115 太守の捜索
「んじゃ、話もまとまったし、さっそく行きましょうかね」
「まとまったのかなあ・・・」
「『案ずるより産むが易し』よ。違っていたらゴメンナサイしましょう」
「アンズル・・・なんだって?」
「わたしの星のことわざよ。『行けばわかるさ』なんてのもあるわ」
・・・後半はことわざじゃないけど。
ライオット領の太守の姪であるロティナの意を受けて、わたし達は夜中に太守の城に侵入することにした。
ー 太守を助けて欲しい
ロティナは必死の暗号(縦読み)でそう懇願したのだ・・・たぶん。
たまたま偶然、縦読みが成立しただけかもしれないけれど、いずれにしろ太守に会えなければ何も話は進まないし、やっぱりあの太守次官にはキナ臭いところがある。
目で見て確認しないと気がすまない。
そこで、城へ侵入するための計画を立てたわけだが、当然ながら城内の地図なんてわからないし、太守がどの部屋にいるのかもわからない。
なので、とりあえず『姿を消して空から侵入して、太守もしくはロティナを見つける』という大雑把な、とても計画とはいえない行動方針で実践することにした。
「わたしは自力で飛べるので、アドルはディーネちゃんにつかまって城まで飛んでね。侵入できそうな窓かバルコニーを見つけたら、わたしとアドルで潜入。いつでも姿隠しの魔道具が使えるように準備してね。ディーネちゃんには外で見つからないように待機しててね」
「分かった」
「承知したのじゃ。何かあればすぐに呼ぶのじゃ」
姿隠しの魔道具は、アドル謹製の魔道具だ。
この魔道具を使うのは王都脱出の時以来だ。
「エリザさんとサラちゃんは少し上空で待機。何かあればディーネちゃん経由で連絡ができるように、ディーネちゃんがギリギリ見えるところにいて」
「了解よ」
借りている宿の部屋を出て、宿の玄関へ向かう。
すると、宿の廊下でロゼッタさんに遭遇した。
「おや。こんな夜遅くにお出かけかい?」
「はい、なるべく早く戻ろうと思いますけれども、朝まで戻らないかもしれません。ロゼッタさんもまだ起きていたのですね」
「そーなのよ、お腹の子が元気でね。なかなか寝付けなくて」
ものすごく蹴りまくるんだよ、と大きなお腹をポンポン叩いてロゼッタは笑顔で応えた。
臨月だし、もう生まれるまで秒読みなのだろう。
「産婆さんは近くに住んでるから、いざという時にはすぐに来てくれるから大丈夫。あんたらこそ、気をつけて出かけなさいね」
「はい、ありがとうございます。では、いってきます!」
・・・まさかわたし達がこれから太守の城に侵入するだなんて思ってもみないだろうな。
宿を出て人目につかない場所まで移動すると、ディーネにはアドルが、サラにはエリザがそれぞれ背に乗った。
ハシビロコウよりもサラのほうが乗りやすそうだ。
そもそもハシビロコウは人が乗れる鳥ではないし。
ディーネだから出来る芸当である。
「行こう」
そっと号令をかけ、わたし達は空に舞い上がった。
なるべく高く、地上から鳥と間違われる程度まで一気に高度を上げてから、城を目指して飛んだ。
「うわ、うわわ!」
「アドル、もう少し静かに・・・」
「いや、だって、おわっ」
ラプターで空を飛ぶ事には慣れていても、動物の背に乗って飛ぶのはやはり怖いらしい。
自分で制御できないし、乗り心地も違うから仕方ない。
エリザさんは騒ぐこと無く、しっかりとサラちゃんに抱きついて・・・あれ、気絶してる?
目をつぶって無心で無表情だけど・・・
そういえばエリザは空を飛ぶ事が初めてかもしれない。
まあ、気絶しててもサラちゃんが魔力で固定してくれているだろう、たぶん。
上空から王城を見下ろす。
城門付近にはいくつかの光が動いており、おそらく明かりを持った警備兵あたりが働いているのだろうと思われる。
地上や城門周辺にはそういった人の動きが見えるが、城の上のほうに人影はない。
屋上にバルコニーがあることを確認し、そこに静かに降り立った。
エリザはやはり気絶しているようなので、上空待機の予定を変更してディーネと一緒にバルコニーで待機してもらうことにした。
「それじゃディーネちゃん、サラちゃん、ちょっと行ってくるね」
「気をつけていくのじゃ」
私とアドルは姿隠しの魔道具で姿を消すと、鍵のかかっていなかったバルコニーの入り口を静かに開けて城内に侵入した。
◇
城内の廊下は明かりの魔道具で照らされており、歩くのに不自由はなかった。
絨毯ばりの廊下のおかげで、足音を立てずに歩くことにも苦労はない。
・・・まあ、いざとなればわたしはぷかぷか浮いていけるけど。
(アドル、ここからどうする?手当たり次第扉を開けてみる?)
(んー、たぶんだけど、太守やロティナさんやいる部屋ならば、警備が見張ってるんじゃないかな)
(なるほど、たしかに)
程なく、二人の兵士が見張っている扉のある部屋が見つかった。
兵士を倒してしまうのも良いが、ハズレの扉だと後が面倒くさいことになるかもしれない。
ひとまず部屋の位置関係を頭に叩き込み、外から回り込むことにした。
わたしは近くの小窓から外に出て、城の外壁に沿って飛び、件の部屋の窓をそっと覗き込んだ。
部屋は小さい明かりが灯っていて、椅子に座って何か書き物をしている少女がいた。
(・・・あれは、ロティナさんだ!ビンゴ!)
わたしは一度アドルの所に戻ってロティナが部屋にいることを告げ、ちゃちゃっと打ち合わせをしてからふたたび外に出でロティナの部屋に向かった。
(わたしに気がついてくれますように。ついでに騒がないでくれますように・・・)
窓をコンコンと叩いてみる。
ロティナは気が付かない。
もう一度、コンコンと叩くと、ロティナは窓の方を向いた。
怪訝そうな顔をしてこちらを見ている。
・・・あ、そっか、姿隠ししたままじゃん。
姿隠しを解除して手を振ると、ロティナは口元を押さえて飛び上がるような仕草をした。
・・・やばっ、驚いて悲鳴をあげたかな?
やがてロティナは胸をなでおろす仕草をすると、部屋の扉の方きにしつつ、窓に近づいてきた。
そしてそっと窓を開けると、わたしを招き入れた。
「ニューロックからの使者様、ですよね。こんな所から来ていただけるとは思いませんでした」
「いえいえこちらこそ、こんな所からすみません」
どなたですか?と聞かれたら『泥棒です』と答えるつもりだったけど、ニッチな冗談でいらぬ誤解を招く事態にならなくて良かったと思っておこう。
わたしとロティナは小声で話を続けた。
「しかし、どうやって外から・・・」
「今は時間が惜しいのでまた今度説明しますね。それでロティナさん、間違っていたらごめんなさい。わたし、今日のロティナさんの挨拶に『太守を助けて欲しい』という意味が込められていると思って・・・」
「そうです!すごいです!分かってくれて嬉しいです!あっ・・・」
興奮して大声になってしまったロティナは、慌てて口元を押さえて扉の方に目を向けた。
幸い、扉の外に動きはなさそうだった。
「・・・本当に嬉しいです。叔父様・・・太守を助けてくださるのですか?」
「もちろんです。事情を聞かせてもらってもいいですか?」
事情は、まあ想像の範疇だった。
ニューロックと手を結びたい太守と、王都寄りの次官の間で対立があったという。
そしてある日『太守は流行り病にかかったので城の一角に隔離した』と次官が公表した。
「おそらく叔父様は食事中に薬を盛られて体の自由を奪われるなどして、捕らえられたのだと思います。犯人は次官で間違いないと思っています」
「なるほどね・・・」
「次官は叔父様のいる部屋の一角を警備で固めて一切面会をさせてくれません。ニューロックの使者様が来た時には『太守の身の安全を案じるならば顔を出すな』と言われたのですが、いても立ってもいられず・・・」
ロティナはうっすらと涙を浮かべ、悲しそうな表情を浮かべている。
・・・太守が本当に心配なんだね。
よし、さっさと助けよう。
「太守はどこに監禁されているのですか?」
「城の地下です。場所はわかりますが、兵士がたくさん詰めていますし、次官の息がかかった者たちばかりで、説得は難しいと思います」
「簡単でいいので、この部屋からの行き方を教えてくださいますか?」
「はい、それは構いませんが・・・」
わたしが無茶をする気なのでは、とでも思っているのだろう。
騒ぎを起こせば太守の身も危なくなるかもしれないし。
「ここだけの話ですが・・・わたしが自分で言うのも恥ずかしいのですが、わたし、いわゆる『異世界の勇者』なんです」
「・・・!」
ロティナは再び両手で口元を押さえ、驚愕で目を見開いた。
・・・お嬢様は驚く時に口元を押さえるものなんだね。
わたしも仕草を練習しようかな。
「・・・驚いてしまっては失礼ですよね。それに外から侵入してきたり、姿を消したりできる事を考えれば、勇者様であってもおかしくないですね」
・・・勇者ではないアドルも昔同じようなことをやった実績がありますけどね。
姿隠しはともかく、城壁登りは単純に身体能力で実行したというから驚きだ。
ロティナに太守がいる場所までの道順を聞いた。
城はそれなりに大きいが、道順は難しくなかった。
「勇者様を信じます。叔父様を助けてください、お願いします」
「お任せください」
わたしはロティナを安心させるために笑顔で応え、再び窓から外に出てアドルと合流して太守が監禁されている場所までの道筋を共有した。
◇
「太守がいるのは、その通路のどん詰まりの扉の向こうね」
「八人か・・・」
太守が監禁されている場所に向かう途中は、衛兵や騎士といった人にほとんど遭遇しなかった。
夜も遅いのでせいぜい見回りの兵士ぐらいしかいないのかもしれないが、ちょっと手薄かと思うぐらいに人がいない。
しかし残念ながら、太守の監禁場所はしっかりと騎士らしき者達がガードしていた。
「どうする?八人なら倒せると思うが、物音が響いたり応援を呼ばれるかもしれないな」
「んー・・・」
通路はどん詰まり。だったら試してみるか。
「アドル、わたし、今、練習中の魔術があるんだけど、試していい?うまく行けば昏倒するか、声を出せないぐらいには弱らせられると思うのだけど」
「ああ、構わない。失敗したら強行突破するだけだ」
「うん、わかった。じゃ、行きます」
通路の中央に立つ。
正面は八人の騎士がいる袋小路。
姿隠しは維持しているので、相手から私の姿は見えない。
呼吸を整え、袋小路に意識を集中する。
・・・酸素濃度を減らして、昏睡させる!
これは風魔法の応用だ。
正直、風魔法と言っていいのかどうか分からないけど。
これはサラと一緒に編み出した魔術だ。
空気中にある気体のうち、八割は窒素、残りは酸素や二酸化炭素、その他の物質だ。
とりあえず空気中にある物質のイメージが魔力で区別できれば、一番多い気体以外を排除したり、酸素だけを集めたりする事ができるのでは、と考えて練習したのだ。
サラに空気中の元素や分子というものを説明するのにちょっと苦労したけど、似たような概念はあるそうなので理解は早かった。
そして、とりあえず空気中に一番多い窒素だけを操ることはかろうじて出来るようになった。
この技を応用して、窒素だけの空間を作り上げて急激な低酸素症を起こし、失神させる算段だ。
・・・さん、はいっ!
袋小路に不自然な気流が発生する。
窒素だけを通すフィルターで袋小路を塞ぐイメージで、袋小路の空気を窒素だけにする。
不意に咳の衝動に駆られたり、胸を抑える騎士が出始め、みるみる顔が青くなる。
やがて立っていられず座り込んだり、そのまま倒れ込む騎士が出てきて、全員がぐったりしたところで術を解いた。
「アドル、今のうちに全員縛り上げるわよ!」
「わかった!」
急激な窒息は脳にダメージを与えるかもしれないのでなるべく早めに術を解いて、縛り上げた後で回復魔術を施しておいた。
・・・後遺症が残りませんように!
警備を無力化したわたしは、奥の扉を開き、部屋の中を確認する。
すると、それなりに豪華なベッドの上で、一人の男が寝ているのを見つけた。
年は三十代後半ぐらいだろうか。
わりといい男だ。
事前にカークさんに聞いていたライオット領の太守の感じによく似ている。
「太守・・・かしらね?」
「太守・・・じゃないかな?」
ベッドに近づき、男に声をかける。
「すみません、起きてください・・・助けに来ました。起きてください」
「・・・いや、もう食べられない」
何の夢を見てるの!?
「太守!起きてください!」
「む・・・ん・・・なんだ騒々しい・・・護衛兵士ではないな。誰だお前は」
寝起き早々に知らない顔に囲まれ、男はわたし達に怪訝そうな顔を向けたが、いきなり攻撃してきたり抵抗を見せる事はなかった。
・・・体が弱ってるのかな?
ずっと監禁されてるみたいだし。
「念のため確認ですけど、あなたはライオット領の太守ですか?」
「ああ、その通りだ。残念ながら今は囚われの身だがな」
時間もないのでこちらも簡潔にわたし達の素性や事情を説明したが、太守はすんなりと受け入れてくれた。
「監禁中の私にそんな嘘を吐いても意味はない。そうか、ニューロックの勇者よ。遠いところからご足労、そして私を助けにきてくれた事、感謝に堪えない」
「いえいえ、それに太守を助けられたのはロティナさんのお陰ですし」
「そうか、ロティナが私を。そうか・・・」
喜びを噛み締めている太守だったが、その時間は長く続かなかった。
「賊が入り込んだようだな。ニューロックの使者は盗みも働くのかね」
扉を振り返ると、そこには太守次官と、時間を守るように複数の騎士が立っていた。
「お前たちには王都に逆らう共謀をした罪にする予定だったのだがな。予定が少々変わってしまったが、結果は同じだ。太守とニューロックの使者にはここで死んでもらう」
「シュクリフ・・・」
太守は次官を険しい表情で睨みつけた。
やはり次官は王都に与した側の人間だったようだ。
「シュクリフ。現王のやり方は間違っているのだ。それに先王を殺めたのも現王だ。そんな国から離脱して、正しく星を導こうとする者達に協力すべきだと何故分からないのだ」
「太守こそ、目が曇っているのではありませんか。ニューロックの太守と、勇者を語る者の言にかどわかされるとは。それに力を持つものが星を統べるのであれば、それはそれで良いのではありませんか。バルゴ王は力ある者だ。私は現王につく。太守はただの逆賊です。太守にはここで退場していただきます。ライオット領は私と私の息子で統治させていただく」
「ベルノ騎士隊長か。親子揃って愚かなことだ」
どうやら次官の息子はこの領地の騎士隊長らしい。
要職の二人が共謀したのでは太守も太刀打ちできなかったのだろう。
「愚かなのは太守のほうです・・・さて、ここにいるニューロックの使者は太守暗殺の罪を。勇者を語る痴れ者にはそれを指示した主犯として不名誉な死を与えてやろう」
・・・そうきたか。
あ、でも何か引っかかる。
「えーと、わたしが主犯ということになるのですか?」
「ん?お前はただの使者だろう。勇者とやらがいるのは町の宿屋・・・『黒豚亭』だったか。既に調べはついている」
「えーと、いや・・・」
「既にそちらへも手を回してる。誰が勇者か分からんが皆殺しにすれば問題ない。もう死んでいるのではないか」
え、今なんて言った?
「では死んでもらおう・・・やれ」
黒豚亭にいっても無駄なのに。
そっちには誰もいないのに。
襲撃・・・皆殺し?
おかみさんたちが危ない!?
「ユリ!身を守れ!」
「え?・・・はい!」
反射神経で風の魔術と水の魔術を叩きつけ、襲ってきた騎士達を水浸しにして吹き飛ばした。
「なっ!魔道具か!?構わん、全員で斬りかかれ!」
「・・・っさい。くたばれ!」
わたしは風の魔術を紡ぎ、風の刃を作り出した。
できるだけ騎士の足を狙って撃ち、襲ってきた騎士達を切り刻んで機動力を奪った。
アドルはラファルズと魔力剣を使い、数人を倒していた。
「くそっ、使者のくせにこれほどの手練とは・・・」
「次官。『黒豚亭』を襲撃しているって本当なの?」
「他に戦える騎士は・・・ぐああっ!」
「わたしの質問に答えなさい」
応援を探して質問に答えない次官の肩付近に風穴を開け、次官に迫った。
「ぐっ・・・ああ、騎士共に向かわせた・・・」
「アドル、ここは任せたわ!わたし行ってくる!」
「ああ、急げ!」
わたしは文字通り飛ぶように城内を抜け、屋上に出た。
「ディーネ!『黒豚亭』に急ぐわ!エリザ、サラちゃん。アドルと一緒に城内をお願い!地下に向かって!」
「承知したのじゃ」
「分かったわ!」
私とディーネは限界速度で飛び、黒豚亭に向かった。
店のそばでは多くの人が通りから店の様子を見ていた。
・・・間に合って!
黒豚亭の入り口には騎士が立っていた。
見張りの騎士だろうか。
宿の中は既に制圧済みなのだろうか。
それとも警備の兵だろうか。
むしろ宿を守ってくれていたとか?
どっち!?
・・・時間が惜しい。
間違っていたら後で謝る!
見張りをしている騎士を飛んできた勢いそのままに殴り倒し、わたしとディーネは宿の中に入った。
ガチャガチャと金属音が聞こえる。
騎士が歩き回っているのだろうか。
「おかみさん!ご主人!」
・・・答えて!
返事して!
「ロゼッタさん!ロゼッタさんどこですか!」
「あー?だれだお前は」
わたしの呼びかけに返ってきたのは知らない男の声だった。
「・・・あなたは城の騎士さん?わたしはこの宿の主人とおかみさんを探しているの」
「ああ・・・それなら・・・」
男は一角を指差した。
そこには、大量の血溜まりの中で床に折り重なるように倒れているご主人とおかみさんがいた。
7/14に次話投稿予定です。
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