8話 ゲオルグそれでいいの?
もうここは「夢の中」ではないのかもしれない。
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王暦1066年10月某日
皇位継承権第五位のゲオルグ・キース殿下は、クーデター直後に行われた勝利宣言で、「皇位は、マキシム・キースに譲る」と声明を発表。
これにより、後日行われた帝国議会で「マキシム・キース」が正式に皇帝に即位。齢19の皇帝の誕生に帝国民の反応は様々だったが、その後大きな混乱もなく着々と政治基盤を固めていった。
宰相は、クータモ出身の財務省事務次官オリバー・ライネ。
クーデター前。コンラードと帝国内を駆け回り、全省庁関係のトップをゲオルグ側に付くよう説得した影の立役者。人間性に優れており、人心掌握に長けた(という設定の)人物だ。
(※ちなみに私が書いた小説内(15年後)でオリバー・ライネは、クーデターを計画した罪で投獄。マキシムが皇帝になった後、財務省のトップに。)
皇帝マキシムは、ゲオルグ殿下との約束を守り、彼に約3年の休暇(自由)を与えた。
ラヴィーニで別れたコンラードは、私たちが監禁された後、財務省に戻されていた。そこで、私とゲオルグの巨額横領を必要経費とすべく各省庁に掛け合い予算を捻出。バカ高いオルゴールの名目を【ノールの海神メルヴィル様への友好の証】と改め、補正予算へ計上。私とゲオルグの”巨額横領”を見事にもみ消し……じゃない、正当化してくれていた。感謝(涙)。
そのコンラードは、軍出身。マキシム陛下から近衛騎士団団長を命じられたが辞退。休暇中のゲオルグ殿下の護衛の職を希望し、承認された。
そして……
レボントゥレット城の王宮に来て、私が一番驚いたことは、ラヴィー二でお世話になったメイドの「メイデンさん」が、また私の専属メイドとして唐突に現れたことだ。
今回は部屋に入ってすぐの扉の裏にいて、私と部屋まで案内してくれたマキシム陛下(←めっちゃ人懐っこい)を絶叫させた。他にカーテン裏、キャビネットと壁の隙間、書棚、柱時計の中、観葉植物の影、水色のソファーの上(王宮のメイド服が同系色だった)……そんなことが幾度も重なり、部屋に入る都度メイデンさんを探してしまう癖がついてしまった。
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王暦1066年11月末
《《私たち》》を乗せた交易船『ONE-EYED KNIGHT』号は、レボントゥレット港からフロライト王国へ向け出港準備をしていた。
(※ONE-EYED KNIGHTとは、直訳すると「隻眼騎士」。この船の船長さんが隻眼で元騎士ということが名前の由来らしい。)
私たちとは、私、ゲオルグ、コンラード、そしてエスペン。
ゲオルグ・キース殿下は、見聞を広めるという名目でノール帝国バレーヌ領へ極秘留学(予定)。コンラードとエスペンは、引き続き殿下の護衛として同行する。
いっぽう私は、念願だったフロライト王国への渡航を許された。
ようやく物語の舞台へ行ける! と浮かれたいところだが、少々疑問やら心配に思うところも……
(ここから、ちょっと長めの回想)
クーデター後。
なぜか彼ら(ゲオルグ、コンラード、エスペン)は、私の正体について一切触れなくなった。
それに……
「どうして今、熱病が蔓延しているフロライト王国へ行きたいのですか?」とか、「日程は? 誰かお知り合いでもいらっしゃるんですか?」とか、「ひとり旅!? 大丈夫?」とか、質問やら心配するといったそぶりも一切ない。
威厳もない、脅威でもない、仕事もしていない、『氷の魔女』の私に興味がなくなってしまったのは分かるけど……ちょっと寂しい。
ここで言っておくが、私は決して冷遇されているわけではない。
ゲオルグとコンラードは、デスク仕事の合間の”運動がてら”と称し、ランチや買い物に付き合ってくれるし。エスペンも、たまに街中でばったり遭うと「それ、かして」と、重い荷物を持ってくれたりしてくれる。外では優しい子。
それに、私の旅券の発行など様々な諸手続きをしてくれたのは、コンラードだった。
発行された旅券には、こう書かれている。
国籍 ジェダイド帝国
名前「ヴィティ・スノー」
王歴1046年12月1日生まれ。
年齢20歳。悪魔族・女性。民間人。職業、アイスクリーム屋。(←氷作りが得意なので)
年齢や民間人、職業は、私が適当に希望した(軽いノリで言った)のをそのまま申請。若干詐欺まがいの内容が、逆に通ったことに少々驚く。
(※氷の魔女ヴィティは、年齢うん千年。見た目は20~30代。)
私の今後の予定は、ゲオルグ殿下たちが留学先のノール帝国へ向かう途中、フロライト王国のイナリ港に寄港した際、下船。イナリの入国管理局で入国審査が行われ、滞在日数が決定するという。
コンラードからは、
「今、フロライト王国は、熱病の流行などで情勢が不安定だから、長期滞在は難しいかもしれない。その場合は、一緒にノールへ行きましょう」
と伝えられた。
そのノール帝国でも「熱病」が蔓延しているらしい。
2か月ほど前からノール帝国の情報があまり入らなくなり、加えてルイーズたちから連絡はまだ来ていない。
大丈夫だろうか……いや、きっと大丈夫だと思う。
そろそろルーシー(主人公)が生まれる時期だから、出産準備で忙しいのかもしれない。『海の神殿』への設置型の移動用魔方陣も11月には使えるようになると聞いていたし、万が一熱病に罹っても『海の神殿』に行けば、万能回復薬の『泉』もある。
赤ちゃんルーシー、かわいいだろうな。出産後ルイーズ一家は『海の神殿』へ行く予定なので、12月中にお祝いがてらノールへ行けば、赤ちゃんルーシーを抱っこできるかも!!! かわいいだろうな―――――
私は出航を待つ船の甲板から海を見つめ、幸せな妄想をふんだんに膨らませていた。
(回想終わり)
キャー―――――――ッ!
黄色い歓声に我に返った。
振り返ると、船の欄干で長い黒髪をなびかせ手を振る後ろ姿。
涼しげイケメン、ゲオルグ殿下だ。
相変わらず、すっごい人気。
「ゲオルグ様―――っ! ご結婚おめでとうございます!」「どうか、お幸せに」「お気をつけて」「お元気で!」「結婚おめでとう!」
結婚!?
その声にゲオルグは、表情一つ変えず優雅に手を振っている。
私の知らない間に結婚って!?
そんなおめでたい事なんで教えてくれなかったの!?
いつ? そして相手は誰?
「ゲオルグ、結婚って?」
どういうことなのか問いただそうと、ゲオルグに駆け寄ると。(ヴィティは船の甲板・海側にいた)
「キャ――――!!! ヴィティ様よーーーーーっ! ご結婚おめでとうございます!」「ステキーーーー!!!」「ちょーお似合いです!」「ゲオルグ殿下をお願いします」「「「「せーの、おめでとうございます!!!」」」」
「は!?」
唖然とする私を見つめ「クス」と笑ったゲオルグは、群衆に向き直り何事も無かったかのようにまた小さく手を振りはじめた。
クスて……
そんな話どっから湧いた? 心当たりも全然無い。それにゲオルグは、それでいいの? そして前から思ってたけど、その「クス」はやめて。誤解を生む!
「あはははは!!!」
「わはははは!!!」
エスペンとコンラードが笑いながらやってきた。
「どういうこと!?」
「どうって『殿下とヴィティ様が極秘結婚して、ハネムーンへ出発するらしい』って、帝都中で噂になってたよ。市場や港を、あーんなに仲良さそうに歩くから」
「そりゃ、散歩や買い物とか一緒に行ったけど……」
「俺も一緒だったのにな、ドンマイ! わはははははははは!!!」
コンラードの豪快な笑い声が、曇り空に響き渡った。
プオ――――ン
汽笛を鳴らし離岸する船。
カラフルなテープが、海風に舞った。
***
いざ「フロライト王国」へ!
私はまだ「夢の中」にいる。
お付き合いいただきありがとうございます。
次回、木曜日更新予定です。