王宮へ
名残惜しい気持ちにふたをしながらもう一度、振り返ってセシリオを見た。瞬きの後、真っ直ぐに前を向く。
焦った様子を見せていた、ザハラーン商会の従業員だったが、小走りだった速度はだんだんとゆっくりになり、こちらを振り返ることが出来る速度までペースダウンし、
「すみません、先走ってしまって」
と、こちらを向いて詫びの言葉を入れる。
「いえ、もう少し急ぎましょうか?」
「あ、いえ。えっと……申し遅れましたが、ドラマンと言います。お二人は?」
「レジナルドだ。彼は」
「テリオス」
「レジナルドさんとテリオスさん。客人の方を当家の面倒事に巻き込んでしまい、申し訳ございません」
ドラマンはだんだんと冷静さを取り戻して来たようで、顔を青くして低姿勢に謝罪の言葉を述べた。
「いえ、こちらから買って出たことですし、お気になさらず。おそらくこの先の部屋に、王家直轄の勅使の方がいるのですよね?」
ドラマンは怯えた様子で頷く。
「歩きながらで結構ですので、状況を聞かせてもらえませんか? 我々もまだ朧げにしかわからないので」
「それはもちろん。ただ、私が知っている限りの情報しか……」
「大丈夫です」
レジナルドとテリオスは二人して頷き、視線はドラマンに集まる。
「まず、今朝のことです。夜も明けない時刻に密使の方が、ザハラーンの当主に会わせろと。その時、ちょうど私が対応したのです。何事かと慌てて、現当主である、カラム様を呼びに行きまして、同席させていただいたのですが、昨日から第七王子のルトフ殿下の行方がわからな苦なり、手分けをして探していたのだが、見つからず、夜半に殿下を誘拐したので、身代金を払えと、文書が届いたそうで」
「夜半に?」
テリオスが不思議そうに聞き返す。
「はい。確かに密使の方はそう話されていました」
聞き返され、体を縮こませながらドラマンは一生懸命に話す。レジナルドが見る限り、彼が嘘をついているようには思われなかった。
「それで?」
「王家は他の対応で手一杯であるため、今回の一件はザハラーン家で対応して欲しいとか、そんな話しをされまして……」
テリオスとレジナルドは互いに目を見合わせる。
「聞けば聞くほど、なんだかおかしな話しですね」
「おかしいでしょうか?」
ちょうど前を向いたドラマンが再度振り返った。
「そもそも、身代金を要求する文書はどうやって届けられたのだろうか?」
「えっと……確か、王宮の塀の向こうから投げ入れられたと」
「投げた? 夜半ということは、真夜中の時間帯ですよね? それをすぐに、警備兵が見つけたと言うのか?」
テリオスは頓狂な声を上げる。
「えっと、はい。そのようです」
ドラマンはどこか自分が責められているような気になってしまったのか、たじたじになった。
「いや、君を責めているわけではないんだ」
レジナルドは言葉を添えた。
「私は使者の方からそのように話を伺いました。まさかそれが本当ですかと、聞き返すなんて、一介の従業員である私にはかなり難しい状況でしたので」
しどろもどろに答えた。
「悪い。言い方が悪かったのなら謝る」
テリオスが素直に謝罪の言葉を述べたのに対して、
「いえいえ」
ドラマンは慌てて、謝罪を制するように手を動かす。
「俺が気になったのは、犯人が身代金を要求したその経緯だ。暗闇の中で、文書を塀の向こうから投げ入れたなんてちょっとおかしいと思わないか?」
「と、言いますと?」
ドラマンは見事に首を真横に傾けた。
「本当に身代金が欲しいと思っているのなら、文書が相手に届く確実なやり方を考えるべきかと。しかも人質は第七王子」
「君が言いたいのは、安直な方法ではあるが、子供や浮浪者等の第三者を利用して、王宮に届ける方法をどうしてしなかったのかと言う話?」
レジナルドの言葉に、テリオスは頷く。
「投げ入れ文が本当に最善の策なのか」
テリオスの呟いた言葉は、レジナルドの脳内にも反芻された。
「もしくは、それ自体が目的だったのでは?」
テリオスはレジナルドの言葉に、眉根を一瞬寄せたが、わかったとでも言いたげに、頷く。
「つまり、――あ、なるほど。投げ入れ文を気づくことができず、逆にそのまま捨ておくことを目的としていた?」
「王家がザハラーン家にわざわざ丸投げするくらいなのだから。第七王子は元々そんな存在なのでは?」
レジナルドは口にしたが、それだけではまだ噛み砕けない疑問も残っていた。
目の前には一際豪奢な布がかけられた部屋への入り口が迫っている。奇妙にもドラマンはレジナルドの言葉にはただ顔を背けただけだった。その訳は、レジナルドの意見に言葉を挟みたくなかったのか、それともここに到着してしまったからなのか。彼の本心がどちらなのかは、これだけの行動では判断がつきかねた。
「こちらです」
ドラマンはぐっと背筋を伸ばして、そう告げた後、ゆっくりと扉がわりかけられた布を両手で持ち上げる。
部屋の四方は名もわからぬ金で出来た装飾品で飾られ、部屋の壁際には護衛の兵が直立不動にしていた。
部屋の真ん中を右往左往するのは、痩せ型の背が高い、刺々しい見た目の一人の男だ。
骨ばった顔から、目だけがギョロリとこちらを見る。
「非常にゆっくりと飲み物をいただいたね。あまりにも時間があったので、飲み干してしまったよ。ところで、そちらの腹は決まったか? 金は?」
金で出来たグラスが床に転がっているのが見えた。
目の前の男はイライラとした気持ちを隠すことなく、大きな声を上げる。
「お待たせをいたしまして、申し訳ございません。こちらも大金ですから、色々と用意をするのに、手間取り、お時間をいただいておりまして……」
「何をそんなに謙遜しているのだ? 天下のザハラーン家が金策に困るなんて、明日は嵐でも来るのか? ありえないだろう」
「それでも、大金を運ぶため人選などもありますし。やはり万が一があってはよくありませんので、当主と相談し信頼できるものをと……」
「御託はもう結構だ。それで、必要な手配は全て揃ったのだろうね?」
「もちろんでございます」
有無を言わせない、相手の物言いに、なんとか踏みとどまるドラマンも、強く押されれば今にも倒れそうであった。
ああ言えば、こう言う。
いかにも性格の悪そうな性根のひん曲がった口がほくそ笑む、王家からの勅使である男の姿を見て、レジナルドも自国でこの類の貴族連中を相手取ってきたことを思い出し、ため息をつきたくなった。
――侯爵家の伴侶が平民であるとは。
――オメガとアルファの運命は否定しません。でも世間体があるでしょう?
――ぜひ、伴侶の方と挨拶をしたいのですが。
セシリオとの関係が公になれば、一定数、そのようなやっかみを言ってくる者たちがいるのはもちろんわかっていた。しかし、自分だけならいいのだが、その言葉と醜悪な視線がセシリオに向けられるのはどうかと思ってしまった。
それでも侯爵という立場上、彼の一切を隠すのも難しい。
セシリオ自身は、侯爵家の一員として、まっすぐに努力をしようとしていた。それでも限界はある。そんなセシリオを慮って、今回の旅行だった。
だから、旅行先で避けていたタイプの奴らに遭遇するなんて、辟易すると思いながらも、こちらにセシリオを連れてこなくてよかったともやはり思った。
「ではさっさと行くぞ。こんなところにいても何も始まらない。時間ばかりが過ぎていく」
口の曲がった男は大股に護衛を連れ立って、部屋を出ていく。
「あの男は?」
レジナルドはドラマンに囁いた。
「王の側近の一人で、グラバーという男です。汚れ仕事にかけて右に出るものはいないような輩です」
レジナルドと同じように耳をそば立てていたテリオスは頷き、
「あの様子じゃあ、誰一人として、第七王子のことを心配している者はいなさそうだ」
と、憐れんだ。




