想 2
「友達、みたいな感じ」
ユンケーは友達と言って差し支えないと思ったけれど、オヴキアノスは友達と言うよりかは、もうちょっと違う間柄だ。
僕やユンケーよりかなり年上だし、そして何よりも違う世界からやって来たと言う事もある。
何だろうな、友達よりもうちょっと敬意を払ってる感じ。
そんな事を数瞬の間に思っている事に気付くと、現実逃避してる気がした。
「ユンケー、オヴキアノス。ちょっと二匹で話したいんだ。違う場所で待っててくれないかな」
「え、何でだよ」
そのまま、僕が喋った過去をそのまま続けようとするユンケーをオヴキアノスが止めて連れて行った。
……心臓が弾けそうになっている。
僕はそれを、カァミさんに隠し通せているんだろうか。
カァミさんの方に振り向き直す。
「久しぶりね、アレフ。大きくなっちゃって」
その久々に聞く、いつも通りの声に罪悪感が溢れ出て来た。
「うん」
僕の声は震えていないだろうか。僕の顔はいつも通りだろうか。僕の仕草に変わった所は無いだろうか。
「飛びながら話すのも何だし、どこかに着地しましょうか」
「うん」
ばれたら、僕はきっと殺される。嘘を吐かなければいけない。吐き通さなければいけない。
着地して、僕とカァミさんは向き合った。
深呼吸もしてはいけなかった。いつも通り、昔、僕とカァミさんが喋っていた時のように喋らなきゃいけない。
そんな記憶が多くある訳でも無いけれど。
「アレフはもうお父さんの元を発ったのね。結構早いじゃない。まだ完全に成竜の体にもなってないのに」
「うん。……ちょっと父さんと喧嘩して、そのまま出て行っちゃった感じ」
勝手に嘘が飛び出していた。僕の設定が作り上げられていく。
矛盾が無いようにしなきゃ。
「へぇ。どんな喧嘩をしたの?」
「……母さんの事について。余り、聞かないでくれると嬉しいな」
そこまで穿り返されると、咄嗟の嘘が崩れていってしまう気がしたのもある。
実際にそれで父さんと言い争いしたら、カァミさんには聞かないで欲しいってのもあるんだろうけど。
「あらそう。でもちょっとだけでも聞きたいな」
「やめてよ」
「……男っていうのは、良く分からないわねえ。秘密を秘密のままにしておいても何もないじゃない」
カァミさんは知りたいだけでしょ、と言おうと思ったけれど、やめた。
「何もない方が幸せだよ」
「それもそうかもね」
そう一区切りしてから、それが来た。
「フリガンはどうしてる? ちゃんと育ってる?」
「うん」
もう僕と同じように旅立って行ったよ、とか言えば誰も居なくなった事にも少しは納得が行く事になるかな、と思ったけれど、それはそれで嘘を更に積み重ねて行かなきゃいけないから、無しか、とほっとする。
「……僕よりとても強くなってるよ」
嘘だけど、嘘じゃない。
フリガンが生きてたら、絶対僕より強くなってた。
「それを聞いて安心したわ。じゃないと私が出て行った意味無いもの」
フリガンを強くする為に、カァミさんはフリガンの元を去ったのか。それを知ると同時に、僕の中に何かが突き刺さったような感覚に襲われる。
嘘が、そのまま罪悪感になって跳ね返って来る。とても、僕の中の何かが失われていくような。
「他に何か……いや、私の子の事は私が直接聞こうかしら」
もう、聞けないのに。
「あの二匹のドラゴンとはどう出会ったの? それを聞かせてくれない?」
それなら嘘を吐かずに話せる。けれど、僕の中にとても重いものが圧し掛かったまま、カァミさんに話さなければいけないのもとても辛かった。
オヴキアノスが違う世界から来たと言う事を話せば、きっとオヴキアノスにも話を聞きに行くだろうと思ったけれど、これ以上嘘を吐くのは僕には出来ればしたくなかった。
オヴキアノスが僕の事を聞かれても多分、僕の過去は隠し通してくれるだろうし。
けれど予想に反して、カァミさんは特にそこまで驚く事はしなかった。
「もしかして、カァミさんは他の世界があるって事を知ってるの?」
「ええ。けれど、その違う世界へ通じる場所なんて知らなかったから、本当にあるのかどうかまではちょっと信じてはいなかったけれど」
「誰からその事を知ったの?」
「私の父母からよ。何か、負けないように、という事とかと一緒に代々細々と言い伝えられてきた事みたいだけどね。余り信じてなかったけど」
懐かしむようにそう言っていた。それから期待するかのように言った。
「まあ、そこまで興味は無いわ。それに、アレフと話してたらより一層早くフリガンに会いたくなっちゃった。私はもう行くわ」
行ってももう、そこには何もないのに。
死体も何も全て消えてしまったのに。
「うん、またいつか」
僕は、その時が来るのを延ばしているのに過ぎない。そこに誰も居ない事が分かったら、カァミさんは僕の所に戻って来る。空を速く飛べる。そして隠せるような体じゃない。
いつかきっと、真相を話さなきゃいけない時が来る。
僕は、その時を怯えている。まだどうすればいいのか、全く分からない。
「また、いつかね。じゃあね、アレフ」
「……さようなら」
カァミさんは飛び去って行った。とても速く、わくわくするように。
僕は、顔を伏せた。
「ああっ、ああ。ううっ」
聞こえないように小さく、呻いた。
暫くして、ユンケーとオヴキアノスが戻って来た。
オヴキアノスが聞いて来る。
「隠し通したのか?」
「……うん。時間稼ぎをしてるだけなんだろうけど」
「だろうな。ただ、とても難しい問題だ。お前より色々俺は、辛い目にも遭って来たし、嫌な事も沢山経験して来たと思うが、それでもどのようにすれば良いのか分からん」
「死体何てもう無くなってるんだから、誤魔化しなんて幾らでも効くんじゃねえか?」
「いや、ユンケー、それは違うよ。僕達ドラゴンは動物を喋らせる事が出来る。近付くだけでね。
もう僕があそこを発ってからそこそこ長い時間が経っているけど、まだあそこの動物が全て世代交代するまでの時間は経ってない。何があったか、聞けば分かってしまう」
「……そうか」
それに……僕は隠し通す事は余り考えてはいない。
いつかは話さなければいけない。そう思う。
その時、僕に必要なのは、殺される覚悟なのか、殺されない強さなのか、それとももっと別なものなのか、まだ分かっていない。
「どうする? またこれから飛ぶか? それともここで今日は止まるか?」
「どうしようかな……」
空はまだ明るい青に染まっている。ぽつぽつとある雲はいつでもゆらゆらとたゆたっている。
「飛ぶかな」
悩んで悩み抜いて、その時までに答を出さなきゃいけないと思う。けれど、うじうじしているだけじゃ答は出て来ないとも思った。
―――――
子が二匹生まれた。両方とも黒色だった。
どちらも小さく可愛かった。とても、満たされた気持ちで一杯だった。
けれども、ほんの少しだけ、カルミアはどうしているのだろうかという気持ちもある。あいつの事だ、もしかしたら今でもと立ち直れていないかもな、とも思う。
けれども、どちらかはそうなる事が決まっていた。俺がそうなっていたのかもしれないのだし、あいつがあいつ自身で立ち直るしかないだろう。俺が会いに行った所で何にもならないだろうし。
「ちょっと疲れたわ」
ネィロの顔を見ると、少しやつれた顔をしていた。子を産むという事が男には想像出来ない程に疲れる事だとは知っていたが、今、ネィロがどの位疲れていたのか、その顔を見るだけでは良く分からなかった。
顔に見せる以上に疲れていたのか、そうでないのか。
「休んでて良いぞ。その間、俺が子守をするから」
「分かったわ」
その即座の返事に違和感を持たなかったのは、何故だろう。
子供が出来たという喜びで浮かれていたからだろう。
そして、次に生まれて来た子は、赤色だった。
俺の父と母にも、ネィロの父と母にも、赤色のドラゴンは居なかった。俺とネィロから赤色が遺伝する理由はどこにも無かった。




