を手に、コロを庇うようにバルコニーに足をガッと乗せる。
「なるゥ?」
「俺は彼女の言葉を信じる。大切な家族同然の、信頼する仲間の言葉だからな……!」
ニッと不敵に笑うと、コロの頭をなで、アフェリアに撤退を指示する。
「なっ、ななな、なぁかぁ……まぁァアアアアアア???」
ぐりっ、とラソーニの目玉が裏返った。
何を言っているのかわからない。
奴隷と貴族が同じ位置にいて、仲間? 家族?
半獣人の少女が王族や貴族と同じ場所にいて、自分を見下している。
あぁ、そうか。
あいつらは狂っているのだ。
崇高な神に近い自分とは違う。
理解できず、我慢ならず、脳が沸騰しかける。
「お前らはぁああ! くりゅっってぇえええ、いりゅりゅりゅりゅるーーッ!」
ラソーニが白目だけになった目玉を剥いて絶叫。
「「わぁああっ!?」」
ドゥッ! と魔力の嵐が吹き荒れ、周囲の取り巻きどもが吹き飛ばされた。
けれど犬耳の少女コロは、それでも尚、怯えた素振りを見せなかった。
澄んだ瞳は、どす黒い魔力と殺意を噴出するラソーニを飛び越え、はるか後方へ。
視線は城の入り口に注がれていた。
「そこまでだ、ラソーニ・スルジャンッ!」
「ディーさんっ!」
「またせたな、コロ」
<つづく>
【作者より】
暴かれた嘘、追い詰められたラソーニ・スルジャン、
白日のもとにさらされるどす黒い正体!
次回 ラソーニの暴走!
そして最終決戦へ……!




