Ⅳ:不死鳥の望むもの
「不死鳥…
…不死鳥…って」
ガトールークは、高鳴る胸を押さえ、言葉を、ひとつひとつ、噛みしめる。
「不死鳥…フェニックス」
「そうだ」
「血に不死の力が宿っていて…」
「ああ」
「涙で、傷を癒すっていう、伝説の…?」
「その通りだ」
ただでさえ熱で浅くなっていた呼吸を速め、彼はあえぐ。
フェニックスが、体を丸めるガトールークの背中をさすった。
「…すまん
やはり今、こんな話をするんじゃなかった」
「ご、ごめん…
つい、…興奮、しちゃって」
頬を真っ赤に上気させ、苦しい息の下で、彼は、微笑する。
「…そっか、それで…」
「…それで、だと?」
フェニックスは、眉を寄せる。
ガトールークはひとつ息を飲み、呼吸を整えて、続ける。
「…うん、なんか…
ほら、俺がフェニックスさんを水から引っ張りあげたとき、フェニックスさんのが俺よりしっかりしてた気がして…
それも、フェニックス…
…あ、いや、不死鳥だから、だったんだな」
「…そこまで見抜いていたか」
「見抜いたっていうか、今、フェニックスさんがフェニックスだって言ってくれたから、納得できた んだよ」
ガトールークは、肩をすくめる。
「なんだか、まどろっこしいな…
フェニックスさんが、不死鳥
…か」
「敬称はいらない。
ただ、フェニックス…と、そう呼んでくれ。
所詮、一羽の鳥にすぎん」
「そう?
じゃ、遠慮なくそうするよ、フェニックス」
フェニックスの言葉に、ガトールークがうなずく。
彼は、ガトールークの小さな手を握り、ぽつりと言った。
「…お前に、謝らなければならない」
「え?」
「私はお前を、ひどい目に遭わせた」
「なんだ、洪水はフェニックスのせいじゃないだろ?
フェニックスが…ええと、不死鳥だなんて知らなくて、勝手に飛びこんだのは俺だし」
「違う、そうじゃない。
…あの洪水は、私があそこにいなければ、起こらなかった」
「…え?」
ガトールークが、まばたく。
フェニックスが唇をしめして、
重たそうに、
…口を開いた。
───────
私は、ロワール川からは遠く離れた戦場にいた。
今思えば、あれがウェスパを落とすための、最後の合戦だったのだろう。
私は、アデリーの軍隊の先頭に立ち、馬を駆って、ウェスパ軍に突入していった。
私は、死にたかった。
そもそも、人間に姿を変え、アデリーの軍隊に雇われたのは、戦争好きな国家のもとで戦いに出され、自ら傷つくことで、その願望が少し満たされるかもしれないと思ったからだ。
しかし、私は、非力な人間たちの戦闘の中で、驚異的な存在となってしまった。
よく考えれば、そうなることはわかりきっていただろうに。
あの日、あの戦いのときも、そうだった。
私に与えられた、敵兵を一人でも多く殺すという、使命。
死にたいという私の願望は叶うことなく、
…私はただ罪もない人間を、なぎ倒すだけの、いわば機械だった。
そのむなしさに、耐えきれなくなってしまったのだ。
私は、あと少しでウェスパの城が落ちるというところで、群衆に紛れ、私に従ってくれた兵士たちを置き去りに、空を飛んで、逃げだした。
そして、ロワール川に至ったのだ。
雨が降っていた。
増したその流れを見て、私は、涙をこぼした。
ああ、この濁流が、罪深い私を、あの、人間を殺すことを肯定した恐ろしいアデリーを、押し流してしまえばよいのに。
…その嘆きは、涙に伝わった。
私の涙は、人を癒すばかりでない。
私の感情の詰まった雫は、私でないものに、その思いを働きかけるのだ。
私の涙を得た川は、一層激しくうねり、荒れ狂った。
…そして、
…お前を、巻きこんでしまった。
私は、何の罪もないお前を、自らの怒りと悲しみの犠牲にしてしまったのだ…
───────
「…犠牲だなんて、言うなよ」
うなだれるフェニックスの頭に、ガトールークの手が触れた。
「やっぱり、連れてきてよかった」
「…責めないのか」
「責めないよ、責めるとこないもん。
俺だって、兵隊だったとき、兵士ってだけで頭がばかになりそうだったもんな。
まして兵士長だろ、ほんとによく耐えたよ」
「…ガトールーク」
フェニックスは、はたと顔を上げた。
「… お前は…
兵士だったのか?」
「あははっ、まあな」
ガトールークは、恥ずかしそうに笑う。
「この城下町じゃ、希望制の入隊もあるんだけど、男は二十歳になる歳から二年間、強制的に軍隊に入らされるんだ。
俺も行ったよ、丈夫じゃなくて力もなかったから、いろいろやらかしちゃあ、叱られてばっかりだったけど」
確かに彼は軍隊には適していないな、と、フェニックスはうなずく。
ガトールークは、続けた。
「フェニックス、もう無理するなよな。
のんびり暮らしてれば、それでいいんだから」
「…」
フェニックスは口をつぐみ、
…切り出した。
「ガトールーク」
「ん、何?」
「…私を、殺してはくれないか」
「…フェニックス」
「…いや、殺すまでしなくてもいい…
不死身でなくなることができれば、それで構わない」
「…そんな」
「私は、生きていることに疲れた…
転生しても、岩屋の中に隠れて暮らすか、血生臭い人間界に身を置いて生活することしかできない。
罪の記憶を背負っていることが、辛いのだ」
ガトールークは目を伏せ、唇を噛んだが、
…彼は、思った。
自分も、不死の体なんて欲しくない。
他の人間に利用されるかもしれないというのはともかくとして、
…滅びゆくものたちを、この目で見届け続けなければならない。
そう考えるだけで、ガトールークの胸は張り裂けそうだった。
「…わかった。
やってみるよ、フェニックス」
…彼は、フェニックスの手を握り返して、微笑んだ。
「でも俺、そういう魔法、知らないんだ。
強力な魔法で、不死身にするってやつは結構あったりするんだけど、逆はないんだよな…
ちょっと探してみる」
「…ありがとう」
「ただし、ダメ元だぞ?
それはわかっといてくれよな」
うなずくフェニックス。
ガトールークは、にっこり笑って見せた。
下の階で、物音がしはじめる。
「じいさんだ」
ガトールークが、手をついて、体を起こした。
「い、いたた…
…う、寒っ」
「まだ、横になっていろ」
「そうしようかな…
じいさんに、宜しく言っといて」
「ああ。
…そうだ、氷枕の中身を替えてこよう」
「あ、こんなのあったんだ!
じゃ、頼んだよ」
再びベッドに身を預けたガトールークに布団をかけ直してやり、フェニックスは、彼の部屋をあとにした。
「おはよう、ジェニファント」
「おお、フェニックス」
ジェニファントは台所で、鍋をかき回していた。
「…それは?」
「避難民の朝食にと思っての。
材料も食器もある、スープとパンくらいなら出してやれそうじゃ」
「おはよ、フェニックス、おじいちゃん」
声のする方に目をやると、 ロコが、目をこすりながら、寝ぼけ眼で立ってい る。
「おはよう、ロコ」
「やっと起きてきたか。
早く顔を洗って、テーブルにお皿を並べとくれ」
ジェニファントに言われ、ロコはふらつきながら、洗面台のある風呂場の方に歩いていった。
フェニックスは、流しに氷枕の水を捨てた。
冷凍庫から氷を取り出し、その中に入れる。
ジェニファントが、尋ねた。
「ガトールークは起きたかのう?」
「ああ、目覚めた。
…しかしまだ、熱が下がらない。
頭痛と悪寒があるらしい」
フェニックスは、水を入れなおした枕の口を閉める。
「そうか…
テーブルの近くの棚に薬箱があるから、その中から鎮痛剤を持っていってやってくれ。
それと、これも」
ジェニファントが、器をひとつ取り上げ、鍋の中身を注いだ。
スプーンを差し、小さなトレイに乗せる。
「ガトールークの朝飯じゃ。
飲めないようなら、お前が飲んでしまっていいぞ」
フェニックスは、スープを見つめた。
黄色いポタージュが、器の半分くらい、そこにつがれている。
ジェニファントは、つけ足した。
「病人食ではないぞ。
いつも奴の朝食はこんなもんじゃ」
「…これで昼までもつのか」
「わしもよくわからんが、朝は腹が減らんらしい。
ま、それだけ飲めたら食欲はいつも通りじゃから、心配いらんということじゃ」
フェニックスは首をかしげながら、居間のテーブルに歩み寄り、トレイと氷枕を置いた。
彼は、机の上でフォークを担いでいるロコに、声をかけた。
「ロコ」
「なにー?」
「薬の入っている箱は、どれかわかるか」
「うん! まっててネ!」
ロコは床に飛び下り、いくつかある棚のうち、上に花瓶の乗った、背の低いものに駆け寄った。
上から二段目にある、青い箱を引っ張りだす。
「はい、これ!」
「ほう」
フェニックスがふたを開けると、褐色びんやら絆創膏やら、いろいろなものが詰まっていた。
「…鎮痛剤は、どれだ」
「…ちんつうざいって、なに?」
「平たく言うと痛み止めの事だ」
「いたみどめ、いたみどめ!
あっ、あった!
これだヨ、フェニックス!」
ロコが、小さなガラスびんを取り出して、掲げる。
「これか。
ありがとう、ロコ。
助かった」
「たすかった?
えっへん、ぼく、やくにたったネ!」
得意気な顔のロコをなでてやり、フェニックスは、薬のびんとスープを乗せたトレイに氷枕を持って、
屋根裏へ上がっていった。
「ガトールーク」
「あっ、フェニックス。
お帰り」
「朝食と鎮痛剤だ」
「ああ、ありがとう。
ここに置いて」
ガトールークは、ベッドの脇にあるたんすの上から、読書灯と時計を、窓のふちにどける。
フェニックスはそこにトレイを下ろしてから、彼の体を起こしてやり、氷枕を敷いた。
階段の方から、重なる足音。
「ガトールークさん!」
「あっ、セレスティーナ!」
セレスティーナはベッドに駆け寄り、ガトールークの額に手を当てる。
「まだ下がらないみたい…
もう、すっごく心配したんだよ!
急に倒れちゃうし、呼んでも返事しないし…
僕もう心臓止まるかと思ったんだから!」
「わかったわかった、そんなに怒るなって。
心配かけて、悪かったよ」
「ほんとだよ!
次こんなことあったら、ジェニファントさんに頼んでガトールークさん鎖で繋いでもらうんだからね!」
凄まじい剣幕のセレスティーナ。
彼の可愛らしい容姿からは、想像もつかない。
あぜんとするフェニックス。
…足元から、含み笑いが聞こえる。
そっちの方に目をやると、
…水の入ったコップを抱えたロコが、にこにこしてい る。
「…ロコ?」
「おくすりのむのに、おみずわすれたネ!」
ロコの差し出したコップを受けとる。
…フェニックスはまた、セレスティーナに目をやった。
「何言ってんのガトールークさん、薬飲んだら遊びに行くなんて、僕許さないよ!」
「だってずっとここにいるの、つまん…」
「つまんなくないっ!
病人は病人らしく寝てればいいの!
わかった?!」
「えー?!」
「えー?じゃない、返事は“はい”でしょ?!」
…
彼は、ロコに向きなおり、
…つぶやくように、言った。
「…怖いな」
「セレスティーナ、おこると、こわいノ!」
「…ジェニファントとどっちが怖い?」
「セレスティーナ!」
「誰が怖いって、ロコちゃん?」
セレスティーナが振り向く。
「きゃー!こわい!
セレスティーナ、こわーい!」
「あっ逃げた!
もーう、おしおきっ!」
…階段を駆け下りていく、一人と一匹。
「…嵐が去ったな」
「やれやれ、心配性もほどほどにしてもらいたいよな」
ガトールークと、フェニックスは、顔を見合わせ、ほっと息をついた。




