幕間 ~最南端ヴェトムニアと、ラソーニ・スルジャンの蠢動
【作者より】
少々重い内容です。
世界の状況説明的な回となっていますので、軽く読み流していただいても大丈夫です。
◆
アースガルド大陸、最南端ヴェトムニア。
大陸から南に長く突き出た弓状半島。
ゆえに滅びの光、『A-Z』の影響範囲から逃れることが出来た、幸運にして最も不運な地――。
ヴェトムニアは極北のミーグ領と並び、「残された最後の地」として、重い宿命を背負うこととなった。
「は、反乱だとぉお!?」
ヴェトムニアを治める辺境伯、ディブリード・アゲシュオス卿が甲高い声で叫んだ。
持っていたワイングラスをテーブルで叩き割ると、テーブルの上に並んでいた料理の皿が、ガシャンと音を立てた。
ヴェトムニアの中心都市パナペイア。アゲシュオス辺境伯の居城は、昼食の真っ最中だった。
海の幸、山の幸、色とりどりの南国の果物。贅の限りを尽くした食事は、世界が崩壊してしまった非常時においても、変わることはなかった。
「領内の農園で半獣人どもが蜂起……! 鎮圧に向かった衛兵隊は指を咥えてみているだけにございます! もはやどこも統制が利かない状態にございまして……」
汗を拭きながら、行政官が悲痛な声で報告する。
「りょ、領軍はどうした!?」
「派遣を命じましたが、対処しきれておりません。奴隷共が蜂起したのは、各プランテーションだけではありません、各地でも起きております。部隊は分散を余儀なくされ……。それどころか一部で任務を放棄、あるいは反乱に加担する部隊まであるようでして……」
「なな、なぁにぃいい!? どど、どいうことだぁあ!?」
金色と宝石に彩られた調度品だらけの、金趣味な室内に声が響く。カエル顔のアゲシュオス辺境伯は、部屋と同じように悪趣味な装飾品で飾り立てた貴族服に、樽のような身体を包んでいる。
アゲシュオス辺境伯は、行方不明となったディブリード・メルグ公爵の実兄だ。
金儲けばかりを考える浅ましい兄弟だと、貴族仲間たちからは知られた存在だった。
「りょ、領軍の構成員の半数が、半獣人で構成されておりまして……。そのせいかと」
報告した初老の行政官は、青ざめてオロオロするばかりだ。
コストの削減と、金のかかる軍備を削減するために、まずは人件費を削った。手っ取り早い方法として、半獣人たちを雇い入れ、魔物退治や領域の防衛に駆り出した。都合のいい「使い捨ての駒」として、貧しい半獣人たちは二束三文で雇える。
そもそもそれを推し進めたのは、アゲシュオス辺境伯自身なのだ。
「ぅおのれぇええ、恩知らずの奴隷どもがぁぁああ……!」
ベタついたカエルのような顔をワナワナと歪め、半獣人の娘に皿を投げつけた。
「きゃうっ!?」
激しい音がして料理が散らばり、娘が床に倒れ込む。年端も行かない若い奴隷の少女は、あまりの恐怖に硬直して動けない。
「お前も、裏切る気かぁあ!?」
「ち、違います辺境伯様、私は、綺麗にしようと……」
汚れたテーブルを片付けようと彼女は近づいてきただけだった。
「黙れ、薄汚い奴隷がぁああ!」
「うっ、ううっ……」
倒れた娘の背中を執拗に蹴りつける。
アゲシュオス辺境伯は、禁止されていた奴隷の密輸により莫大な富を得た。
しかしヴェトムニアは本来、半獣人が人口の六割を超える地だ。
暖かい南国の土地故に、農産物や海産物資源に恵まれ、誰も食うには困らない豊かな土地だった。貴重な砂糖キビの栽培が可能で、熱帯雨林から取れる各種薬草、地下に眠る鉄や銅などの各種鉱物資源――。
アースガルド大陸の南西部に多く暮らす半獣人たちは、こうした恵みに感謝しながら、細々と暮らしていた。
そこへ、数百年前「彼ら」が入植してきた。
第二聖都に遷都した千年帝国の貴族たちが。
豊富な交易品がある豊かなこの地では、採集と採掘、およびそれらの一次加工と輸出が主な産業だった。
そこで貴族たちは交易や、砂糖キビを生産する農園――亜熱帯地方特有の大規模な農園――の運営に乗り出した。
それには大量の労働力、すなわち奴隷が必要不可欠だった。
周辺の小さな村々から、人狩り、人買いを仲介して、少年少女を誘拐。あるいは違法に購入、奴隷とする。
犬系あるいは猫系に分類される半獣人は、太古の時代に魔道士たちが戯れに生み出した……という忌まわしき伝説を、貴族たちは刷り込まれていた。
一部の宮廷魔法師たちが語る歪んだ歴史の断片と記録により、彼らを「劣等種」とみなす向きが、貴族や上級国民達の間には根強く信じられていた。
むしろ「半獣人は劣等種」という認識は、彼らにとって常識だった。
だからこそ。、苛烈な支配を躊躇うこと無く行ったのだ。
知能は人間と同等だが、体力がやや劣る半獣人たち。寿命は四十年にも満たない。若いうちに多くの者が命を落とす。
ヴェトムニアではそんな半獣人たちを、低賃金の単純労働者として大量に集め、酷使していた。
最低限の食事と寝床だけを与え、苛烈な労働を強いる。可能な限り搾取し、衰弱し使い物にならなくなれば密林に放逐する。
農園を支配していたのは、第二聖都・アーカリプス・エンクロードからこの地に来た一部の貴族たちだった。彼らはこの地で莫大な富を得て、日々贅沢の限りを尽くしていた。
一部の「見てくれの良い」半獣人たちは奴隷として密輸。違法と知りながら、第二聖都や各地の貴族たちに売られてゆく――。そこで使い物にならなくなり追放された半獣人たちは、身を寄せ合ってスラムを形成し、暮らすよりほかはなかった。
そして、悲劇の連鎖が、断ち切られた。
繁栄を極め、贅の限りを尽くしていた、第二聖都・アーカリプス・エンクロードが消失した。いや、直径一千キロメルテにも及ぶ地帯が塩の砂漠と化した。そこはもう虚無に支配された不毛の地でしかなかった。
すでにヴェトムニアにおいては、人口の六割を占めるまでに増えていた半獣人たちの間に、これで不満が蓄積しないはずがなかった。
世界が滅び、この土地以外は消えてしまったかもしれない。
そんな噂が飛び交うと、支配者側の人間の貴族たちは奴隷たちへの配給食糧を減らし、更に苛烈な労働を課した。
「は……半獣人が! なんだと、いうのだぁあっ! 弱い、ゴミどもじゃないか、あひゃ、ヒャヒャ……!」
伸ばした金髪に、ブクブクと太ったカエル顔。顔を醜く歪ませながら、狂気じみた金切り声を上げる姿は、行政官に「もはやこれまで」と印象づけるには十分だった。
行政官は背を向けて逃げ出した。
昼食が行われていた広い部屋のドアに手をかけようとした、その時。
「――はっ!?」
ドドドと地鳴りのような音がして、ドアが向こうから押し開けられた。
「うぉおおおおおおお!」
「いたぞ、辺境伯だぁああッ!」
「アゲシュオスを倒せ……!」
それは手に手に武器を持った反乱軍、蜂起した半獣人たちだった。
狼顔の犬耳の半獣人を先頭に、大勢の男達が流れ込む。
「こ、こんなところまで、ひぃあああああ!?」
蹴飛ばされていた犬耳の給仕を助け起こし、蹴りつけていたアゲシュオス辺境伯を睨みつける。
「貴様がアゲシュオスか……! 俺たちが生きる権利を、自由を……! 返してもらうぞ!」
「ふふ、ふざぁああけるな、クソ犬半獣人がぁあ!」
アゲシュオス辺境伯は威勢のいい声とは裏腹に、踵を返し逃げ出した。しかし、給仕や執事が出入りするにも既に半獣人たちの反乱軍が待ち構えていた。
「逃がすな!」
「許さねぇ……!」
「よくも今まで……!」
「ひ、ぴやぁあああ……!?」
殺気立った半獣人たちに追い詰められたアゲシュオス辺境伯は、二階の窓から身を踊らせた。
階下には大勢の半獣人たちが押し寄せ、館の周りをとり囲んでいたが、グシャリと辺境伯の頭が割れた。
「アゲシュオスが……死んだ?」
「うぉ、おおお……!?」
あっけない最期だった。
一斉決起した半獣人たちの間に、驚きと、歓喜の輪が広がってゆく。
こうして――。
この瞬間、アゲシュオス辺境伯と取り巻きの貴族たちによる、搾取と奴隷支配の体制は崩壊した。
世界を『A-Z』の光が覆い尽くしてわずか一ヶ月。
最南端に残された土地、ヴェトムニアの奴隷たちは開放された。
奴隷たちを支配し搾取していた貴族や、農園の経営者たちは混乱の中でその多くが殺害された。しかし良好な関係を築いていた一部の農園では、流血の惨事を避けたところもあったという。
やがて、新体制による新しい国造りが宣言された。
半獣人諸部族連合評議会議長ヨルムガルドが、暫定統治を宣言した。
これにより、最南端のヴェトムニアの旧体制は崩壊、本来の「神と獣の子たちの地」と呼ばれる神代の地へと戻ったのだ。
そして、普遍種(※人類標準種)たちは、昔のように半獣人たちと良い関係を築いてゆくしかなかった。暴力と恐怖で搾取していた貴族たちの殆どが粛清の対象となったが、人口の四割を占める庶民、すなわち町で暮らしていた貧しい労働者たちは、互いに搾取される側だったため、和解と融和は問題なく進んでいった。
「さぁ、我々の新しい国を作ろう……!」
白狼を彷彿とさせる半獣人、半獣人諸部族連合評議会議長ヨルムガルドが、人々を前に高らかに宣言する。
「そして、世界に残されているかもしれない地を探し出そう。今も苦しんでいる同胞がいるなら、我らの手で救い出そう……!」
ヴェトムニアの大地が歓喜と拍手に揺れた。
◆
それと時を前後して――。
ヴェトムニアの地から北へ、およそ五百キロメルテ。
ミーグ領から南へ、およそ五百キロメルテ。
ふたつの残された地の、ほぼ中間。
大陸の中心部、見渡す限り荒涼とした塩の砂漠で、異変が起こりつつあった。
かつて、第二聖都と呼ばれた地。その地下深くに残されたダンジョンの最深部で、奇跡的に生き残っていた最後の人々が、壊滅した。
「これで全部か、んーふふふ?」
「ぐ……あ、バ、バカな……こんな、なぜ……?」
対峙した若い魔法師から生気と魔法力を奪う、異形の影。
「何故? 私が……私こそが! ハイ・エルフに選ばれし、人類を超えた存在にほかならないからだ。我が贄となること、喜ばしく思うがいい……!」
「く、狂っている、貴方……は」
ビキビキと全身が干からび、魔法師は塩の柱となって崩れた。
「ははは、いいぞ。満ちてきた! 力も、魔力も!」
赤い瞳、血走った眼。獅子のように振り乱した金色の髪。
心臓の上に埋め込んだ水晶は、ハイ・エルフの船から拝借した、超古代の遺物に他ならない。魔力と生命力の流れを創り出し、自らに供給する魔法システム。
それこそがラソーニ・スルジャンを生かし続けていた。
狂気に染まり、人智を超えた力を得た男は、次々と生き残っていた人々から生気と魔力を奪っていった。その数、およそ二十数名。
城址の地下深く、ダンジョンの探索をしているうちに最深部で迷っていた一団が、幸運にも生き延びていた。
滅びの光『A-Z』の影響から逃れたのは、今となっては果たして幸いだったのか、不幸だったのかはわからない。地下水とヒカリゴケと、地下生命圏の生物から滋養をとり、力を合わせ生きていた彼らが、ようやく見つけた地上への出口。
その先で待っていたのは、幽鬼のように成り果てても尚、生きていたかつてのSSSランクの魔法師――ラソーニ・スルジャンだった。
彼らは、全てラソーニ・スルジャンの餌食となった。
ラソーニは彼の望み通り塩の砂漠の王となり君臨していた。
生命力と魔法力を喰らう怪物と化し、自らの王国を築き始めていた。
しかし、やがてジリ貧となることはわかっていた。
生命力と魔力を吸収し続けなければ、自らは滅びてしまう。
ラソーニは、ハイ・エルフたちの船を模した黒い結晶体で構成した、小さな居城を建て、身を休めた。
そこでラソーニ・スルジャンは蓄積した魔力を使い、自らの眷属を生み出すことに成功する。
『ギ……ギギッ』
キラキラと輝く黒曜石の体をもつ眷属は、背中に蝙蝠のような羽を生やした、物言わぬガーゴイルたちだった。
「――さぁ探しだせ、我がしもべたち。世界に残ったエサを……!」
◆
<つづく>




