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序 ~崩壊の千年帝国(サウザンペディア)

 千年帝国(サウザンペディア)――。

 かつて世界を統一し、栄華を誇った魔法王国。

 世界(ティティヲ)で唯一の大陸、アースガルド。その全域を支配下に置いたのは、およそ千年前。伝説級魔法師集団・SSランクの極光神域衆(オーヴァリアス)たちの力により群雄割拠する諸国を制圧し、現在に至るまで事実上の世界帝国として君臨し続けている。

 だが、輝かしい栄光は過去のものになりつつあった。


 三百年前の魔導災害により、聖都アガルティアンは壊滅。

 多くの人々が一瞬で消滅し、王族を含め、極光神域衆(オーヴァリアス)たちの殆ども死に絶えた。

 未曾有の魔導災害によって、複雑高度な魔法の知識体系は失われた。

 更に問題だったのは、当時世界に満ちていた『魔素(マナ)』と呼ばれる魔法の根源たる要素が著しく減衰したことだ。極光神域衆(オーヴァリアス)たちが行った実験――神と同等の力を得ようと試みた事が、魔導災害をひきおこした。

 そして、高度な魔法を誰も励起できなくなった。

 殆どの伝説級・神話級に分類される魔法が消え失せた。

 巨大な都市さえも浮遊させることが可能な重力制御系魔法。

 高度な魔導機関の発達で宇宙にさえ到達可能な、魔導技術体系。

 他にも時間を操る時空制御系魔法。自由な場所への転移を可能とする空間操作系魔法――。

 それら全てが失われたのだ。


 残ったのは原始的な魔法、あるいは知識の残滓だけだった。

 火炎を生み出す、風を起こす、あるいは水を操る。

 最高のAランクでも鉄や銀、金を生成する錬金術。その程度(・・)の魔法しか使えない魔法師しか生まれなくなった。

 世界から魔法力が減衰するに伴って、異変が世界各地で起きた。

 神や悪魔との仲介をする魔法生物や妖精、彼らが消え失せた。代わりに跳梁跋扈(ちょうりょうぼっこ)しはじめたのが、魔力が変質した『淀み(ヨドミー)』から生まれ出る魔物たちだ。

 魔物は次第に数を増やし、人々の生活を脅かした。人々は巨大な城塞都市を各地に築き、魔物の襲来に怯えながら暮らしていた。城塞に入りきれない貧しい人々は、それでも耕作をし、力を合わせながらなんとか暮らしてきた。

 だが、その土地の力さえ弱りつつあるという。

 作物が育たず、病気が蔓延し、飢えと苦しみがひろがってゆく。

 世界は、緩やかな滅びに向かって歩んでいた。


 魔法力が完全に消滅すれば、世界(ティティヲ)は崩壊する。

 そして自分たち、魔法師も消え失せるだろう。遷都した第ニ聖都・アーカリプス・エンクロードでは、その真実を一部の王宮魔法師たちだけが知っていた。

 だから己の魔法の知恵を決して誰にも教えず、利益を守る秘密主義が横行した。互いを牽制しあい、既得権益を守ることだけに固執した。

 強固なランク分けによる差別、いじめはその裏返しなのだ。

 協力することを拒み、いがみ合い、憎しみ合う。

 道はあったのかもしれないが、それもすでに遅かった。


 滅びの日が着実に近づいていた。


「かか、各地で暴動が発生!、略奪が横行しております……! あちこちの王侯貴族の屋敷が、暴徒たちに襲われております……! メイローデン家、ハイデルロ家、アリステイル家……すでに連絡が途絶え……」

 王宮中枢部、女王の間――。

 禿頭の大臣サハムーノが、上ずった震え声で報告する。もはやその声は半ば悲鳴じみていた。女王ペンティストリアは虚ろな目で尋ねた。


「……民衆は何が不満なのだ?」

「は……?」

 サハムーノは我が耳を疑った。

 長年お仕えしてきたこの女王陛下は、この期に及んで、まだ事態が飲み込めていないのか。

 横に立つ青年魔法師、SSSランクだか何だか知らぬが、あの男が女王陛下をたぶらかしている……!


「しょ、食糧不足、物資不足……。それが不満だと、何度も申し上げたではございませんか!?」


「……逆賊は処刑せよ」

 女王ペンティストリアは一言、冷たい声で告げた。

 その瞳は黄金色に輝いていた。虹彩の奥の網膜を、金に置き換えた。

 もう見えていないのだ。

 何も、黄金以外は。

 サハムーノはごくりと溜飲し、奥歯を噛み締めた。そして意を決したように低い声を絞り出す。


「お……お言葉ですが女王陛下! お、王国軍には鎮圧を命じましたが、先日のガリレウス侯爵を処刑された一件で、不満がくすぶっております! 指揮系統は麻痺し、命令を不服とし反抗する部隊も多く……。こ、このままでは聖都が崩壊します!」


「もうよい、下がれ」

「下がりません、わ、わたしとて国を思って……」


「くどい」

 ラソーニ・スルジャンは、女王陛下の横で静かに指を動かした。

 黒い煙が大臣の首に絡みつく。樽のような身体が震える。

「が……は!?」

 大臣の手は空を切り、白目を剥く。

「……愚か……な」

 そして恨みがましい視線をラソーニに向け、そのまま息絶えた。


「愚かはお前だ大臣」


 玉座の間だけではなく、王宮はすべて静まり返っていた。

 見渡しても誰もいない。

 大臣も神官も、侍女も。もはや騎士でさえ逃げ出していた。

 ラソーニの一派に反抗するものはことごとく殺された。

 多くの者達が我先にと王宮を逃げ出した。逃げ出したところで、王宮を取り囲む殺気立った群衆に飲み込まれるだけなのだが。

 今や外堀は埋められていた。王宮から逃れる術はない。


 しかし、王宮を根城にしていた百数十名の魔法師たちは、開放された地下の神殿に嬉々として入ってしまったきり出てこない。

 世界崩壊前の知識が詰め込まれた魔法の宝物庫。その鍵を手に入れたラソーニが、扉を開いたのだ。

 彼らは地下で太古の魔法知識、魔法道具の宝に目がくらみ、宝物を漁っているのだ。


「……静かね」

「えぇ、女王陛下の平穏を乱すものはもう、誰もおりません」

 女王ペンティストリアは満足そうに微笑んだ。

 血を分けた息子と娘は今、物言わぬ銀色の彫像となり永遠の命を得た。

 待ち望んだ心穏やかな時が訪れようとしていた。


「嬉しいわ」

 唇から覗く歯は、全て黄金色に輝いていた。

 全身のあらゆる所を黄金で飾り立て、もう金にする場所さえも残っていない。

 骨も歯も。

 それでも黄金を欲している。

 欲望は止まることはない。


「……血の赤は嫌い、黄金に変えたらどうかしら」

「実に、良きお考えにございます」


 女王陛下の血を黄金色にする。

 血管中のヘモグロビン。

 その中核たる鉄を金に変えるなど造作もない。

 ラソーニ・スルジャンは女王陛下の手をうやうやしく握る。


 ふた呼吸めで、女王ペンティストリアは黄金の彫像となった。

 玉座で微笑む金色の像は、無人となった王宮で輝き続けることになる。


「おやすみなさいませ、女王陛下。あとは……私におまかせを」


 ラソーニ・スルジャンは魔法円を励起した。


 地下にいるのは欲望に目がくらんだ馬鹿ものたち。

 役にも立たぬBクラス、Cクラスの魔法師たち。

 彼らの魂と魔法力を(にえ)に――。

 魔法力を触媒に、地下最深部に隠された魔力転換炉を稼働させる。

 地下に封印されていた太古の魔法文明の叡智の結晶。

 万物から無限の魔力を生み出す、全波動共鳴魔導零機関(アズラール・ゼロ)を稼働させる。


 それにより真の魔法世界が復活する。


 神にも等しい力さえ手に入れれば、ラソーニ・スルジャンの思うがまま。

 新世界を創造し、新しい命で満ち溢れる楽園を築く。

 黄金と至福の輝きに満ちた楽園をつくる。

 そのためなら犠牲など厭わない。

 この腐りきり、死にかけた世界など滅んでも、人間がいくら死のうが構わない。


 極光神域衆(オーヴァリアス)たちが果たせなかった夢。

 数千年を生きることが可能な、美しき上位互換生命体(・・・・・)エルフだけの楽園を造るのだ。


「フハハ……もうすぐだ」


 ――私が、世界(ディディヲ)を再び「真の魔法」の輝きで満たす!


<つづく>


次回


 世界崩壊編 「破」をお送りします。


(ディーユたちの船旅の様子も出ますのでお待ち下さいね★)

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― 新着の感想 ―
[一言]  ラソーニって"希代の悪人"と思ったけど、目の前しか見えていない"愚か者"だったのですねぇ(- -;a  正直今回の話を見て、自分の目的のためにすべてを滅ぼしても構わないというところに怒り…
[良い点] ラソーニ・スルジャンっ……! 単なる悪いヤツかと思ってたら、自身の正義に忠実な悪なのですね! こういうのは好きです!
[一言] 何やら、予想以上に世界はとんでもないことになっていたようでありますね……!! そして、欲に目がくらんだままその自我を放棄する選択を許した女王と、全てを破滅に導きかねない恐るべき野望を秘めた…
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