決着、シャイニングスターインパクト!
「メルグ公爵! 覚悟ッ!」
アイナは、甲板を一気に駆け抜けた。
ディーユの魔法『枯死再想』を理解しているが故、魔法の励起と同時に攻勢に出たのだ。阿吽の呼吸で身体が動く。言葉を交わさずとも互いの役割は理解している。
ディーユが魔法で動きを封じ、アイナが攻撃する。互いを良く知るがゆえに可能な連携だ。数ヵ月前にも域内の魔物討伐隊として共に遠征隊に参加したばかり。民間ギルドでは手に負えない面倒な仕事ということで、ディーユは魔法師として派遣され、騎士と行動を共にした。マリア姫の近衛騎士の派遣は、多分に兄王子殿下の嫌がらせもあったのだろうか――お陰で互いの戦いかたのリズムも戦術も承知していた。
「動けヌゥッヌグォオオ!?」
ブクブクの肉塊が身をよじるが動けない。甲板から生えた無数のひこばえが、メルグ公爵をがんじがらめにしていた。
「はぁああっ!」
アイナは間合いに踏み込み渾身の力で剣を振った。右から左へ斧で木を切り倒すように、首に刃を叩きつける。
「ヒィッ!? おっ、王女殿下ァアアッ!」
「――っ!」
メルグ公爵が叫んだ。怪物と成り果てたとはいえ相手は女王陛下が王女殿下の降嫁相手に招いた貴賓。アイナの近衛騎士としての矜持が、わずかに太刀筋を鈍らせた。
首に食い込んだ刃が肉の壁に阻まれた。
「しまっ……!?」
頸動脈や脊髄に刃が届かない。首に食い込んだ剣がボコボコと赤黒く増殖する肉に挟まれ、抜くこともできない。肉塊から新しい腕が生え、刀身を掴んだ。
「ブブゥッ、バァカな、メス騎士がぁあ!」
「剣を捨てろアイナ!」
ディーユの声にハッとする。アイナは咄嗟に剣の柄から手を離し、メルグ公爵の太鼓腹を蹴りつけて背後へと跳ねた。
「ビッシャァア……!」
メルグ公爵は口から臭くて粘性のある液体を撒き散らかした。周囲のひこばえは一瞬で立ち枯れ、白煙を上げる。強酸性の毒液だ。
「うおっ……とっ!」
バックジャンプで背後に跳び、毒液を避けた。さらに床に手をついてバク転、間合いをとる。
「危なかったな」
「すまん、ディーユ」
視線をメグル公爵から外さずに、短い言葉をかわす。
メルグ公爵はひこばえの束縛を解きつつあった。強酸性の毒液で、絡みついたひこばえが枯れてボロボロに朽ちてゆく。
『フリィイダァアム! ボクちんの自由は……誰にもッ……縛れなぃィイイッ!』
メルグ公爵は束縛を解きつつあった。強酸性の毒液を口から吐き、体に絡みついていた「ひこばえ」を朽ちさせてゆく。
「知恵ある魔物はやっかいだな」
「あれでも元人間、貴族だからな」
「貴族って、マジか」
「世も末だよ」
ディーユとアイナは荷物の影に隠れ、呼吸を整える。流石に息が上がり、次の攻撃のチャンスを待つ。
相手の動きを封じるディーユの魔法戦術は「初見殺し」の性格が強い。植物の成長速度や生やせる射程には制限があり、次は避けられてしまうかもしれない。
――作戦を考えねばな。
「ディーさん」
傍らでコロが怖がっている。
「コロ、化け物退治のあいだ、離れているんだ。向こうの……あの荷物の陰へ」
「う、うんっ」
コロの背中を押すと、甲板の離れた位置にある荷物の山へと、身を低くして素早く走っていった。
「いい子だ」
だがコロが木箱の陰に回り込んだ途端、
「わ?」
「にゃ!?」
コロの驚いた声と同時に別の声がした。黒い猫耳がぴこっと荷物の向こうに見えた。
どうやら先客が隠れていたらしい。
「あれはアイナの『連れ』か?」
「黒猫族のミゥという子だ。成り行きでな」
「奇遇だな、俺も成り行きでコロを」
「ったくディーユは相変わらずだ」
「おまえもだアイナ」
思わず顔を見あわせて苦笑する。
ディーユとアイナはどこまでも似た者同士らしい。
それはさておき。
あまりのんびり話している場合ではない。
「ディーユ、あれをどう倒す?」
ちらっと荷物の影からメルグ公爵変異体を確認する。
甲板から生えた『ひこばえ』の拘束を解き、アイナの斬撃で与えた傷も再生しつつある。
「……みたところ再生速度が異常に速く、斬撃では致命傷を与えられない。となると強力な火炎系の魔法で焼き払いたいところだが、船の乗客に火炎系の魔法が使える魔法師様はいないのか?」
「姫様の護衛に確か、魔法師ルセイユとかいうのがいたが……姿が見えんのだ」
「ルセイユ? 聞き覚えがあるな」
「なんだかへっぴり腰な感じだったし、火炎魔法が使えるかは知らん」
アイナは忌々し気に甲板を見回したが、魔法師の姿は無い。
「我らの力を示せ!」
「おおっ!」
『無礼者どもがぁあッ! 毒液ブシャァアア!』
「ぎゃぁあ!?」
「近づけぬ!」
盾を構えた数名の兵士がメルグ公爵に突撃するが、攻め手に欠ける。
こうしている間にも、船は聖都の周囲に広がる貧民街を通過しつつあった。
水路沿いにバラックとボロ布だけのテントの街が広がっていて、そこから怒号と悲鳴が聞こえてきた。視線を向けるとそこかしこで争いが起きている。暴徒と武装した兵士たちが突撃し、激しく衝突しているのだ。
平和で美しかった都は混乱し、異常な事態に陥りつつある。
そして目の前にいるのは異形の怪物――。
「アイナ、いったい何が起こっているんだ?」
「城で……皇宮で謀反が起こった。ラソーニ・スルジャンの一派に牛耳られた」
「なんだって!? そんな重大な時に、アイナは呑気に船で魔物退治か?」
「慌てるな。いいか、この船には幽閉から脱出したマリアシュタット姫が乗船されている」
アイナは声を潜めた。
「なんだって!?」
ディーユは思わず叫ぶ。
「皇宮内の混乱に乗じて脱出した。この船は北のミーグ領、マリアシュタット姫の叔父上殿の領地に向かっている」
「なるほど事情が見えてきた」
ディーユを追放したSランク王宮魔法師、ラソーニの名を聞いて心がざわついた。
あの男が王宮を混乱させている張本人か。
黄金を生み出し、王国から絶大な信頼を得、女王陛下の寵愛を一身に受けるあの男が。
「そして、あの怪物は追っ手……刺客というわけか」
「ディブリード・メルグ、領主だったがマリア姫にご執心でな。魔女の呪いで闇に堕ちた。いや……元からさほど変わらん気もするが」
「呪い? 仕掛けた魔女の名は?」
魔法の特性がわかれば攻略法もあるかもしれない。
「確か……ラソーニスルジャンの取り巻きの、イヤミフラシアとかいう魔女だ」
「Aランクの王宮魔法師か」
魔女、イヤミフラシア。
聞いたことがある。
本来は治癒術士だったはずだが、治癒の魔法は応用次第で毒にもなる。生命毒素や魔法合成毒を組み合わせて呪詛の触媒とし、肉体を変質させているのか。
「ならば……ひとつ試してみるか」
「ディーユ、なにか手を思いついたのか!?」
「俺がAランクの魔法師様の魔法をどうこうできるわけがないが、試してみるだけだ」
「そんな悠長なっ……て来たぁあ!?」
『見つけたぞぁクソどもがぁああッ!』
「うわっ!」
「避けろディーユ!」
毒液のブレスをぶっかけてきた。
荷物の影から飛び出し左右に散開する。
『貴ッ様ラァぁああ、陰でイチャイチャしてんじゃぁねぇブシャァァ!」
束縛から放たれたメルグ公爵が毒の胃液を吐き出し、更に腕を伸ばして突進してきた。ブヨブヨで無数の腕を生やした肉塊が追いかけてくる。
「こっち来るな!」
「気持ち悪すぎる!」
背後からブヨブヨで無数の腕を生やした肉塊が追いかけてくる気色悪さにゾッとするが、ディーユは走りながら腰のポーチから乾燥した薬草の小袋を取り出した。そして並走するアイナに押し付ける。
「アイナ、これをヤツの体内にブチ込んでくれ」
「はっ? どうやって!?」
「そこはまかせる、食わせるなり頭に埋めるなり」
「あぁ無茶を言う!」
アイナは叫びつつも、その場で急制動、ターンする。
サーベルを構えメルグ変異体に向ける。だが相手の巨体をサーベルで貫いても、致命傷とはならないのは明白。
何か武器が欲しい。
動きを止める重量のある武器が。
『そこぉおッ動くなよメスブタ騎士ィイ!』
ブヨブヨブヨと紫色の肉塊と腕がアイナに迫る。
その時、老兵士が武器を放り投げてきた。
「アイナ殿、これをお使いください!」
「おぉ!?」
それは星球武器――モーニングスターだった。
ばしっ! と柄の部分をキャッチする。
ズシリとした重さに手応えを感じるが、柄には王家の紋章が刻まれていた。
「マリアシュタット姫からです! 御礼を公爵の脳天に届けろと!」
老兵士が叫んだ。
「これは……亡き皇帝陛下愛用だった……!」
敵の魂さえも叩き潰す伝説の武器。
――マリアシュタット姫の想い、確かに受けとりました!
アイナは受け取った武器に回転を加え、迫るメルグ公爵の脳天に向けて、渾身の一撃を振り下ろす。
「ずぅおぁりゃぁあああああ!」
『野蛮な武器、ダメぇええッ!?』
渾身の力と万感の想いを込めて、メルグ公爵の脳天に星球武器――モーニングスターのトゲ付きの鉄球が直撃。
「清廉なる星の煌めき、衝突裂破ォオッ!」
煌めく星の輝きと赤い血肉の花が散った。
『ン……ぶひゅっうう!?』
熟れたザクロを潰すようによメルグ公爵の頭部が爆散、 イソギンチャクのような触手がワサワサと飛び出して来てアイナに絡みつく。
「キモ……いんだよ貴公は!」
腰のサーベルを抜き触手を斬り払う。
そして頭部の傷めがけ、アイナはディーユから受け取った薬草の小袋を投げ入れた。そして再度、トドメとばかりにモーニングスターを横っ面にぶちかました。
『オブジャァッ!?』
「叩き込んだぞ、ディーユ!」
アイナは踵を返し、その場から全力で遠ざかる。
『……グボ……グボボボッボ……オォゴオ……!?』
頭部を叩き潰されたメルグ公爵の頭部で、ボコボコと赤黒い肉が蠢き、不気味な顔のような器官を形成して行く。もう人間ではなかった。
「とどめだ」
ディーユは怪物に手を向けて魔法力を放つ。
――枯死回想、ウィードリコレクション
魔法の射程も効果範囲もベスト。魔力を全力開放する。緑の輝きが誰の目にもはっきりと視えた。
アイナがメルグ公爵変異体の頭蓋に叩き込んだ薬草が蘇る。
それは脳内で芽生え、みるみるうちに身体中に根を張り繁茂する。
『ッアア!? なんじゃぁコリャァア!? 草が……僕チンの全身からぁあっぷぁ!?』
皮膚を破り次々と緑の葉を繁らせる。無数の薬草が根を張り、葉を茂らせ、メルグ公爵変異体の体を緑の葉で覆ってゆく。
「ディーユ!」
アイナの声に親指をたてる。
「手応えありだ」
『グボボッボァアアア? アアッ……ア!?』
肉の増殖が止まった。
血が泡立ち生々しく脈動していた赤黒い肉は明らかに活性を失ってゆく。
体表から無数の緑の葉が生え、それに比例しメルグ公爵の肉体は流動性を失い、石のように硬化。端から白っぽく変色しボロボロとくずれはじめた。
『アァッ……これ、爽やかぁァ……ァ……』
ぱぁあ……と安らかな表情に。
「あの植物は?」
「常備している薬草『血止め草』さ」
「治療薬がヤツの毒になったというわけか」
「まぁそんなところさ」
血液の凝固作用のある薬草を繁茂させた。それは意外なほど効果てきめんだった。
メルグ公爵の肉体は薬効成分により血が凝固し、灰化して再生能力を喪失。白く変色した腕が崩れ落ち、甲板の上で砕けた。全身もビキビキとひび割れあっというまに崩れてゆく。
ドシャァ……と身体が崩れ去ると甲板に静寂が訪れた。
船を揺るがす大歓声が沸き起こった。
「うおぉおおおっ! やった!」
「あの化け物を倒したぁあ!」
「アイナ殿と……!」
「魔法師、ディーユ殿がやったのだ!」
ディーユはアイナと勝利のしるしとばかりに、互いの拳をコツンとぶつけあった。
「素敵な船にお招きいただき感謝するよ、アイナ」
「あぁ、ディーユとなら楽しい船旅になりそうだ」
<つづく>




