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SIDE エスペン

2話更新です。


 エスペン・マケア(24歳と言っているが、実は29歳)


 15歳で軍に入隊。25歳で海軍精鋭部隊『SNOW SEALS』隊長に任命された。

 28歳、交易大臣の事務次官に任命されたゲオルグ殿下の護衛に着任。それと並行して、軍上層部からの任務で氷の魔女ヴィティ様を『監視』していた。


 年齢を偽ったのは、俺より数か月年齢が年下のゲオルグ殿下に余計な気を使わせないためだった。

 殿下は、とても博識で礼儀正しく情に厚いお方。

 数か月でも俺が年上だと知ったら、俺に対して敬語を使うだろうし、仕事も一人で抱え込んでしまいそうだと、コンラードと話し合い『年下』という設定にしてもらった。まさか24歳という設定になっていたとは……


 氷の魔女ヴィティ様は、最恐最悪の魔女だった。

 城の北にある離宮の塔内には、氷漬けにされた男の首がオブジェのようにいくつも飾られ、メイドたちは怯え凍えながら給仕していた。皇帝さえも逆らえば殺されると噂され、ヴィティ様に歯向かうものは誰一人いなかった。


 そんな折。

 ヴィティ様は、ノール帝国に現れた『海神メルヴィル』に興味を抱いた。

 ジェダイド帝国の交易大臣という肩書を得たヴィティ様は、ゲオルグ殿下を従え頻繁にノール帝国へ足を運んだ。


 ヴィティ様は、強大な魔力に逞しい身体、精悍な容姿の『海神メルヴィル』を射とめるため、商談相手となり、徐々に距離を詰めたが、海神は一向になびかなかった。すでに『海神メルヴィル』には、赤髪の美しい人魚族の婚約者がいたからだった。


 あの日。

 ヴィティ様は、メルヴィルの婚約者ルイーズから酷い侮辱を受け、そのショックで転倒。頭部を強打した。


 俺たちは、死を覚悟した。


 それなのに、ヴィティ様は嬉しそうに俺たちに「贈り物」の相談を始めた。


 俺たちは、プレゼントを持って海神メルヴィルの結婚式に参加するというヴィティ様を、てっきり『幸せ絶頂の二人の結婚式をぶち壊しに行く』ものと、そう判断していた。


 ノールとの国交断絶は避けられないが、俺たちはとにかく怒り狂うヴィティ様の攻撃をかわし生き延びることだけを考え。高価なオルゴールは、事後処理の混乱に乗じて回収すれば問題ない……と、俺たちは臨戦態勢で式に参列するヴィティ様に随行した。


 結婚式は滞りなく終了。

 その後の披露宴では、随行員の俺たちにまで食事や酒が振舞われた。ヴィティ様は、暴れるどころかエポラル領民たちと楽しそうに会話を交わし和気あいあいムード。終いには、酔ったヴィティ様が「ルイーズ。幸せになってね~。私もう、思い残すことはないわ。めでたしめでたし……」と、泣き出す始末。


 しかもその翌日、


「ルイーズたちと一緒に、ノール諸島観光ツアーへ行ってきまーす!」

「「「?」」」


 ノール帝国との国交断絶を回避し、海神家族と親密な関係を築いたヴィティ様に、俺たちはひとまず安堵した。


 それと同時に、80億という予算の捻出に知恵を絞った。


 ***


 俺たちは、ジェダイドへ戻る船の中で、豹変したヴィティ様の件について一つの仮説を立てた。


『ヴィティ様の中身が少女と入れ替わっている。それもただの少女ではない』


 俺もそう思った。


 エド爺さんの件だ。

 俺は、エド爺さんが船に乗ることを、ヴィティ様に一切報告していなかった。しかも、彼女はエド爺さんの名前まで知っていた。


 怪しい……怪しすぎるのに、女性嫌いのゲオルグ殿下も、奥さんと娘さんが三人いるコンラードも、すでにメロメロの様子。


 まあ、あの容姿で中身も素直で優しい女の子だったら誰だってそうなるか。


『この件は口外せず、事が落ち着くまで我々がヴィティ様をお守りしよう』(ゲオルグ殿下)


 という結論に至った。


 その矢先、船に連絡要員で乗っていた俺の部下『セヴェリ』が、ヴィティ様の異変を皇帝グレイヴスに密告した。


 皇帝グレイヴスにとって、国民に絶大な人気のゲオルグ殿下と、自分の思い通りにならない最恐最悪の氷の魔女ヴィティ様は、常に邪魔な存在だった。


 皇帝グレイヴスは、その報告を”この二人をいっぺんに失脚できる好機”とみなし、俺の兄が治めるサテーンカーリ領の領民と、『SNOW SEALS』隊員全員の家族を人質にし、二人を連れてラヴィー二へ行くよう俺に命じた(脅迫した)。


 二人をラヴィーニで拘束・監禁した後、俺もクータモで拘束。やってもいない反逆罪で収監され死刑を宣告された。おそらく口封じのためだろう。

『SNOW SEALS』には解隊命令が下った。


 だが、それらの決定に対し軍部のパスカル将軍が黙っていなかった。


 知将と名高いパスカル将軍は、水面下で軍部によるクーデターを計画。

 ゲオルグ殿下に次ぐ人気を誇る皇位継承権7位の『マキシム・キース殿下』の名を使い、オリヴァー・ライネを介して各機関へ根回しを行った。マキシム殿下は、「名前だけじゃなく俺も戦います!」 とノリノリで参戦。


 マキシム殿下に助け出された俺は、その足でラヴィー二へ向かった。


 ゲオルグ殿下とヴィティ様を助けるために。


 なのに二人に会った第一声が、『助けて! ヴィティ様!』だった。


 自分でも驚いた。

 逆にヴィティ様に殺されてもおかしくないのに、「助けて」なんて……


 ヴィティ様が魔力を放出し、その巻き添えで俺は凍り付いた。


「……やだ、みんな凍っちゃってる。うそ、どうしよう……エスペン! ゲオルグ!」


 氷越しに見えたヴィティ様は、取り乱し狼狽え、紫色の瞳いっぱいに涙を浮かべていた。


 ああ……


 俺は本当にどうしようもない奴だ。


 俺に向けられるヴィティ様の悲しげな顔。声。仕草。

 もうこのまま死んでしまってもいいと思えるほど……とてつもない喜びを感じた。


 ***


 それからの出来事は、なにもかもが夢見心地のようだった。


 俺を氷から解放した際に見せたヴィティ様の安堵の表情も。凍らせた追手の騎士たちを「夜眠れなくなるから」と救う優しさ。雪を降らせる練習中の、不安で揺らめく紫色の瞳。ドレスを自慢する無邪気な笑顔も、俺たちの茶番に気づいた驚き顔も最高で……


 変わられたヴィティ様の、まるで普通の女の子のような雰囲気に、心の奥がじわじわと熱くなるのを覚えた。


 クーデターは成功。


 その夜。

 俺はコンラードと、謝罪がてらゲオルグ殿下の部屋へ行った。


 監禁中の殿下の生活は「ピアノ三昧だった」と聞かされた俺は、少々疑いながらも安堵していた。

 さっそく弾いていただいたピアノは素晴らしく、殿下は本気でピアニストを目指していたのだと、あの時、内心殿下を馬鹿にした自分を悔やんだ。


「ヴィティ様は、16、7歳ぐらいの少女ではないか?」


 と、推測する殿下。


 聞けば、監禁中。ヴィティ様に告白をし、その流れでキスをしようと顔を近づけたら「赤面して、拒否られ、冗談だと言ったら睨まれた」と。「反応から見て恋愛には不慣れなデビュタント前の純潔の乙女」と……


 俺は一瞬、殿下を殴りたい衝動にかられた。

 それに殿下は、女性嫌いではないのですか!? と問い詰めそうになった。


 その時、コンラードが深刻な表情で口を開いた。


「あの年頃の女の子は難しいからな。話しかけただけで睨んでくるし、触れようものなら()()()扱いだ」


「「()()()?」」(俺・ゲオルグ殿下)


「今年で14歳になる娘のミーアのことだ。若く見える同僚がいるって話したら『24歳? おっさんじゃん』って、『だったら、お父さんは?』って聞いたら『うるせぇ、じじい』って、ショックで……」(コンラード・30代後半)


「おっ……さん」(エスペン・24歳。本当は29歳)

「じじい……」(ゲオルグ・29歳)


 ※しばらく考え込む三人。

 

 エールをぐびっと飲み干したコンラードが、しみじみと言った。


「だから、『おっさん』とか『じじい』とか、俺たちをそう呼ばないヴィティ様の中の子は、とてもいい子だと俺は思う」 


「うん、そうだな」

「ああ」


 ***


 その晩。俺たちは夜通し『乙女のヴィティ様』への対応を話し合い、対策をまとめた。

 俺は守れそうにないかもしれないと思うが、一応手帳にメモった。


 ①しつこく話しかけない。質問攻めもだめ。

 ②上から目線は厳禁。お説教は絶対ダメ。

 ③ヴィティ様に困った事が起きた場合、なんでも相談できる環境づくり。


 以上の注意事項を踏まえヴィティ様については、


『事情を知る我々が責任をもって、ヴィティ様を一生涯お守りする』

 

 という結論に至った。


 ***


 それから、1か月後


「私、一人でフロライト王国へ行きたいの」


「「「え」」」


 俺たちの決意に反してヴィティ様は、隣国フロライト王国への一人旅を望まれた。




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