破 ~滅びの日・ザマァ
第ニ聖都・アーカリプス・エンクロード王城、地下回廊第八層――封印の間。
城の最深部に位置する空間は、青白い光に満ちていた。
光を発しているのは、林立する巨大な水晶柱だ。それぞれの高さは1メルテほどで、美しい六角柱状の結晶体を成している。
「見ろ、水晶の中を……!」
「水晶の内側に宝物が封じられている!?」
「これらはすべて、千年帝国の遺物だ!」
無数に林立する水晶の内側には、それぞれ別の宝物が内包され浮かんでいた。
「これは『完全治癒の魔法』を秘めた指輪か!?」
「こっちは伝説の書物にあった『高強度結界石』だ!」
「す、凄い! 宝の山だ!」
「これさえあれば、俺たちもAランクだ!」
「はははすごいぞ! ラソーニ・スルジャンさまのおかげだ」
王城の地下には千年帝国の宝物と知恵が封じられている――。
それは魔法師ならば誰もが知る伝承だ。しかし地下第三層より深く潜れなかった。何故なら『絶対鋼壁』と呼ばれる強固な結界を突破する術が無かったのだ。
しかしラソーニ・スルジャンは、女王陛下より王家の秘宝、『封印の指輪』を手に入れることで、絶対鋼壁を開放することに成功した。
『封印の指輪』は王家が地下に封印し秘匿する魔法全ての絶対管理権限――アドミニストレータ権限を有する。
それを得たラソーニ・スルジャンは、ついにSSSランク、神話級魔法師の領域に至ったのだ。
最深部へと至る地下回廊を開放し、魔法師たちの殆どを調査に向かわせたのは、他ならぬラソーニ・スルジャンだった。
王宮魔法師たちは、我先にと、雪崩をうってダンジョンへと潜った。最深部に封じられているという太古の遺物、あるいは神話級魔法を手に入れる為に。
王宮魔法師たちは目の色を変え、地下の階層を目指した。
魔法の罠や、フロアを守る魔物も出現した。しかし実戦経験豊富なBランク、Cランクの魔法師たちによる戦闘集団の攻略により、わずか半日で、多くの王宮魔法師たちは最深部、第八層へたどり着いた。
だが――それは巧妙な罠だった。
「水晶の魔力波動に同調してみよう」
水晶の扱いに長けたBランクの王宮魔法師、コレクタスが水晶に手を押し付けた。
すると硬い水晶の結晶に手がズブズブと入り込んでゆく。
「おぉ……!? 結晶の中に手が入る!」
周囲の者たちが驚く眼の前で、水晶の結晶に腕が吸い込まれてゆく。
伝説の宝物に手が届く!
コレクタスが喜悦満面で宝物を掴もうとした。が、
「つ……掴めぬ……これは!?」
指先が空を切った。水晶の中心に浮かぶ宝物は、幻のように手応えが無い。異変を感じ腕を引き抜こうとした、その時。
――魔素供給素体、固定接続
古代エルフ語が頭の中に響いた。同時にコレクタスの腕がガッチリと固定され動かなくなった。
「ぎゃっ!? う、腕がっ!?」
慌てて引き抜こうとするが、水晶と一体化しビクともしない。
「コレクタス殿ッ!」
「お助けせねば……うっ?」
「わ、我らの足も……動かぬ!?」
「身体が……動か……な」
「みんな、これは……罠だ!」
誰かが叫んだが、時すでに遅し。
フッと『封印の間』の入り口が消失、閉じ込められた。同時に水晶の森が共鳴し、不気味なハミング音を奏で始める。
青白い輝きが強くなると、魔法師たちの身体が指先から灰のように変色し、ボロボロと崩れ始めた。肉体を構成する有機化合物、分子、魔力、魂。あらゆるものを素材として分解する『封印の間』が稼働する。
阿鼻叫喚の地獄のように、魔法師たちの絶叫と、怨嗟の悲鳴が響き渡った。
「こんな、ばかな……!」
「ぎゃぁ、あぁ……ぁあ……!」
「ラ、ラソーニ様、ラソーニィィイイぁあああッ!」
◇
「――――何の役にも立たぬ、ゴミのようなお前たちの命も、魔法力も、決して無駄ではない。新世界創造の礎となるのだ……!」
物言わぬ黄金の立像だらけの王宮の玉座。ラソーニ・スルジャンはそこで、何重もの魔法円を操りながら、静かに微笑んだ。
Aランクの使える手下を残し、すべて封印の間に送り込み、磨り潰した。高濃度な魔素を抽出し、更に下層に存在する魔力転換炉へと送り込む。
百名近い王宮魔法師の魂と魔法力を贄に――。
魔法師たちの絶叫はすぐに止んだ。
「喜ぶがいい、フハハハ……」
ラソーニとて、良心の呵責が無いわけではない。
長年、共に王宮で魔術を極めんと切磋琢磨してきた仲間だったときもある。
だが、片時も心を許したことなど無かった。
誰も彼もが無能で愚かだった。
ラソーニは自分とは違う、まるで劣等種族たちと接しているような、嫌悪感さえを抱いていた。
――自分は伝説の高位エルフが転生した、尊き存在なのだ。
ラソーニは幼い頃からそう確信し、己の存在を崇高なものとして疑わなかった。
幼い頃から魔法の天才として、才能を見いだされた。
――元素変換。
稀有な魔法の才能は、瞬く間に魔法師たちの間でも話題になった。わずか6才で入学した魔法学校では常に主席。
誰にも負けたことなど無かった。
クラスメイトも教師も、ラソーニを褒め称えた。
まるで腫れ物にさわるように、媚びへつらい、ヘラヘラとすり寄ってきた。
先輩風を吹かせたバカどもは、腕の関節のカルシウムを鉄に変換し、動かないようにしてやった。
『だが、ラソーニ。ぬしの魔法は、新しいものは生み出せぬ。形を変える、それだけの術じゃと心得よ』
偉そうに講釈を垂れた長老教師は、密かに骨を脆くしてやった。魔法学校の階段で両足が砕け、転がり落ちたときの表情。あれを思い出すと今でも痛快な気持ちになる。
どいつもこいつもバカばかり。
天才として生まれ、容姿さえも美しい。
だから我が魂は尊きハイ・エルフの生まれ変わり!
圧倒的、人間の枠を越えている。
ゆえに誰も、何も必要無い。
世界のすべてを更地にし、新しく創り直せばいい。
ラソーニ・スルジャンはそう考えた。
――もうすぐだ。
美しい金髪碧眼の青年魔法師の顔は、狂気に歪んでいた。
ラソーニ・スルジャンの目的はただひとつ。
――新世界を創造し、神になること
下らぬ、世界。つまらぬ、人間たち。
存在する意味のないゴミばかり。
ゴミ溜めのような世界を、破壊し、思い描くような理想郷を新たに創る。
美しい黄金色で覆い尽くした世界に、完璧で美しい生き物だけを創造する。そう、ハイ・エルフの楽園を!
それこそが汚れなき理想郷。
永遠の静寂、究極の美で満たす……!
麗しいハイ・エルフたちを下僕とし、創造神、ラソーニ・スルジャンとして君臨する。
永久の楽園を築くのだ。
「魔素を第九層、地下最深部の魔力転換炉へ」
地下に封印されし太古の魔法文明、千年帝国の叡智の結晶が唸りをあげ始める。
周囲に展開していた魔法円が臨界を示す。
地鳴りが王城を揺らし柱が砕けた。第二聖都全体が鳴動し、地響きと共に建物が崩れ、悲鳴と共に多くの命が失われてゆく。
「ははは、いいぞ……!」
――エーテルリアクタ展開
――魔導障壁、全解放
展開していた魔法円が次々と赤く染まり、変形。禍々しい魔法円へと変貌してゆく。言語は全て古代エルフ語へと切り替わる。かつて千年帝国を支配した神々の言葉へ――
「全波動共鳴魔導零機関稼働ッ!」
凄まじい力が解き放たれた。
青白い光の球体が生じ、王城を吹き飛ばし、周囲の建物を巻き込んで膨らんでゆく。建物も地面も、人も。あらゆるものが光に飲み込まれ消滅する。
膨大なエネルギーの放出は序章に過ぎなかった。
光の球体が瞬時に収束したかと思うと、一点に凝縮。そして次の瞬間。
ドッ……!
惑星の大気を揺るがす大爆発をおこした。
数百万人以上の人間がひしめく第二聖都は瞬時に消滅。原因は衝撃波だけではなかった。青白い光の放射が、人々も、建物も、美しい運河も、周辺の町や村さえも飲み込み消滅させてゆく。
悲劇は一瞬だった。
誰も、何が起きたかもわからなかった。
悲鳴をあげる暇さえなかった。
人間は瞬時に塩の柱となり、砕けた。
騎士も王族も、老人も若者も、男も女も、幼子も。だれもかれもが瞬時にこの世界から消えた。
苦痛を感じなかったのが、せめてもの救いだろうか。
青白い光の波動と衝撃は、波紋のように大陸全土へと波及してゆく。その日、その時。
世界に唯一の大陸のおよそ八割が、一瞬で消滅した。
生命と活気に満ちていた森は色彩を失い、起伏の無い荒野へと変わり果てた。
人も魔物も植物も、動くものはもはや無い。
原初の星の大地へと還元された。
ただ、一点を除いて。
暗雲が吹き飛ばされ、不気味なほどの青空の下、爆発の中心、爆心地で異変が起きた。
灼熱で陽炎が揺らぐ地面を割り、ビキビキと巨大な水晶の塔が出現した。それは半透明の巨大な水晶の結晶体だった。枝分かれた結晶が幾重にも連鎖する、狂った幾何学的な構造体――。
山のように成長した水晶の結晶体。
永劫の水晶宮――クリスタニア。
「――ハハハ……! 素晴らしい……! これが……滅びの光『A-Z』か……! 私は……ついに、世界の王になった……いや、神だ。世界を統べる……新世界のぉおお!」
――神ィイィイイ!
消滅した第二聖都の爆心地に出現した『水晶宮』。その中枢で、ラソーニ・スルジャンは狂喜じみた笑い声をあげた。
無人の水晶の宮殿に声が吸い込まれてゆく。
誰もいない。何もない。
ついにただ一人だけの、静かな世界。
清らかで汚れなき世界が訪れた。
――と、その時。
ズゥム……! と凄まじいプレッシャーが、ラソーニ・スルジャンの高笑いを止めた。
「……な?」
何だ?
この圧倒的な魔圧は?
今まで感じたこと無い、圧倒的な魔力。
いや、魔力などという生ぬるい物ではない。まるで純粋な神か悪魔、純粋存在が放つ波動。
これは全波動共鳴魔導零機関の効果による生成物か?
「ならば……問題ない!」
この魔力は、すべて我がラソーニ・スルジャンの物だ。
今からこれで何でもできる。
万物を創造することはもちろん、命を作り出すことさえも……!
「ハハハッハハハハアア! ……ハ」
「あのさぁ」
水晶宮に何者かの声が響いた。
少年のような澄んだ声色で呆れたような口調で。
見回すと壁際に一人の少年が立っていた。忽然と、湧いて出てきたように。
入り口などどこにもない、密閉された水晶の塔の内側に。
その人物をみて、ラソーニ・スルジャンの表情が驚愕に彩られる。
「ハ……ハ、ハイ・エルフ!?」
とがった耳、美しい少年のような顔。細く性別不詳な身体に白い薄衣だけを纏っている。
ふぁ、と眠そうにあくびをし、若草色のさらさらとした髪についたねぐせを直す。
「ふぁ……。うるさいよ、きみ」
「な、なぜ、ななな、なぜハイ・エルフ族が……。あ、あぁあああ! そうか、ハハハ。私か、私が望んだから、全知全能なこのラソーニ・スルジャンの望みが具現化したのか! なるほど、ハハハ、やはり私は神! 神! 神ィイイイ!」
「うるさいって」
「ぐ、あっ!?」
ドズヴム、とラソーニ・スルジャンの全身が鉛のようになり、押し潰された。床に這いつくばり、身動きすることさえできない。
――じゅ、重力制御系魔法……だと?
息が、できない……。かろうじで動く眼球を動かして、美しいハイ・エルフの少年を視界にとらえる。
「ここはボクらの棲みかなの。クソザコな人間風情が、入っていいわけじゃないの。わかる?」
古代エルフ語でそう言うと、指を動かした。
ラソーニの身体は羽毛のように軽くなり、壁際まで吹き飛んだ。
「ぐはあっ!?」
ゴハァと血を吐く。
「あーぁ、汚いなぁ」
まるで少年がカエルを壁に投げつけるように、薄笑いさえ浮かべず、形のよい眉をすこしだけ動かす。
「レンストルミアス、何をしている」
ラソーニ・スルジャンの横倒しになった視界に、もう一人のハイ・エルフが現れた。
今度は美しい女性のハイ・エルフだった。
緩やかにウェーブした腰までの長さの金色の髪。そしておとぎ話に出てくるような超絶な美形。同じく薄衣のみを纏っている。
「……あ、ぁ……」
なんだ、これは。
ラソーニ・スルジャンは立ち上がった。
自分がこいつらを創造したのでは、なかったのか?
神になったのではなかったのか?
「あ、ニュメルヒプルスおはよう。千年ぶり?」
レンストルミアスと呼ばれた少年ハイ・エルフがはじめて笑みをみせた。
「もうそんなにたつの? 外の世界は?」
「さぁね。ボクも今起きたばかりだから。でも……あの虫けらをみる限り、どんな世界かは想像がつくね」
肩をすくめながら、長いエルフ耳を動かす。
「魔法は退化し、何もない世界……まぁ、悲しいわ」
「ま、まて、待てぇえああああ! きさまら、私を誰だと思っている!? お前たちの創造主、新しい世界の神ィイイイ! ラソーニ・スルジャ――」
ぼふぁ、とラソーニ・スルジャンの舌が花束に変わる。花弁を散らしながら、目を白黒させ、床に崩れ落ちる。
「ふが、ぁああ……ぁぁあ!?」
わ、私の舌が植物に?
花?
魔法で……人体を、改編した!?
「ニュメルヒプルス、綺麗だけどあれ花瓶には向かないよ」
「まぁ? そうかしら」
「さっきから何だか頭のおかしいこといってるし、使えないよ。ま、死ぬまで奴隷にしてあげる。汚なくて嫌だけど」
「――――ッ!?」
レンストルミアスは新しい玩具を手にいれたような、何の価値も無いゴミに向けるような冷たい蔑みの視線を、ラソーニ・スルジャンに向けた。
<つづく>




