第二篇:残響塔
藍色の空に切先を入れるように、その塔は一番高く、突き立っていた。
「遠目にも見えるなんて、さぞ立派な建物だろう」
人々は、近くで正体を見ればがっかりする。
それは、そこらここらに月の満ち欠けの形をした大小の穴が空いた、高いだけの建物だからだ。
風が穴を通り抜けるたび、奇怪な音が鳴り響く。
ある者は「悪魔の声のようだ」といい、ある者は「魔犬のうめきでは」という。
しかし、その音が心地よい者も、またいるのだ。
そうとうな変わり者だと、指さされたが……。
穴だらけのその塔を、人々はこう呼ぶ──残響塔。
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「今日の調子はどうだい!?」
ラッセルは残響塔の扉を押して、中に入った。
暗い内側で、老人は手元だけ明るくして作業する。
「忌々しい風だ。右が持ってかれた。ほかにも大穴が空いちまった」
答えた老人を、ラッセルはギームン爺と呼んでいる。彼はラッセルが物心ついたころからすでに塔にいて、変わりのない姿でずっと塔を支えつづけていた。
支え続けなければ、この塔は保たないのだ。
魔力を吸収して強度を増す性質から、人々は建物をお菓子で作る。けれど残響塔はちがった。
この塔は金属製なのだ。屋内の中にしまわれる台所道具や武器にしか使われない素材。
それは、魔力による風化をまぬがれない。
ギームンは日々、石炭で熱した金属を板材に添え、ハンマーで叩いて溶接する。それにより残響塔は形を残している。まるで、人の体の新陳代謝のように。
残響塔の音と、ハンマーの音が重なるのは、ラッセルにはこの上なく心地よく響くらしい。
「……お前はもの好きだ。こんな作業を見てなにが楽しいんだか」
「音がいいんだ。それに金属が形を変えてこの場所になっていくのを見るのも楽しい」
ぷい、とギームンはそっぽを向いたが、ラッセルはその先へ追いかけてきて手を合わせギームンに頼みこむ。
「僕にもさせて! ギームン爺の弟子をやるからさ」
「……バカ言うな。何度言わせる。お前はあの甘い町に戻ってろ」
少年の幼い唇に歯が立てられる。
走って出て行ったのを見守ったギームンは深く息をはいた。
塔の音に誘われ補修しているところを輝いた目で見る少年。ギームンは最初こそかつての自分を重ね、懐かしさに目を細めていた。
ここに居着くことをゆるした。
彼はギームンのように鍛冶仕事をしながらここの補修をするんだと語った。それはギームンの懐のもっと奥に暖かさを吹き入れた。
しばらくの時が過ぎて……ギームンが自分の健康に疑問を持ちはじめたころだった。
町でラッセルを見かけた。
ラッセルはたくさんの友だちと笑い合い、迎えにきた両親と手をつないで帰っていった。
用足しから帰って溶接するギームンの手から、ハンマーがすっぽ抜けた。
ギームンは半生を振り返る。
嫁も子どもも持たなかった。変わり者だと、友もできなかった。ただ、前任の持ち主に憧れて塔を引き継ぎ、人生の時間をこの塔に注いだだけ。
こんな人生を……未来ある子が選んでいいと、思えるか。
それはならない。
心を鬼にしてでも、暖かかったものを冷ましても、追い払うべきだった。
満足を胸に、ギームンはベッドに横になった。修繕しそびれた虚から寒風が入り、また塔をうならせた。
それから。来る日も来る日も、変わりばえのない日々をつづけ……つづけられなくなってきた。ギームンを冒した病は、彼がハンマーを振るう力すら萎えさせた。
「……終わりか」
ギームンが終われば、塔も終焉を迎える。
なんのために、生きたのか。
今日はもう起き上がれない。風はまた一枚、
壁となる外板を奪っていった。
横たわるギームンの頬に風がもろにぶつかる──はずが、ふいに風が消える。
ラッセルだった。すき間に板を固定し、金属を熱する準備を始める。
カーンカーン、とギームンが愛した音が鳴り響く。彼の技を見てとった弟子がそこにいた。
「僕、できるよ。ぜんぶギームン爺は見せてくれた」
罪悪感が病体に降りかかり、なお多幸感が湧き上がる。
無駄ではなかったのだ。
ギームンは独りではなかった。
それに、ラッセルならば、もしかしたら独りでなくここを支えていくかもしれないのだ。
「継いで……くれるか」
ラッセルは壁を継ぐ。
「ここへ……儂の、そばへ」
枕元にきたラッセルへ、ギームンは床の一部を指す。
「その下にここの心臓部と、図面が入っている。いいか……ここを残響塔と呼んだのはよその連中だ。こいつには真の呼び名があるんだ」
いつか、ラッセルか、はたまたその次か。
継がれた先を瞼の裏に浮かべ、ギームンはラッセルに──弟子に残響塔のなるべき姿を伝える。
「いいか、こいつの名はな……」
──飛行機。
イイ感じで収めているこの話ですが
飛行機の外板は溶接でなんか接合しませーーーん!!!
飛行機はリベットなどのファスナーと総称される金具で接合するのです。
行き当たりばったりで書いたから、筆のノリが理屈を凌駕して……いいえ!ゲフン!!
もはや、この世界ではその辺の技術継承は絶えているんです。
残響塔は溶接(鍛接)でしかも材料もジュラルミンではなく鋼あたりによって、形骸として留めているに過ぎないということなのでしょう。




