冒険者登録(4)
冒険者になるにあたって、必要なものはそれほど多くはない。
最初の登録で必要なことは、自分の名前が書けること、ライセンスカード発行に必要なわずかな硬貨。
それだけである。
代筆は許可されないものの、書けなければその場で書き方を教えてもらえる。
わずかな硬貨も、その後の依頼報酬からの天引きが可能なので、その場で支払う必要はない。
そう考えると、身一つでも大丈夫だ。
「ぶっちゃけ、犯罪者でもなろうと思えばなれる」
ルディランズはそう笑う。
実際、犯罪者が冒険者として協会に登録する、というのは、よくある話だ。
もっとも、
「協会に登録したところで、犯罪歴が消えるわけじゃない。協会は、それで犯罪者をかばうことはないし、ことによっては捕縛して突き出すこともある」
くわえて言えば、登録できる、としても、例えば指名手配犯などが受付にくれば、普通に通報される。
また、犯罪をした、という証拠があれば、その冒険者を捕縛し、司法機関に引き渡す、ということもする。
協会は、あくまでも、『真面目』に冒険者をしている者を対象とした、互助組織である。
国家の政治に関わるだけの力を持たないようにしているのだ。
「そう言えば、ブレアは、どの辺の出身だ?」
「北の方です。カルガリオン地方の・・・・・・」
「帝国の北端だな。よくもまあこんなとこまで流れて来たもんだ」
ルディランズ達がいるのは、『帝国』と呼ばれる国だ。
帝国、とだけ称されるのは、この近辺にこの国以外に帝国はないからだ。
現在も拡大を続ける、この辺りでは最強で最大の国家である。
「地元には居づらくて、少しでも離れようと思ったんです」
「ああ、それはなんとなく想像がつくな」
ルディランズは、ブレアを見る。
まだ薄い粗末な服を着ているだけ。
そこに首輪があるおかげで、なんというか悲壮感がひどい。
だが、本当にひどいは、そこではないだろう。
「ふん」
一度目を閉じ、開く。
ルディランズの視界の中、ブレアを取り巻く魔力の流れが見える。
ブレア自身の魔力とは違うそれは、ブレアの足から出て、全身を巡り、心臓へと戻っていく流れを持っていた。
呪い。あるいは・・・・・・
「まあ、その辺はこの後か」
「?」
ルディランズのつぶやきを聞きつけたか、耳をぴくり、と動かしたものの、ブレアは問うようなことはなかった。
「服だな。外に出る時用と、普段使いの分と、あとそのほか」
「そのほか?」
「まあ、そのほかの方は、今はいいか。ほれ、行くぞ」
「あ、はい」
*****
職人街、と呼ばれる場所がある。
都市の一角にある、職人が集まる地区だ。
鎚の音と、景気のいい呼びこみの声、それに、親方が弟子を怒鳴り付ける怒鳴り声など、にぎやかな場所である。
冒険者、となれば、このあたりで装備を整えられるようになれば、一人前だろう。
駆け出しだったら、協会の建物近くの市場通りで、安価な量産品を買うのが普通だ。
職人街で売っているものは、職人の手作りであるため、どうしても高価になるからだ。
その分、性能はいいのだが。
「まあ、ギルドなりクランなりに運よく所属できれば、最初にある程度の装備整えてくれるところもあるけどな」
少数ではある。
何せ、持ち逃げされても止める手段がない。
買い与えた場合、それを持ち逃げされたとしても、それが犯罪扱いになるかどうかは、微妙なラインだ。
持ち逃げされないにしても、新人というのは、よく死ぬのである。
「お前は、きっちり働けよ?」
「はい」
ルディランズは、着替えを終えて出てきたブレアに言う。
自分のポケットマネーから、服やらなんやらの代金は出している。
決して安い買い物ではなかった。
着替えて見た目を整えたブレアを見る分には、金を出して損はなし、というところではあるが。
ブレアは、獣人として、獣の特徴を持っていた。
耳や尻尾もそうだし、体中に生えた獣毛もそうだ。
手足の先は、毛に覆われていたし、脇腹や背中なども毛に覆われていた。
だが、今それらの毛は引っ込み、素肌をあらわにした少女がそこにいる。
「化生術で、毛出してたのか」
「靴もなかったので」
といっても、ブレアが今履いているのは、底があるだけのサンダルだ。
すらりとした手足をむき出しにしているから、涼し気でもあるし、無防備にも見える。
「ジャケットとかスカートとか、いらんか?」
「まとわりつく感覚は苦手です」
「そうかい」
本人がいいならいいかね、とルディランズは思うが、露出は高いよなあ、とも思う。
この上から、鎧とかをつけるにしても、ブレアは軽量なタイプだから、それほど露出度は変わるまい。
「まあ、ジェシカも似たようなもんだし、かまわんか」
結局、そう納得するにとどまった。
・帝国
最強で最大の国家。
この世界では、異界の攻略を行うと、その異界のあった土地を自分のものにしてもいい、という決まりがある。
ただ、学のない冒険者に領地経営などできるはずもなく、最終的に彼らは自分から帝国に領地を献上し、領主として任命された上で、優秀な文官を派遣してもらうようにすることが多い。
帝国の支配も極めて良心的であるため、独立するよりも従属した方がいい、と、どんどん国土が増えていった結果、帝国は最大最強の国家となった。
建国から千年以上もそれは変わっていないが、特に問題は起こっていない。