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ザハラーン家

 ユーニスが近づくと、浮浪者はうつむいた顔をもちあげ、その虚ろな瞳はよろよろとユーニス、そしてレジナルド達を交互に見やった。

「たがいちがいの黄金の輝き」

 ユーニスがそう言った瞬間に、浮浪者の顔つきがしっかりとしたものになり大きく目を見開く。

 先ほどまでの様相が一変し、レジナルドは目を見張った。浮浪者はしっかりとした足取りで立ち上がると、自身が座っていた柱の側面を力いっぱいに押した。なにをしているのかと一瞬思ったが、柱の側面が抜ける様にぽっかりと穴が開いて、中に階段が現れた。

 浮浪者風の男は五人を急いでと中に入る様に促し、中に入ったのを確認すると、音もたてずに扉を閉じた。

 階段を下りた先には、先ほどとは打って変わり、どこかのリゾート地にあるホテルの様に立派なつくりだった。セシリオは物珍しいのかきょろきょろとしている。タイル張りの廊下の向こうは広間になっており、天井が高く上から柔らかな光が差し込んでいる。広間の真ん中には噴水があり、その向こう側にはこの国で信仰している、カイロス神の石膏像が置かれていた。

 先ほどの廃虚とも思われる柱の入り口から、神々しい石膏像を祀る広間まで続く道が現れると、誰が一体考えただろう。

 ユーニスは緊張した面持ちのまま、ずんずんと進んで行く。その様子から、レジナルドが知らないだけで、もともとあった場所なのかもしれないとも思ったが、

「ここはザハラーン家とゆかりのある場所なんですか?」

 セシリオがタイミングよく聞くと、神の石膏像の方に向かうユーニスは歩みを止め、後ろを振り返る。

「僕もここに来るのは初めてで。多分、ここで合っていると思うのですけれど」

「でも君はここに来るまでの道で、迷っている風でもなくて、全てわかった上で向かっているのかと見えたけれど」

 レジナルドが聞こうと思った事を、テリオスが言葉にするので、ただだまってユーニスを見返した。ユーニスは自信がなさげに眉を下げる。

「本当にここに来たのは初めてなんです」

「でもどうしてここが?」

「我が家に言い伝えられていることがありまして。もし自分がどこかわからない場所来てしまった場合。そこに神殿があったのなら、地下に続く岩石の隙間を探して、門番に合言葉を伝えるようにと」

「では、今回のことはザハラーン家では起こることが既に予測されていたのですか?」

 思わずと言った具合にセシリオが言葉をこぼした所で、五人は石膏像のある広間まで来た。広間は様々な空間へつなぐ中継地点のようで、レジナルド達が来た通路以外にも、いくつもの通路が伸びて、またいくつかの扉もあった。そのうちの一つから、足音が聞こえ、レジナルドは咄嗟にセシリオを隠す様に前に出た。

 現れたのは白く長い生地のワンピース型の服に身を包んだ男性。背が高く、外で歩いていた人達が来ていた着物よりも格段に良いものを着ており、顔立ち、その立ち振る舞いは目を惹かれるほど妖艶な印象を残す。女にも男にも一目置かれるタイプの人だとレジナルドは感じる。

 男がユーニスの前まで来ると、まるで以前からの知り合いであったかの様に、親し気に抱擁を交わした。思っても見ない光景だったので、他の四人は二人の様子をただ茫然と見ていることしかできない。

「貴方はどちらから?」

「恐らく未来かと思います」

 ユーニスの言葉に興味深い表情を見せて、頷いた後、レジナルド達に視線を向ける。

「珍しいですね。彼らはカイロス国の方々とは違いますよね」

「はい。ですから僕も最初は、一体なにがあったのかパニックになってしまって」

「大丈夫です。全てはきっとカイロス様のお導きによるものですから」

「ありがとうございます」

「ところで皆さんに説明は?」

「いえ、まだ。そのようなことで僕も確信をはっきりと持てずにいたものですから」

 ユーニスの言葉にこくりと頷いた後に、人好きするような微笑みを見せて、

「皆さん、はじめまして。どうぞこちらへ。――私は、皆さんの敵ではないと約束します。こちらにいらっしゃる間は、カイロス神の名にかけて私が皆さまのお世話やなにもかも一切を引き受けさせていただきますので。私の従者が――あ、失礼いたしました。今、外へ用事をお願いしていたのでした。こちらへ」

 男は広間の真ん中へ誘導する。

 広間は噴水を中心として、模様が繊細に編み込まれた絨毯が一面に敷かれている。背の高い男とユーニスが絨毯の上に座るので、レジナルド達もなるべく近くに寄って、自然と円を囲む様にそれぞれ座る。

 ユーニスの隣にいるその男は、始終穏やかな笑みを崩さないのだが、一瞬だけ表情を曇らせたのを、レジナルドは見逃さない。

 全員が絨毯の上に座ったのを見て、男は口を開く。

「私は、カラム・ザハラーンと言います」

「カラム・ザハラーン?」

 レジナルドは、先ほどまでザハラーン家の宴に呼ばれ、目の前にいる男とは容貌も年齢も一切異なる当主のカラム・ザハラーンと話をしていた。一瞬、自分の記憶が、認識が変になっているのだろうかと思ってしまい、声に出して、視線を一瞬だけ反らしてしまった。

「混乱するのは恐らく当然のことです。カラム・ザハラーンと言う名前は、ザハラーン家の当主が代々引き継ぐ名前なんです」

 ユーニスが申し訳ないと言わんばかりにレジナルドの方を見た。

「では、ユーニスさんもいずれはカラム・ザハラーンになるのですか?」

 すかさずセシリオが聞く。

「そうですね――」

「ザハラーン家は、商家です。美術品を扱うことを表立ってやっていますが、それだけではなく、お客様が望まれたことで、私どもが叶えられることであれば、色々な取り引きをさせていただいております。そのため、付き合いが、その個人だけではなく、家同士のものになって、長い方でしたら、何代にも渡って、お付き合いをさせていただいている場合もあります。個人が生きられるのはせいぜい何十年とかそのくらいですからね、ザハラーン家の当主の、名前が変わる度に、何かが変わってしまっては相手方に不都合が起こることもありますので、名前を統一しております。つまり、”カラム・ザハラーンと約束した”と、仰られれば、それが実際は百年前のことだったとしても、今この時点では、私と約束しているのと同義だと当家では理解しているのです」

 ユーニスの問いかけに、カラムは商人らしく、明るい声で話すのだが、ところどころ歯切れが悪い。やはりこの特異な状況に心なしか、困惑している様子が伺えた。

「それで、さっきお二人が未来とか過去とか話していたのは?」

 テリオスの問いにカラムとユーニスは顔を見合わせる。

「どこから話せばいいのか……そうですね、まずこのカイロスの国では、国の名前にもなっている”カイロス神”を信仰しています。このカイロス神と言うのはもともと何の神であるかはご存知でいらっしゃいますか?」

 カリムの問いに、レジナルドも知らないと首を横に振った。セシリオも、カイロスは全く無知の状態で旅行に来ていたこともあって、知らないようだ。テリオスは、何か言葉が出かかった様だったが、言葉にせずお手上げだと首を横に振った。

「カイロス様は時の神でありまして、……稀にカイロス神の恩恵とでも言うのでしょうか、タイムトラベルに巻き込まれる場合があるのです」

「タイムトラベル?」

 カイは思わず、舌ったらずに叫んだ。

 レジナルドも言葉にはしなかったが、叫びたい気持ちは彼と一緒だった。同時にその言葉を聞いて、今の状況に妙に納得出来た自分がいたのも事実であった。

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