共闘、ディーユとアイナ
遂に合流したディーユと
女騎士アイナの共闘となります!
渡りに船、とはまさにこのことか。
ディーユは思わず、信じてもいない神に感謝しそうになった。船を探しさ迷っているところへ、タイミングよく船が上流から現れ、親友が「乗れ!」というのだから。
しかし旨い話が無いのは世の常だ。
「ギシャァア……!」
甲板では不気味な怪物が暴れていた。黒い肉塊のようなブヨブヨした怪物は、複数の腕で親友の女騎士を執拗に攻撃している。
アイナが何故ここに? という疑問が最初に浮かぶが、運河に出没する魔物討伐だと考えれば納得もゆく。
「あまり乗りたくない船だが……」
とはいえ、このまま徒歩で危険な街や荒野を行くよりは、目の前の船に乗るほうがマシだ。
「ぐっ! 見ての通りだディーユ! こいつを……っ! なんとかしなくては、ならないッ……んだっ!」
自在に伸縮する腕の攻撃を弾くと、船の舳先からディーユに向かって叫んだ。
「だが、どうやって行けばいいんだ?」
「なんとかして来いっ!」
「うーむ、困ったな」
船は徐々に、ディーユとコロのいる船着き場の端へと近づいていた。乗船を誘ってくれるのはありがたいが、乗り込む手段がない。
運河の流れに加え、貨物船自体も加速しているのか、船足もかなり速い。運河の水面から船の甲板までの高さは、みたところ2、3メルテ近くもある。並みの身体能力では飛び乗る事も難しい。小さな渡し船で近づき、甲板から縄梯子を下ろしてもらえばいいが、悠長な事のできる状況でもなさそうだ。
「ディーさん、あのひとは……?」
「あぁ、私の古くからの友人でね」
「お友達?」
ディーユの袖を握り、小首をかしげるコロ。
「ずっと小さい頃からの親友なんだよ」
「小さい頃……。だからディーさんと同じ匂いなのね」
「そうなのか? いや、でも別にいつも一緒ってワケじゃないんだけどな……」
夢と希望を胸に、それぞれ村を出たはずが、聖都の王宮でバッタリ再会したときは驚いた。目指すものは違っても、必ずどこかで巡り会うのは運命だろうか。いや、これが腐れ縁というやつlか。
「うぉおお! 早く来い、ディーユ!」
剣を振り、攻撃に転じるアイナ。しかし敵は驚くべき再生速度でダメージを受けている様子はない。
ただの怪物ではない。異形の魔法生命体だろうか。得体の知れぬ化け物に、アイナは船の舳先に追い詰められていた。
「アイナ殿、我らも加勢いたします!」
その時、甲板の後方から盾や剣で武装した兵士が三人ほど駆け出してきた。魔法師も一人へっぴり腰でついてくる。どこかで見たような気もするが、すぐに物陰に隠れてしまった。
「ボクは今ァ猛烈に空腹ナリィイ……! マリア姫をベーロベロちゅぁちゅしながら、食べたぁあぃ!」
「貴ッ様ぁ! 姫の名を口にするな!」
「残念ンンッ! 男は食べませんからぁ……死ねッ!」
手を何本も生やした化け物が、援軍の一団を蹴散らす。
それよりもディーユは怪物が人の言葉を発した事に驚いた。
あれは人なのだろうか? 呪詛か形態を変化させる魔法で異常化したものか、いずれにしても尋常ではない事は確かだ。
「すごく嫌な臭い……。腐っているのに、動いている……」
コロが甲板上の化け物を見て、怯えたように後ろに隠れた。
「今からあの船に乗り込んでアイナを助ける。コロも一緒に行けるかい?」
「ディーさんと一緒なら、平気!」
「よし、いい子だ」
運河べりの小さな桟橋の先にコロと向かう。そこでディーユはコロの腰に手を回すと、ぎゅっと抱き寄せた。
いよいよ船が目前に迫ってきた。
「しっかり掴まってろよ」
「うんっ!」
足元は古い木の板で、桟橋を支える柱は朽ちかけた杉だ。
「杉よ、力を貸してくれ……! 『枯死再想』――ウィード・リコレクション!」
魔法力を杉の柱に注ぎ込む。緑色の輝きに包まれた桟橋の柱から緑の芽が伸びた。ただの朽ちた材木でしかなかった柱から、緑の枝がみるみるうちに成長、あっというまに身の丈を超えた。
近くの桟橋で釣りをしていた老人が異変に気づき、腰を抜かしている。
「これに乗るの!?」
「あぁ、いくぞコロ」
わずか数秒で5メルテを超え、ディーユはコロを抱える格好で枝に掴まった。二人を乗せたまま、杉は更に樹木として成長する。
「わあぁ!? すごい、ディーさんの魔法!」
視界がぐんぐん高くなる。コロが歓声をあげる。
そして――
船がまさに真横に来た瞬間、ディーユは杉の成長を斜め方向に変化させる。魔法力を注ぎ込み、外側の成長を微妙にコントロールすることで、まっすぐ伸びる性質をもつ杉を曲げたのだ。
甲板よりも高くなったところで、船の甲板に覆い被さるように枝が伸びる。
「ンゴッ!? な、なんだぁああァア!?」
化物は、湾曲して伸びた杉に後頭部を殴られ、前のめりに倒れた。
「いまだ、飛び降りろ!」
「えいっ!」
ディーユとコロはタイミングを合わせて、甲板めがけて飛び降りた。ちょうど船の中央部へと着地することに成功する。
コロは軽やかな身のこなしで降り立ったが、ディーユは尻餅をついた。
「いてっ……!」
「ディーさんっ」
そこへ待ってましたとばかりにアイナが駆け寄ってきた。
尻餅をついたディーユに、アイナが笑顔で手をさしのべる。
「ようこそ、地獄へ!」
「あぁ」
ここが……地獄か。
思わず苦笑がこぼれる。
「アイナ、船への招待に感謝するよ」
その手を取り、立ち上がる。
汗ばんで剣ダコのある力強い手は、とても懐かしい感触がした。
何はともあれ念願の船に乗れた。
そこでアイナがコロに気がついたようだった。そして「またか」という脱力した笑みでディーユを眺める。
「その可愛い子犬ちゃんを、いったいまたどこで拾ってきたんだ? 変わってないなディは」
「また……?」
コロが困惑したような表情で見上げてくる。
「誤解を与えるような事をいうな」
「ディーユは小さいころから、よく捨て犬や猫を拾って帰ってくる子だったんだ。いつもおじさんとおばさんに怒られてな……」
懐かしい話だが、今はそれどころではないだろう。
「積もる話はあとだアイナ、まずは」
「あれを、なんとかしてからだ」
ディーユとアイナは同時に表情を引き締めて、ブクブクに太った肉塊じみた化物を睨み付けた。
「次から次へと、出てきやがってェエエ! ボクノァアアア! 食事ィノォオ、邪魔ぉァアアアアアッ! ンダぁテメァハァアア!? シャァ!?」
「なんだ、気持ち悪いヤツだな」
化物が怒りを爆発させ、六本に増えた腕を一斉に放った。鋭い手刀が降り注ぐ。
「危ないっ!」
アイナが前衛に立ち、剣で叩き落とす。
「大丈夫、ここを何処だと思っている」
ディーユは取り乱すこともなく、静かに魔法力を励起した。足元からそっと、床板に流し込むように。
「なっ……!?」
甲板から無数に生えた「ひこばえ」が、ディブリード・メルグ公爵の両足を貫き、絡み付いた。
「ニィイイ!? こ、これはッ!?」
緑の葉を繁らせながら成長する細い木々は、振り上げた腕さえも捕らえる。
六本の腕も、脚も、顔も、成長し続けるひこばえが次々に絡み付き、縛り上げてゆく。その成長速度は一年間の成長を十秒に縮めたかのように速い。
ビキビキ、ミシミシと甲板が軋む。
「な、なんだあれはッ!?」
「魔法!? 魔法師さまなのか……!」
「あれは……確か、追放された……Dランクのディーユ殿では!?」
兵士たちがディーユの姿を見て口々に叫んだ。そして、ほとんどがディーユの魔法を見るのは初めてなのだ。
『枯死再想』、ウィード・リコレクション。枯れた植物、つまり材木から植物を再生させる魔法。
つまり船の甲板とて例外ではない。
「森での戦闘ほどではないが、木のあるフィールドは得意なのでね」
「なっ、貴様ッの……仕業……ガッ……!? ば、ばかな、う、動け……ん!?」
メルグ公爵がいくら足掻こうが、木が肉塊に食い込み、動きを封じてゆく。
「甲板に使われていたのは……チーク材。堅くて強い。幼木でも容易には破砕できんぞ」
傍らにコロを寄せたまま、足元の甲板を通じて魔法力を伝播させて行く。
「これを……待っていたんだ、ディーユ!」
ディーユが動きを封じることを前提に、アイナは既に駆け出していた。チークの林に囚われつつある肉塊へ向けて飛んだ。
「メルグ公爵ッ! その首もらいうける!」
<つづく>
【さくしゃより】
次回、メルグ公爵戦ついに決着!
そして、いよいよ聖都脱出編も完結へ……!
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では、またっ!




