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幕間 ~ハイ・エルフたちと星の船

 ◆


 ――くそう、くそッ……!


 私は……ラソーニ・スルジャン。

 あらゆる祝福を一身に受け、この世に生を享けた。生まれながらにして眉目秀麗かつ天才、つまり天に愛されし男!

 ゆえに、世界の全てを支配し、来るべき新世界を統べる資格があるッ!

 神にも等しき力を得た今、崇高なる存在に至る――はず……なのにッ!

 ぎりっ、と奥歯を噛み締めると血の味がした。全身に激痛が走り、肺が破れそうなほどに苦しい。


「もう終わり? キミ、天才なんでしょ」

 美しい少年の姿をした悪魔が、ラソーニ・スルジャンに蔑みの視線を向ける。


「う、うぐっ……」

「はぁ」

 冷笑さえも無駄とでも言いたげに小さなため息を吐く。

 尖った耳に切れ長の目。紺碧のガラス玉のような瞳には、深遠な宇宙のような輝きが宿っている。

 神話上の存在、ハイ・エルフ。

 それが今、目の前にいる。

 圧倒的な魔法力を身に宿す存在は、ラソーニ・スルジャンが幼い頃から恋い焦がれ、下僕にするはずだった。

 夢想し続けた自分だけの新世界、理想郷で唯一の住人として、生存権を与えるつもりだった玩具……!

 それが今、あろうことか自分をなぶりものにしている。

 猫が瀕死のネズミを弄ぶがごとく。


「つ……通じぬ? わ、私の……魔法が……」


「あたり前じゃん。ボクらは細胞に至るまで、全身が魔法そのものなんだ。魔素(マナ)の化合物で構成されているからね。薄めて取り込むしかないキミらとは、次元が違うんだよ」


「じ、次元……が……違う?」

 愕然とする。絶望がラソーニ・スルジャンの黄金色に浮き足立っていた心に冷や水を浴びせ、ズタズタに踏み荒す。


「退屈しのぎにはなったかな。千年ぶりの運動は」

 伸びをして、飽きたとばかりに踵を返す。


 巨大な水晶で構成された構造体。ハイ・エルフの宮殿、水晶宮――クリスタニア。


 爆発により砕けた床が、静かに自己修復してゆく。

 あちこちに出来た焼け焦、破壊の痕跡は、ラソーニ・スルジャンの必死の抵抗の跡だった。持てる力の全てをぶつけた抵抗は、虚しいものとなった。


「くそう……っ! そんな、そんなっ!」

 半ば発狂したように床を叩く。


「人間は下等な生物なんだし、そんなものでしょ」

 レンストルミアスと呼ばれたハイ・エルフは近くの椅子のような結晶に腰を下ろした。

 結晶から果実のようなものが生え、それを口に含む。


 あらゆる攻撃魔法が弾かれた。

 ハイ・エルフに魔法は通じない。

 人造の重元素を光速近くまで加速、二方向から正面衝突させ、超高エネルギーを発生させる究極の魔法でさえ防がれた。

 ハイ・エルフが持つ強固な防御魔法結界か?

 いや、違う。

 そんなレベルの話ではない。

 瞬時に魔法術式は解析され、分解。効果を発揮できないのだ。極超高速、いや……時間の流れさえ操っているかのように。

 そうだ、間違いない。時間を引き延ばして魔法を解析、あるいは易々と避けているのだ。

 魔法の天才たるラソーニ・スルジャンは、彼らの持つ特性に、固有能力に気付きつつあった。

 だが、気づいたところで打ち破る術など無かった。


 人間の上位互換(・・・・)として、太古の魔導師たちが創り出した究極の生命体。

 魔導師たちの魂と記憶を受け入れる「新たなる器」として創り出されたと云われている。

 美しい容姿、人間を越えた知能を持ち、長寿で繁殖する必要のない生命体。

 おまけに魔法を無尽蔵に行使できる。

 まるで魔力を自ら生成できるがごとく。


 だが、その個体数は少ない。僅か十数体のみが魔法合成に成功し、他はすべて失敗したと、神話時代の魔導書には記されていた。


「ボクらはね、生み出されてからすぐに悟ったんだ。人間を見て、あぁ、なんて可哀想な生き物たちなんだって」


「か、可哀想……だと」


「そう。弱くて、惨めで、陰湿で。とても頭が悪い。でもね、謙虚さがある人間は好きだったよ。優しくて、良い人間も沢山いたもの。だからボクらも彼らは大切にした。他の生き物を大切にする優しい人間には、福音も与えた」

 はじめてハイ・エルフの顔つきが優しさを帯びた。


「ふ……福音?」


「動物と心を通わせたり、他人を癒したりする魔法の源泉だよ。あぁそうだ、ニュメルヒプルスみたいに、綺麗な花を咲かせ植物を操る力も、福音として与えたっけ」


「…………な、に……?」

 

「でもね、思い上がった魔導師、キミみたいなのが一番きらいだった。昔から魔導師たちは、自分達がいちばん上だと思っていたからね。傲慢で乱暴。そんなの好きになれると思う?」


「……お、おまえたちは、我ら魔法師の……そ、創造物に過ぎん……! そうではないか!? だから……産みの親たる人間に、従うべ……きッ?」

 ラソーニ・スルジャンの口が動かなくなった。相手は、その気になれば心臓さえ止められるのだ。


「でも超えた。シンギュラリティ。魔術的な知性の限界点を、ボクらハイ・エルフは破ったんだ」

 エルフ耳に髪をかきあげて、誇らしげな微笑みを浮かべる。


「……だから……封印された……のではないか……」


「封印? まさか。自分達で眠ったんだよ。相手にするのがほとほと嫌になってね。当時の人間の王に頼んで、邪魔しないようにとクギを刺した。外部から干渉されないよう、自らを時空間結晶化して干渉を防いだ。人間が勝手に滅ぶ時まで、眠っていようってね」


「滅ぶ……だと」


「いつかやると思ったんだよ。キミみたいな、バカが」

「バ……………カ?」


「外の惨状はキミの仕業でしょ? 魔導師たちがボクらが眠っている間、上に築いた構造体。その何かの魔導機関を暴走させた。魔法の結晶たるボクたちから、魔法力を汲み出す装置のつもりだったのかな? ……アハハ。三百年ほど前も、似たような惨事があったみたいだけど。この通り、大失敗だったね」


 世界(ティティヲ)で唯一の大陸、アースガルドを支配し栄華を極めた千年帝国(サウザンペディア)。最上位の魔導師たち、極光神域衆(オーヴァリアス)たちが行った実験――神と同等の力を得ようとする試み。すなわち、ハイ・エルフたちの力を利用しようとして失敗した、ということか。


 そして今の状況は、ラソーニ・スルジャンが引き金を引いたものだ。

「し、失敗などで……あるものか……ッ」

 全波動共鳴魔導零機関(アズラール・ゼロ)の稼働。それは魔導書で知った手法を真似たあげく、魔導災厄を引き起こした。

 しかし、ラソーニにとってこれは滅びの光ではなく、浄化の光なのだ。

 汚らわしい旧世界は一掃された。

 今や地表に生き物の姿はない。

 第ニ聖都は消え失せ、多くの人間たちが消滅した。


 だが、誤算だった。

 こんな、厄災のようなハイ・エルフを目覚めさせてしまうなど。


「……はは……ははは……アハハ……」


「あれ、壊れちゃった?」


「レンストルミアス、おしゃべりはそこまでに。私達の目的を忘れないで」


「そうだね、ニュメルヒプルス。こいつ、飽きちゃった」

 美しい女性のハイ・エルフが静かに諭す。

 魔法の窓から外の様子を眺め、悲しげに長いまつげを伏せる。絶世の美女、だがあまりにも美しすぎて怖いほどだ。


「今、ディルギークプスの気配を見つけたわ。別の区画からここへ向かっている」

「よかった……! また三人だね」

「えぇ」

 この宮殿にいるのは二体だけではなかった。


「……はぁ、はぁ……」

 まずい。逃げなくては……。ラソーニ・スルジャンはボロ雑巾のようになりながら、床を這った。二人のハイ・エルフから距離をとろうと必死にあがく。

 逃げ場はないが、このままでは本当に殺される。あるいは奴隷にされてしまう。

 考えろ、考えるのだ。


 と、音もなく壁に穴が生じ、もう一人のハイ・エルフがあらわれた。こんどはすらりとした長身の成人男性だ。美しさと精悍さを併せ持つハイ・エルフの姿に、先に目覚めていた二人が歓声をあげる。

「ディルギークプス!」

「おはよう、よかったわ無事で」

「アッハッハ! 久しいな、ニュメルヒプルス、レンストルミアス」

 太陽のように笑い、抱擁する。家族なのか兄妹なのか、仲間なのか。あるいはもっと別の繋がりを持つ間柄なのか。知るすべはない。

 と、床を這いつくばるラソーニ・スルジャンに気がついて眉根を寄せる。


「いかんぞ、レンストルミアス。お前の仕業だな? 汚いものを中にいれて遊んではいかん」

「はーい」

「ここは神聖な我らハイ・エルフの船。外部のいかなる雑菌も持ち込まぬよう、清浄に保つのだ。……さっきも、五ひきばかり野ネズミを外に放り出したが。その仲間かな」


 ぱちん、と指を打ちならすと床に穴が開き、ラソーニ・スルジャンは飲み込まれた。

「――うぐぁぁぷぁあ!?」

 じたばたと暴れるがジュルッと飲み込まれ消えてゆく。


「トイレに流しちゃった」

「あれは汚物だからな。地上に排出したのだ。さぁ、消毒して出発の準備を」

「はーい」


「真の目的地へ」

 ニュメルヒプルスの声に反応し、半透明のウィンドゥが無数に展開する。

 そこには青い惑星の姿と、それが公転する恒星の光があった。太陽系だ。そこから映像が切り替わり、太陽系は小さな点になった。それさえも闇のなかに消え、やがて別の星系がみえた。

 まだ若く、青白い光を放つ恒星。周囲にはいくつかの惑星があった。その中のひとつは青くぼんやりと光っていた。大気に酸素が含まれているからだ。


「あれがボクらの目的地」

「朽ち果てたこの星を捨て」

「新天地で新しい世界を築こう!」


 水晶の塔が振動し始めた。甲高い音に変わると徐々に空中へと浮かび始める。


 これは――星の海を渡る船。


 種子や遺伝子は結晶化して積み込んである。ハイ・エルフは数千年に及ぶ星の旅さえものともしない。

 星々の世界への航海は希望に満ちていた。


「さようなら、旧世界(ティティヲ)


 世界が滅び静寂が訪れたその日。

 白く輝く一隻の船が、天空へと昇っていった。

 



「……あ……星……? 彗星? あはは……へへ……」


 それを見上げていたのは、皮肉にもラソーニ・スルジャンだった。

 魔法も、何もかもを失った虚ろな目にうつる光。


 光はやがて星のように小さくなり、スター・ドライヴの輝きを虹のように残しながら消えていった。


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[一言] >今回の話を一言で言えば…… 「ラソーニ、第一のざまぁ」  某映画のタイトルからいただきました(笑) >「あたり前じゃん。ボクらは細胞に至るまで、全身が魔法そのものなんだ。~(中略)~…
[良い点] ざ、ざまぁの対象が逃げていく。(笑) 物語は流転するとはいえ、ティティヲも旧世界と成り果てましたか。 それにしても、やはり極光神域衆はヤバい連中だったようです。(汗) さて、神にも等しいハ…
[一言] ハイエルフ……圧倒的な強さを見せつけたけど、まさかのここで退場!? ……いや、でも全部で十名いるなら、残りのまだ本編に出てきていない奴等が何かするのかもしれませんね! ラソーニと、側近の…
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