121 宣戦布告と疑問
火の精霊の襲撃によって義体を破壊されて敗北したわたしは、一緒にライオット領に向かったアーガスの皆よりも一足先にニューロックに戻ってきた。
正確に表現するならば『戻された』になるのかもしれないけれども。
せっかく早めに戻って来れたので、アフロに代わってもらっていたそろばんのオンライン授業を引き取ろうと思ったのだが、あいにくそうはいかなかった。
「そんなわけでカークさん、今は言葉が通じない訳でして・・・アフロちゃんお願い」
「はいはい、えーと・・・」
アフロがカークに今わたしが言ったことを伝える。
火の精霊との戦いで敗北を悟ったわたしは、装飾品の類をディーネに渡し、ディーネに離脱してもらった。
ディーネに渡した物の中には『言語理解の魔道具』も含まれていて、それが戻って来ないことにはこの世界の言葉が理解できず、もちろん会話もできない。
そのため、カークに現状を説明したくてもどうにもできなかった。
しかし、わたしが不在の間にわたしからコピーした記憶を楽しんでいたアフロはなんと日本語を理解していた。
わずか二週間程度の間なのにたいしたものである。
そんなわけでアフロには通訳として間に入ってもらい、カークへの事情説明を行うことができた。
ひとまず、カークには明日ライオット領に連絡を取ってもらうこと、わたしは『言語理解の魔道具』が戻ってくるまでは館からは出ずに通訳のアフロと行動を共にすること、そろばんのオンライン授業は当面アフロに代わってもらうこと等が決まった。
・・・アドル、ディーネちゃん、サラちゃん、アーガスのみんな。早く戻ってきてー!
◇
翌日、カークがわたしの部屋を訪れ、ライオット領と連絡がついたことを教えてくれた。
もちろん、アフロの通訳経由だけど。
エリザ達は無事にライオット領の元太守であるジェイスと無事に再会して、船を手配してもらったそうだ。
ニューロックに戻るまでには順調な航海で七日前後かかる見込みとの事なので、それまで大人しく待つことにしたのだが、残念ながら呑気に過ごしてはいられない事態が発生した。
その日の夕方、王都のバルゴ王から全領地に向けて布告が発せられた。
内容を要約すると『ニューロックに現れた異世界の勇者は死んだ。もうニューロックを守るものは何もない。一ヶ月後に王都から大軍を送り込んでニューロックを攻め落とすので、ニューロックは全面降伏するか、戦って滅亡するかを選べ』という連絡、兼通告だった。
・・・やっぱりわたしが死んだものだと思ってるね。
そりゃそうだろうけど。
さて、こっちはどう動くべきか。
カークとしては、全面攻勢はできるだけ避けたいそうだ。
この際、戦うこと自体は構わなくとも、民に被害が出るのは避けたいのだろう。
ひとまずエリザやアドルの意見も聞いてから判断したいとの事で、こちらから声明を出すのは皆が戻ってからになるだろう。
わたしとしては『残念、それはわたしの残像よ』とでも返してやりたいところではあるが、大きな心配もある。
・・・もしも今、火の精霊に襲われたら。
ライオット領の近海で襲撃してきた火の精霊。
もしも火の精霊が何処にでも現れることができるのであれば、わたしの生存を公表するのは得策ではない。
かと言って、わたしがいないのであればそれこそ遠慮なくニューロックを蹂躙するだろう。
バルゴ王は一ヶ月後にニューロックを攻めると予告した。
それは普通に考えれば、戦争の準備と、遠征にかかる期間だと思う。
いきなり火の精霊を送り込んでの一方的な蹂躙は考えていない気はする。
あるいは火の精霊を送り込むための準備に一ヶ月を要するとか?
「・・・考えたって分からないわよね」
結局、アドル達が戻ってくるまで大人しく待つしかできないわたしは、ミライのそろばんの上達具合を見たり、アフロがわたしに擬態して意気揚々とそろばんのオンライン授業に行くのを歯がゆく見守ったりして、時間は過ぎていった。
◇
六日後。
「ただいま、ユリ!」
「ユリちゃん!本当にユリちゃんだよね?良かったー!」
・・・と言っていたと後で教えてもらったが、エスカはわたしをみるやいなやダッシュで駆け寄り、そして強く抱きしめられた。
涙を流して再会を喜ぶエスカの顔を見て、わたしも涙腺が崩壊した。
互いに生きていると伝えられていても、やはり実際に会うまでは実感が湧かないものだ。
エスカの肩越しに見えるアドルは安心したような、でもちょっと困ったような笑顔で立っている。
もしかしたらアドルもわたしに駆け寄りたかった?
手持ち無沙汰になっているアドルにも笑顔を返すと、ディーネが後ろからツンツンしてきた。
「ディーネちゃん、おかえりなさい。みんなの護衛、ありがとうね!」
ディーネは何も言わず、そっと羽根を伸ばしてきた。
羽の先には言語理解の魔道具がぶら下がっていた。
・・・おおう、そうだった。
これが無ければ言葉が通じなかったんだ。
言語理解の魔道具を首に下げ、魔力を注ぐ。
毎朝のルーチンだったので、言語理解の魔道具が無かったここ数日でも目が覚めるといつも胸のあたりを探してしまう癖がついているほどだ。
そして、そういえば無かったっけ、と思い出す。
「無いのは魔道具であって胸の話ではないけどね!」
「ユリちゃん、いきなりどうしたの?」
「え?いやいや、なんでもないのよ。おほほ・・・」
うっかり独り言が溢れてしまった。
「ディーネちゃん、大切に持っていてくれてありがとう。これが無いと結構不便だという事を実感したわ」
「なんの。妾はユリの相棒じゃからの。当たり前なのじゃ」
ディーネも羽根を広げ、わたしをバサッと抱擁した。
「・・・それにじゃ。無事だと分かっていてもやはり心配だったのじゃ。また会えて嬉しいのじゃ」
「ディーネちゃん・・・」
数日とはいえ、これほど長い時間ディーネと離れたことはなかった。
ディーネの抱擁と嬉しい言葉に、わたしの涙腺が再び崩壊するのをアドルがまた困った顔で見ていた。
その日の夕食は先に戻ったアドル達と情報交換をするため、会議室で食事をすることになった。
食事を会議室に運んでもらい、わたしとアドルとエスカ、ディーネとサラとアフロ、そしてカークとスポークと他の文官達が揃うと、食事をしながらの情報交換会が始まった。
「すると、アドル殿達は王都からの通告を聞いていなかったのだな」
「はい。その時は既に船の上でしたので。なるほど宣戦布告ですか・・・」
アドルが渋い顔をしている。
わたしと同じ考えに陥っているのだろうか。
「ねえ、アドル。火の精霊のことだけど、わたしがその・・・消滅した時の事、教えてくれる?」
「ああ。分かった」
火の精霊が『星の翼』号に攻撃を仕掛け、沈み始めた船の中でクルーはなんとか脱出できた。
予めわたしが脱出を前提に行動するように仕向けてくれたおかげだとアドルは言った。
「でも、でも、あたしの船があ・・・」
「エスカだけの船じゃないだろ?」
「でも、あたしやユリちゃんの技術の結晶よ?あの船を沈められて大人しくしていられないわよ。火の精霊、絶対泣かしてやるんだから!」
「・・・泣かすだけでいいのか?」
船が沈む前に小型艇やラプターで脱出したクルーも、沈んでいく『星の翼』号を見て泣いたり悔しがったりしていたそうだ。
アーガスの皆にとって『星の翼』号は誇りであり、象徴であり、家だった。
・・・それはわたしにとっても同じだ。
わたしも絶対火の精霊に一発くれてやる。
「ユリちゃんも分かってくれるんだね。この悔しさを」
「当たり前よ。でもわたしはエスカやみんなが無事だったことが何より嬉しいの。船はまた作ればいいじゃない。今度はもっとすごい船を作ってよ」
「もっとすごい船・・・そうだね、うん。また作る!」
エスカが笑顔を作ったところで、カークが軽く手を挙げる。
「エスカ嬢。『星の翼』号の損失についてはニューロックで補填させてもらおう。政務で行ってもらった事だしそれが筋だと思う。ぜひ私に協力させて欲しい」
「はい。カーク様。カーク様の仰ることに協力いたします」
「いや、私のほうが協力するのだが・・・まあ良い。後で造船所に話をつけておく」
・・・相変わらずエスカは恋に盲目だわね。
「で、話を戻すが、ユリが火の精霊にやられた後、今度は当然こっちが攻撃されるものだと思って火の精霊から遠ざかるように全力で逃げた。しかし突然、火の精霊は消えてしまったんだ」
「うん、わたしもサラちゃんからの通信魔術で火の精霊がいなくなったって聞いたのだけれども、いきなり消えたの?」
「うん。フッと消えた」
姿が見えなくなったとかではなく、その場から完全に消えたらしい。
ディーネとサラにも火の精霊の気配がなくなった事を確認してもらい、しばらくその場で安全確認をした後、ライオット領に戻ることにしたそうだ。
なお、アーガスの皆には、わたしは火の精霊の目を誤魔化して無事に逃げたと言ってあるらしい。
「それからジェイスさんに会って、船の手配をしてもらって帰ってきたというわけだ。道中にまた火の精霊に襲われないかと心配だったけれども、結局火の精霊は現れなかった」
「うん、無事で良かった」
再び火の精霊に襲われていたら間違いなくアーガスの皆は海の藻屑になっていたことだろう。
火の精霊の狙いはわたしだったみたいだし、アドル達を襲う可能性は低かったのかもしれないが。
アドルの話を聞いていたカークが眉のしわを深くした。
「それほどまでに火の精霊は強かったのかね?」
「ええ。わたしとディーネちゃんとサラちゃんの三人がかりでも全く歯が立ちませんでした。もしも今ここに火の精霊が出たら最初から白旗を上げたいですね」
「ふむ、勇ましいのは結構なことだが勝てぬと分かっていて無謀に挑むのは良くないな。全く歯がたたないのであれば降伏をする振りでもして機を伺ったほうが良いのではないか?」
「ですからそう言ってますけど」
「えっ?」
「えっ?」
・・・わたし、なにか変なことを言った?
「えーと、もしかして『白旗を上げる』の意味が違いますかね?」
「ふむ。『白旗を上げる』のは『徹底的に殲滅する、容赦も命乞いも認めない』と言う行為だ。これから王都がニューロックに対してやろうとしていることだ」
・・・この世界の白旗の意味、主人公がアフロ頭な伝説の巨神的なアニメと一緒だったよ。
「でもさ、ユリちゃん、変だと思わない?」
「エスカさん?」
「だって、あの火の精霊の強さは異常だった訳でしょ。おまけにいきなり現れてさ。だったらいつでもユリちゃんを狙う機会があったと思わない?」
「うん、それはわたしも考えてた」
さすがエスカさん、わたしと同じ疑問にたどり着いてる。
「ねえ、ディーネちゃん。わたし、アフロちゃんにも聞いたんだけど、精霊とはいえ、いきなり好きな場所に瞬間移動して姿を現すことはできないのでしょう?」
「うむ。それは無理じゃ。できる限り速く移動したとしても、王都からライオット領にいきなり現れたり、消えたりすることはできぬよ」
「それを可能にする魔道具があるとしたら?」
「・・・ふむ。できなくはないかもしれんの。ただし相当な魔力が必要じゃな。もしも今回、火の精霊がそんな魔道具を使ったとしたならば、一時的に転移する魔道具で具現化して、魔道具の消滅と同時に元の場所に戻った・・・そんなところではないかの」
あくまで推測だと付け加えてディーネの説明は終わった。
これはアフロも同じ見解だった。
「だとすると、気軽に瞬間移動して何処にでも現れる可能性はとりあえず低いと思っておきましょう。あとは火の精霊の強さの秘密が何か、かな・・・」
わたしの、ほとんど独り言みたいな言葉に反応したのは、アフロだった。
「ねえ、ディーネ。今のユリの言葉の通り、火の精霊は圧倒的に強かったのよね」
「うむ、アフロちゃん。その通りじゃ」
「ディーネは前にも一度火の精霊と戦って、負けてるわよね」
「それもその通りじゃ」
「・・・ディーネ、思ったのだけれども、もしかして火の精霊はワタシ達の生みの親である可能性は無いかしら?」
「むっ!?」
アフロの言葉に、ディーネはまるで本当のハシビロコウのように完全に動きを止めた。
何かを考えているのか、ショックを受けているのか、表情からは全くわからなかった。
それにしても、親とはどういう事だろうか。
アフロは腕を組み、険しい顔をしていた。
8/4に次話投稿予定です。
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