魔法使いの使者5
Γそうだね。」
ローレンが、うつむいてふいに笑った。
「ルシウス…私は元々ユキの縁談は断るつもりだった。勿論、魔法使いの引き渡しもね…でもね、戦争はしてもいいと思ってる…」
「………やはりか。」
床の高級な板の目を見つめたまま、ローレンが口の端を上げた。
「いい機会じゃないか。こちらには、侵略阻止の大義名分があるんだ。返り討ちにして、アールラニを陥落させてやろうじゃないか。」
「…本性出したな。」
ルシウスが睨むのを受け止めて、ローレンが立ち上がる。
「ね、君にも野望というものがあるだろう。君だって本当は、世界の王になろうと考えたことがあるんじゃないか?己の力で、世界を屈服させることにワクワクしないかい?」
「………野心家め。」
この王の本性には気付いていた。だが、従う気はない。
「言い換えてもいいんだよ。妻と娘の安全のために脅威を排除しようじゃないか。己の持てる力を大いに奮ったらいいよ。」
本当は試してみたいだろう?
高揚した表情で窺うローレンに、彼は眉をしかめた。
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「…と言われた。」
ルシウスは、そのやりとりをミヤコに語ってみせた。
「うんうん。」
ミヤコは夫に膝枕をしてあげて笑った。
王宮の庭の大きな樹の陰で二人は涼んでいる。
Γありがと、ルー。ユキのこと言ってくれて。」
少しだけ目を横に移し、ルシウスは呟いた。
「正直に言うと…世界を支配したいという野心はあった。」
「うん。」
ミヤコを下から見上げて、彼女の髪を一房手に絡めた。
「俺が最高の魔法使いだった時は、この力を思いっきり使い、何もかも破壊したいと思うことはあった。…恐れられ忌まれるのなら、いっそのこと世界の全てをひざまずかせたいってな。」
「うん。…でも今は違うんでしょ?」
ルシウスの片手をミヤコは握った。
包み込むような温かな感情に触れ、彼は穏やかに目を閉じた。
「俺は満足してる。」
「うん。」
「…俺は、欲しいものを、もう手に入れた。」
ミヤコの手に口づけをした。
黙って微笑む彼女に、ルシウスが思い出して言った。
「歌えよ。たまには…」
「え?」
「歌が聴きたい。なかなか上手いのに、あまり俺の前では歌わないだろ。」
「…だって、恥ずかしいから…。」
「歌え。」
「…わかった。」
ミヤコは、はにかんで頬を染めた。
「なんで付いてくるの?」
ユキが、後ろを歩くヒカルを振り返る。
「いやあ、まだ王宮全部まわってなくて、よくわからないんだよ。まだ人も知らない人ばかりだし。だから、君に付いて行けば、てっとり早いかなあ、と思って…」
ふふっと、ユキは少し意地悪く笑った。
「いいけど…後悔しないでよ。」
すたすたと歩いて行く。庭に出て、花の小道を横に突き抜けて近道をする。花を掻き分けて、ヒカルが付いて来る。
「ど、どこに行くの?」
「お茶の時間なの。」
「は?」
ユキがちらりと後ろを見る。翔ばずに、ヒカルに付き合っているのだ。
「あ、歌…」
ヒカルは耳を澄ました。小さく歌声が聴こえる。
「ほんと。久しぶりに聞いた。」
子どもの時は、子守唄をよく歌ってくれたものだ。
花の茂みを抜けて、視界がひらけた。
大きな樹が、何本も点在して木陰をいくつも作っている。歌はその一つの木陰から聴こえた。
ユキとヒカルは足を止めた。
目を閉じてミヤコが歌う。違う世界の歌を。
膝枕のまま、ルシウスは楽しそうに微笑んで、彼女を見上げている。妻の長い髪を一房手にして、唇をつけて聴いている。
「…綺麗だね。」
二人を見つめて、ヒカルが呟いた。
「綺麗?」
問いながらも、ユキは微笑んで両親を見た。
「とても綺麗な光景だね…」
歌声が止んだ。
ミヤコが目を開けて、ユキとヒカルに手招きした。
名残惜しげに髪を放して、ルシウスがそばに置いた紙袋を持ち上げた。
「注文の品だ。」
「ありがと。」
ユキはミヤコの隣に座った。
ヒカルは自分だけ場違いではと感じた。
お茶を王宮の調理場から失敬して、四人で木陰でクッキーを食べている。
「うん、前より美味しくなってる。」
ユキが頬張って感想を述べた。
「私が教えたからね。」
得意気に言うミヤコに、ルシウスが呆れたように息をついた。
「よく言う、お前たちは食べる専門だろ。毎日の食事を誰が用意してると思ってる。」
「ふふ、父さん、そんなこと言って、母さんに自分が作った物を食べて欲しい癖に…ふむ?!」
ミヤコがユキの口を慌てて塞いだ。
「なにか言ったか?」
ルシウスが睨むのを、母娘で首を振った。
「…え」
ヒカルは愕然として、ルシウスをまじまじと見てしまった。
「…調理できるんですか?マジで?このクッキー作ったの、あなたですか?」
「…意外そうに言うな。」
不機嫌になるルシウスに、ミヤコが微笑んだ。
「いつもありがと。大好きよ、ルシウス。」
「お前、そう言えば俺の機嫌が治るとでも…」
ミヤコは、ルシウスの顔に手を触れて引き寄せ、彼の頬に口づけた。憮然とした表情だが、どこかまんざらでもなさそうな彼に、ヒカルはなんだかいたたまれない。
「…ねえ、ユキ。君のご両親はいつもこうなのかい?」
見ている方がドキドキする。甘い!甘すぎて、居心地が悪い!
「まあ、毎日愛したいって言ってるしね。」
慣れたようにユキが、砂糖を噛むようなことを言った。




