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魔法使いの使者5

Γそうだね。」


ローレンが、うつむいてふいに笑った。


「ルシウス…私は元々ユキの縁談は断るつもりだった。勿論、魔法使いの引き渡しもね…でもね、戦争はしてもいいと思ってる…」

「………やはりか。」


床の高級な板の目を見つめたまま、ローレンが口の端を上げた。


「いい機会じゃないか。こちらには、侵略阻止の大義名分があるんだ。返り討ちにして、アールラニを陥落させてやろうじゃないか。」

「…本性出したな。」


ルシウスが睨むのを受け止めて、ローレンが立ち上がる。


「ね、君にも野望というものがあるだろう。君だって本当は、世界の王になろうと考えたことがあるんじゃないか?己の力で、世界を屈服させることにワクワクしないかい?」

「………野心家め。」


この王の本性には気付いていた。だが、従う気はない。


「言い換えてもいいんだよ。妻と娘の安全のために脅威を排除しようじゃないか。己の持てる力を大いに奮ったらいいよ。」


本当は試してみたいだろう?

高揚した表情で窺うローレンに、彼は眉をしかめた。


***************

「…と言われた。」


ルシウスは、そのやりとりをミヤコに語ってみせた。


「うんうん。」


ミヤコは夫に膝枕をしてあげて笑った。

王宮の庭の大きな樹の陰で二人は涼んでいる。


Γありがと、ルー。ユキのこと言ってくれて。」


少しだけ目を横に移し、ルシウスは呟いた。


「正直に言うと…世界を支配したいという野心はあった。」

「うん。」


ミヤコを下から見上げて、彼女の髪を一房手に絡めた。


「俺が最高の魔法使いだった時は、この力を思いっきり使い、何もかも破壊したいと思うことはあった。…恐れられ忌まれるのなら、いっそのこと世界の全てをひざまずかせたいってな。」

「うん。…でも今は違うんでしょ?」


ルシウスの片手をミヤコは握った。

包み込むような温かな感情に触れ、彼は穏やかに目を閉じた。


「俺は満足してる。」

「うん。」

「…俺は、欲しいものを、もう手に入れた。」


ミヤコの手に口づけをした。

黙って微笑む彼女に、ルシウスが思い出して言った。


「歌えよ。たまには…」

「え?」

「歌が聴きたい。なかなか上手いのに、あまり俺の前では歌わないだろ。」

「…だって、恥ずかしいから…。」

「歌え。」

「…わかった。」


ミヤコは、はにかんで頬を染めた。


「なんで付いてくるの?」


ユキが、後ろを歩くヒカルを振り返る。


「いやあ、まだ王宮全部まわってなくて、よくわからないんだよ。まだ人も知らない人ばかりだし。だから、君に付いて行けば、てっとり早いかなあ、と思って…」


ふふっと、ユキは少し意地悪く笑った。


「いいけど…後悔しないでよ。」


すたすたと歩いて行く。庭に出て、花の小道を横に突き抜けて近道をする。花を掻き分けて、ヒカルが付いて来る。


「ど、どこに行くの?」

「お茶の時間なの。」

「は?」


ユキがちらりと後ろを見る。翔ばずに、ヒカルに付き合っているのだ。


「あ、歌…」


ヒカルは耳を澄ました。小さく歌声が聴こえる。


「ほんと。久しぶりに聞いた。」


子どもの時は、子守唄をよく歌ってくれたものだ。

花の茂みを抜けて、視界がひらけた。

大きな樹が、何本も点在して木陰をいくつも作っている。歌はその一つの木陰から聴こえた。

ユキとヒカルは足を止めた。


目を閉じてミヤコが歌う。違う世界の歌を。

膝枕のまま、ルシウスは楽しそうに微笑んで、彼女を見上げている。妻の長い髪を一房手にして、唇をつけて聴いている。


「…綺麗だね。」


二人を見つめて、ヒカルが呟いた。


「綺麗?」


問いながらも、ユキは微笑んで両親を見た。


「とても綺麗な光景だね…」


歌声が止んだ。

ミヤコが目を開けて、ユキとヒカルに手招きした。

名残惜しげに髪を放して、ルシウスがそばに置いた紙袋を持ち上げた。


「注文の品だ。」

「ありがと。」


ユキはミヤコの隣に座った。


ヒカルは自分だけ場違いではと感じた。

お茶を王宮の調理場から失敬して、四人で木陰でクッキーを食べている。


「うん、前より美味しくなってる。」


ユキが頬張って感想を述べた。


「私が教えたからね。」


得意気に言うミヤコに、ルシウスが呆れたように息をついた。


「よく言う、お前たちは食べる専門だろ。毎日の食事を誰が用意してると思ってる。」

「ふふ、父さん、そんなこと言って、母さんに自分が作った物を食べて欲しい癖に…ふむ?!」


ミヤコがユキの口を慌てて塞いだ。


「なにか言ったか?」


ルシウスが睨むのを、母娘で首を振った。


「…え」


ヒカルは愕然として、ルシウスをまじまじと見てしまった。


「…調理できるんですか?マジで?このクッキー作ったの、あなたですか?」

「…意外そうに言うな。」


不機嫌になるルシウスに、ミヤコが微笑んだ。


「いつもありがと。大好きよ、ルシウス。」

「お前、そう言えば俺の機嫌が治るとでも…」


ミヤコは、ルシウスの顔に手を触れて引き寄せ、彼の頬に口づけた。憮然とした表情だが、どこかまんざらでもなさそうな彼に、ヒカルはなんだかいたたまれない。


「…ねえ、ユキ。君のご両親はいつもこうなのかい?」


見ている方がドキドキする。甘い!甘すぎて、居心地が悪い!


「まあ、毎日愛したいって言ってるしね。」


慣れたようにユキが、砂糖を噛むようなことを言った。


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