繋がってゆく絆
「な、なんとかするって……でも、でも、みんな、オレが止めろって言っても、聞いてくれない……」
ミスティアは明らかに動揺していた。
森に来る前は自信満々に、「オークたちはオレを崇めているんだ!」と言っていたはずが、その能力は彼らオークたちを完全に支配できる、という魔法ではないらしい。
彼らの意思や感情を完全にコントロールできない。自分の限界に気がつき、意気揚々としていた勢いはない。自信を失い戸惑っている。
「大丈夫だ。落ち着くんだミスティア。お前が心を乱せばオークたちはもっと恐ろしい魔物に戻り、襲ってくる」
「う……うん」
しゃがんで背丈の低いミスティアに視線を合わせ、両肩に力強く手をのせる。
華奢な美少年の肩は震えていた。
うっすらと目に涙を浮かべ、ディーユに助けを求めるような視線を向ける。
「一緒に深呼吸だ」
「……すぅー」
同時に深呼吸をし、落ち着かせる。
そうすることで、魔法の力を安定させる。
ダークエルフの少年は、遺跡で千年近く眠っていた特別な存在だったかもしれない。しかし、まだ心は幼く、未熟で不安定。自己の心の芯のようなものが確立していない。
目覚めたら千年経っていた。そんなことになったら、大人だって普通ではいられない。ここがどこか、いつかもわからずに不安で、自分の居場所や拠り所を求めて、揺れ動いてしまうだろう。
「ミスティア、君がしっかりしないと、コロやミゥを守れない。あの子たちと仲間……友達になったんだろう?」
「ともだち……」
「あぁそうだとも。胸に飾った花を思い出せ。ガーデニア騎士団の証だ。お前はもうひとりじゃない」
視線を転じると、ディーユの背後では、犬耳のコロと猫耳のミゥが不安げな表情で互いの手を握り合っていた。
「ミスティアくん……」
「き、気合を入れるにゃ!」
彼女たちの服の胸には、同じ白い花が咲いていた。それはガーデニア見習い騎士団員の証、くちなしの花だ。
「わ、わかってるよ……」
ミスティアはすん、と鼻水をすする。
「よし、オークたちが飢えて困っているなら、俺の魔法が助けになる。長老にそう伝えるんだ。できるか?」
「ディの……魔法が?」
ミスティアはごしごしと涙を拭いた。
ぐっと歯を食い縛り、んっ! と気合を入れる。
ミスティアの内側に宿る魔法力の高まりが、ディーユにははっきりと感じられた。
ダークエルフの魔力が再点火すると、殺気だっていたオークたちの叫びが、急速に静まり始めた。
不安や混乱、心の迷い。そうした変調がミスティアの能力に影響を及ぼすということがはっきりした。
自信を持たせ仲間であることを意識させる。そうすることでミスティアの気持ちは安定し、強くなれる。
「彼らの好物が山芋なら魔法で増やせる」
「そっか……!」
ミスティアはようやく合点がいったようだった。
ディーユは手品のように花を咲かせて見せた。植物を成長させることができる魔法は、一見すると敵を倒すことには向いていない。誰かを癒すこともできない。
まるで使いでのない魔法だ。
けれど、今は違う。オークたちを餓えから解放できるかもしれないのだ。
「黒き森の主の友にチャンスをくれるよう、説得してほしい」
「わかった!」
ミスティアは素直に頷くと、オークの長老に向き直った。
そして目をつぶり、さらに集中。
細い指を胸の前で合わせ、祈るような仕草をする。群れ全体ではなく、長老本人に意識を送り込んでいるのだ。
『――ブギュルルル、ブヒァ!? (黒き森の人が、連れてきた、人間の魔法使いが……我らを、助ける、だと……?)』
「そう。みんなを空腹から救える。信じて!」
『……ブシュル、ルル(……よかろう、見せてみよ)』
最後まで苛立たしげに唸り声を上げていたオークの長老が、ごふぁ、と鼻息を吐いた。そして自重したような雰囲気で背筋を伸ばし、周囲の仲間たちに視線を向けた。
集落のオークたちも同調したらしく、静かに、敵意を収めてゆく。
ミスティアは振り返った。
「信じてくれるって」
「よくやった、ミスティア。お前は出来るやつだ」
「へへ、まぁね!」
ディーユがミスティアの頭を撫で、誉める。すると自信に満ちた笑みが戻ってきた。
「お、おい、ディーユッ! ミスティア!」
三匹の雄オークたちに囲まれていたアイナが悲痛な声をあげた。三匹の若い雄のオークたちはアイナを取り囲んだまま、何やら顔を突き合わせてモメ続けている。
『ブシュルル!』
『ブキュ!』
『ブブゥ!』
「こ、こいつら三匹、なんて言ってる!?」
アイナがミスティアに小声で問いかける。
「えーと。誰の嫁にするか、ってケンカしてる」
「はぁああ!?」
アイナが悲鳴を上げ、三匹の足の隙間から這い出し、なんとか逃げ出してきた。
「誰が食うかの相談じゃなくてよかったじゃないか」
「食われるか嫁になるかなんて、地獄の二択か!?」
モテ期が到来したアイナはさておき、いよいよディーユの出番のようだ。
集落で暮らしていた他のオークたちがゾロゾロと、長老の後ろに集まりはじめていた。
神の御使い『森の黒き人』が人間の国から連れてきた魔法使いが、自分達を餓えから救う――。これから何が起こるのかと、純粋な興味があるようだ。
「おぬし、やるにゃ」
「すごいね、ミスティアくん」
「なんだよー、もー、二人してー」
コロとミゥはミスティアの両側に来て、肘で軽くつついたり体をぶつけたり。子供同士、少し照れ臭そうにしながらも、奮闘を称えている。
「よし、やるか」
ディーユは周囲を見回した。
オークの子を連れた雌が、痩せた山芋を抱えていた。その事からも山芋が主食であることは間違い無さそうだ。
魔物たちが注目する中、魔法使い装束に身を固めたディーユは、そっとしゃがんで土の様子を確かめた。カサカサに枯れかけた山芋の蔓が、地面を覆っている。枯れた蔓をかき分けて地面に触れると、湿り気のある柔らかい腐葉土の感触がした。
世界の土地が痩せ衰えつつあるとしても、マザーツリーが散らす落ち葉が長年降り積もり、栄養はまだ豊富に残っているはずだ。この土ならば養分も水分も豊富にあるだろう。
「大丈夫だ。これなら……いける」
茶色く枯れかけた山芋のツルを束で掴み、立ち上がる。そして、気合を込めて魔法を励起する。
――枯死回想、ウィード・リコレクション!
魔術とは違い、魔法の励起に呪文は必要ない。己の心の奥から泉の水が湧き出すようなイメージで魔法は溢れてくる。
蔓で繋がっているのは、都合がよかった。魔法の力が効率よく伝播し、枯れかけた山芋の蔓が緑色に変わり、息を吹き返す。
見る間に再生して次々と、まるで春の芽吹きからの成長を、時間を早めているかのように緑の葉が繁る。
『ピギっ!?(おぉっ!?)』
『ブキィっ!?(なにぃっ!?)』
『ブヒュ……ルァア!?(イモの葉が……蘇った!?)』
ディーユを中心に、緑色の葉が爆発的に繁茂する。
山芋の蔓のエリアが円形に広がりはじめた。まるで絵の具で塗り直して行くように、瑞々しい緑の蔓が広がってゆく。
「ぬぬ……ッ!」
――魔法力残存量は、七割といったところか。まだまだいける……!
肝心なのは山芋の本体、地下にある芋部分だ。
葉が茂り十分に栄養を根に送り込み始めれば、地下茎――つまりイモの部分がどんどんと肥えて膨らんでゆく。
魔法力を油断なく注ぎ、イモを可能な限り育てる。
集落全体とまではいかないが、既に半径百メルテに及ぶエリアは、元気な芋の蔓で覆われている。蔓が細く、隣同士の株と蔓と蔓が絡まり合っているために、効率よく魔法力が伝導してゆく。
「ディーさん、がんばって……!」
「もう向こうまで緑になったにゃ……!」
「ディの魔法って凄……。あ、そういや昔……似た魔法を見た気が……」
ミスティアが気になることを呟いたが、それは後だ。
とにかく集中、魔法力の残量は五割を下回った。
芋の蔓がワサワサと生き物のように蠢き、茂り、オークたちの足元に絡みつく。
驚くオークたちの周囲で、白い花が咲きはじめた。株が充実し、成長しきったのだ。山芋の花は地味だが、香りはユリに似た甘い香りがする。
「わ、いい香り……!」
「山芋ってこんな花が咲くのか」
甘い芳香が漂いはじめると、集落全体がさらにザワついた。しかしそれは、歓喜というか、喜びの声に思えた。
『ピギュァア!(すごい、すごいぞ!)』
『ブキュィイイアア!(奇跡のような魔法だ!)』
花は終わり散ってしまったが、まだまだだ。魔法力を休み無く、慎重に注ぎ込む。
失敗は許されない。俺たちの命がかかっている。
オークたちが失望しないくらい沢山の芋を育てる。
人間の領域を侵さずに済むほどに、大量に。
せめて、今年の冬を乗り越えられるように。
「うっ……!」
目眩がして地面に片膝をつく、魔力の残存は三割を切っただろうか。苦しい、目眩がする。
「ディーさんっ!」
コロがすぐに掛けよって、身体を支えてくれた。
「大丈夫、もう少しだから」
そして、ほとんど魔法力が尽きかけた頃、ボコッ、と地面の一部が盛り上がった。ボコボコとあちらこちらで。
山芋は予想以上に育ってくれたようだ。
「わぁぁ、凄いにゃ……!」
『ブキィイ……!』
気がつくとマザーツリーの周囲はほぼ一面、山芋の蔓で覆いつくされていた。地面のあちこちが盛り上がり、小山のようになっている。
「はぁはぁ……。俺の魔法はここまでだ。ミスティア、彼らにイモを掘ってみるように言ってくれ」
「う、うんっ」
ミスティアが指示を出すまでもなく、若いオークが手近な地面を掘り始めた。
『ブヒッ……ブキ』
『ブキッ!?』
オークは豚の怪物だとばかり思っていたが、土を掘り返している姿を見るにつけイノシシの魔物なのか? という気もしてきた。
『ピギィイ!?(でけぇえええ!?)』
オークが掘り起こしたのは、巨大な山芋だった。
ずぼっ、と地面から引き抜き、尻餅をつく。彼らの膨らんだ腹のように大きな、見たことのないサイズだった。
集落全体がどぁおおおお! と歓喜に沸いた。
長老も、若い雄たちも、雌も子どもたちも。丸太のように太いイモを取り囲んで、まるでお祭り騒ぎだった。
「ありゃ……、でかすぎたか?」
「マザーツリーの周囲全部にこれとほぼ同じものが埋まってるのか!? だとしたら、一年どころか二年は飢えずに済むんじゃないか?」
アイナが呆れたように、ホッとした様子で額の汗を拭う。
三匹の若い雄のオークたちによるアイナ争奪戦は続いているようだ。
しかし、これでオークたちの集落を困らせていた食糧問題も、解決してくれればよいのだが。
「どう? これで文句ないでしょ」
『……ブギュァ! ブギ、ブキュィイイ!(おお、感謝します、黒き森の人よ! それに、偉大な人間の魔法使い……! このご恩は……忘れませぬ! ありがとう)』
オークの長老は感動した様子で、ミスティアの前に跪いた。
「……ありがとう、だって。ご恩は忘れないってさ」
ミスティアが微笑んだ。
「オークが……?」
「マジか、こんなことってあるのか」
『ブギュルル、ルル……ブギュァ』
「えぇと、……過去のカクシツ? は消えずとも、新しき、誓い、絆を結ぶことは……できる、って」
オークの長老の言葉を、ミスティアは上手く翻訳できないようだった。
しかし、感謝している、という気持ちは伝わってきた。
『ビギュルル、ブギィ』
「……何かあれば、我ら、黒き森の民として、受けた救いの恩として、汝らを救う。馳せ参じる……って、どういういみ?」
「困ったら俺たちを助けてくれるって、そういっているんだ」
「信じられん、こんなことが。だが! 騎士としてわかる。彼らの言葉には嘘がない。真実の心からの言葉だと、感じることはできた!」
アイナが敬礼すると、オークの長老もブシュアと鼻息を鳴らした。これでオークたちが人間の町に襲来することは無さそうだ。
アイナとディーユは顔を見合わせた。
オークのような喰らうだけの魔物に、こんなにも意思や感情、そして恩さえ感じる「心」があるなど、今まで考えたこともなかった。
彼らはもうただの魔物ではない。これもミスティアの影響だろうか?
彼らの心に干渉し、人間のように振る舞うよう、影響を与えたからだろうか……。
だとすれば、それは本当に凄いことだ。
ここにいるオークたちは、ミスティアが眠っていた遺跡の周囲で集落を築き、原始的ながらも農耕社会を営んでいた。その時点で、他とは違うのかもしれないが……。
「ディさん、もう怖い感じ、しないよ」
「コロがそう感じるなら、きっともう大丈夫だね」
「ミゥも! ミゥもそう思うにゃ!」
コロに負けじとミゥも跳ねる。
「あぁ、ミゥも思うなら完璧だ」
ディーユは二人の少女たちとハイタッチ。
「さぁ、帰ろう!」
「うんっ!」
そしてミスティアの肩に手をのせて、抱き寄せる。
追々、栽培や農耕をミスティアを通じて教え込めば、自給自足のオーク村、ができることも夢ではないだろう。
こうして――。
俺達のクエスト。オークたちの平定、という困難なミッションは幕を閉じた。
◇
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
オークたちの好物の山芋は、
いわゆる自然薯に相当します。
里芋、ではありません。
さて、次回は幕間をお届けします。
仇敵、ラソーニの動向、そして増大する脅威。
もうひとつの「残された土地」を巡るお話です。
おたのしみにっ!




