会わせたい人
ハッとして、目を開けるとそこはザハラーン家、ユーニスの自室だった。
窓のステンドグラスは粉々に砕け、テリオスとカイの二人も固まったまま、大きく目を見開いている。
「えっと、」
セシリオの声が沈黙を破り、四人はキョロキョロと視線を泳がせながら、
「戻って来たんだ」
「戻って来たんだな」
と、口々に言い合った。
ユーニスはソファーに座ったままの姿勢で、見上げたまま呆然としていた。
「絵が」
セシリオの声にハッとした。先ほどまでは、ラシッドの、銀髪の青年の肖像画が間違いなくそこにあったのだが、現在はあの砂漠のオアシスの向こう側で見た、神殿の全容が描かれた、風景画が掛けられている。
「ユーニス坊っちゃま。大きな音がしましたが、大丈夫ですか?」
廊下の向こうから使用人たちのガヤガヤとした足音と、焦った声が聞こえ、
「友人が来ただけだから」
と、ユーニスが間の抜けたような声で答えると廊下の向こうの緊迫した雰囲気は幾分和らいたようだった。
「申し訳ない」
テリオスとそれに続いて、カイが深々と頭を下げる。
「いや、むしろ謝罪と礼を言わなければならないのは僕の方だ。僕に対して与えられたカイロス神の祝福であるにも関わらず、みなさんにご迷惑を。それなのにも関わらず、多大なるご協力をいただき心から感謝申し上げます」
ユーニスはソファーから立ち上がると、テリオスとカイに負けないほど深々と頭を下げた。
次に顔を上げた時、ユーニスの表情には迷いは見られなかった。
「皆さんには、今後ザハラーン家が惜しみない支援をすることを約束いたします。セシリオさん。貴国でザハラーンの名前がどこまで効力を持つかはわかりませんが、もともとディアス侯爵家意外との付き合いはありませんでした。貴国でザハラーンと交渉したいのであれば、侯爵家のレジナルドさんかセシリオさんかを通してくださいと言えば、貴方の名前にも箔がつくと思いますし」
「ありがとうございます」
レジナルドはまるで自分のことのようにれいを言った。
「それからテリオスさん。皆さんも何かあれば助けになりましょう」
「実はここに飛び込んだのも、……その助けを求めて来たんだ」
テリオスは、ようやく言い出せなかった本音を吐き出した。レジナルドも薄々は感じていた。祖国を追われ、再度一旗あげるためには、それなりの準備と協力を、他国で仰ぐことが必要だろうと。
「わかりました。そのあたりの件については、後ほど詳しく話を伺います」
「侯爵家としても、何か力になれることがあれば。あのタイムループの中で、君たちの力がなければ、きっとここに戻ってくることはできなかっただろうから」
「父が呼んでいるんですよね? 行きます。今、皆さんに公言した約束を果たすためにも、カラム・ザハラーンを名乗る努力をしなければなりませんし」
ユーニスの言葉には、不思議なほど悲しみは感じられなかったのだが、
「ラシッドさんのことは……」
セシリオが言いかけた言葉には、わかりやすく表情を歪めた。忘れた訳ではなくて、彼の中でカイロス神が関わった結論をどうにかして飲み込み、前に進もうとしているのだと感じられた。
ユーニスは無言のまま部屋を出る。
レジナルドはそれに続いたが、テリオスとカイ、セシリオは部屋の中で立ちすくんだままでいた。
◇
会場に戻ると、当主のカラム・ザハラーンはユーニスの姿を見つけ、感情を露わにし喜んだ。
「流石、侯爵様。本当にありがとうございます」
「いえ、でも私にできるのは本当にこのくらいのことで……」
「そんなことを仰らないで。私ではユーニスを部屋の外まで連れ出すことすら難しかったでしょうから」
カラム・ザハラーンはホクホクとした表情を見せるのだが、レジナルドとしてはなんとも言えない。
ユーニスはまだ十五歳。
もし彼が今後アルファとして目覚める運命があったとしたなら、この世界のどこかにいる運命の番に出会って、ラシッドのことは何もかも忘れるのかもしれない。
でも、そうじゃなかったら。
アルファだとしても運命に出会うことができない場合もあると聞く。
ユーニスは傷を抱えたまま、生きるのだろうか。途方もない空虚さが押し寄せる辛さが想像できた。
招待客たちはそう滅多に顔を見せることのない、ザハラーン家の子息が顔を見せたため、どこか浮き足立っているようにも見える。
誰も彼も、年頃の子息子女を抱える連れ合いたちは、チラリチラリとユーニスへ横目に視線を送り、なんとか話しかけたいような仕草を見せるのだが、そう簡単には行かない。
当主のカラム・ザハラーンとユーニスが揃うと話しかけるのを少し躊躇ってしまうような、凄みのあるオーラがあるのだから、その周囲がまごまごするのは仕方ないだろうと思う。
「ユーニス。お前にぜひ会わせたい人がいるんだ。その人はカイロス国の……」
カラムはユーニスの婚姻相手として引き合わせようとしながら、警戒させないように、あえて周りくどい言い方をしているのが話の脈略からありありと感じられた。
傷心のユーニスにとっては、傷口に塩を塗りたくられるのに等しいことだと、端から聞いているレジナルドは思うが、それでも他人の家のことを意見を求められてもいないのに、とやかく口を出すべきではないだろうと思う。
ユーニスは感情を荒立てる様子は見せず、むしろ澄み渡る水鏡のように落ち着いていた。
「当主がそこまで言われるのなら一度会いましょう」
ユーニスの言葉は、今まででは決して言わなかった言葉だろう。カラム・ザハラーンは驚きながらも、涙ぐみそうなほど笑顔になる。
カラムに方を抱かれ二人は歩き出す。
レジナルドはここで離れるべきかと思ったのだが、カラムが振り返り、来てほしいと言わんばかりの目配せをするので、乗り掛かった船だと言わんばかりに覚悟を決め、二人の後に続く。
人気のない裏庭の方まできた。
そちらにもいくつかの天幕が設置されている。カラムはその一つに入っていく。
レジナルドも天幕入り口をくぐろうとした時、上からセシリオの声が聞こえた気がして、仰みると思った通りに彼の姿があった。窓から身を乗り出して、何かを伝えようとしている。妙にホクホクとした表情で嬉しそうな様子だった。何があったのか聞きたかったが、若干の距離があり何を言っているのかが全くわからない。
中からレジナルドをわざわざ呼び込む声と、入り口の布が開けられたので、レジナルドはセシリオに手を上げ、やむなく天幕の中に入る。
外の明るさとは対照的に天幕の中は光を完全に遮断。蝋燭の火だけが、ゆらゆらと揺らめいていた。
「相手方の立っての希望でね。できれば二人を離れた場所で会わせたいと」
カラムがわざわざレジナルドに耳打ちをする。
「不思議な方ですね。それから、あまり顔を見られたくないのでしょうか」
レジナルドが小声でそう言った後、
「いい匂いがする」
と、ユーニスがつぶやいた言葉に心臓を掴まれるほどの衝撃を受け、ふとレジナルドがセシリオと出会った時のことを思い出してしまった。
ユーニスはまだ十五歳。
バース判定を受けてもいない。
彼がアルファかオメガどちらかに転がる可能性だって十分にあるし、運命に出会えば、十六歳を待たずとして、バース性が開花する可能性があるとも。
天幕の中まで、進んでユーニスは立ち止まる。
それはレジナルドもだった。
「なんで」
ユーニスはフラフラと倒れ込んだ。レジナルドは目の前の人物を見て我が目を疑う。
その様子を見ていた、カラムが珍しくアワアワとしながら、
「すみません」
と、先方の親子に謝っている。
「大丈夫です」
冷静な声に聞き覚えがあった。
白いローブのフード部分を外すと、銀色の髪の毛。
「ユーニスさん?」
「うん」
見覚えのある銀髪の彼から、差し伸べられた手に、ユーニスは両手で応えた。
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