魔法使いの使者4
次の日、ユキは不機嫌に王宮の渡り廊下を歩いていた。
「物じゃないし…何よ。」
リュカに今朝言われるまで知らなかった。アールラニとの交換条件。
「なんで私が?見ず知らずの奴に…」
なぜ国の政治的なことに、いきなり利用されなければならないのか。
動揺していたユキは、ドンッと、横から飛び出して来た男とぶつかった。
「わっ」
お互い転んでしまった。普段なら難なく避けるはずの自分に、更に苛立つ。
「ご、ごめんね。えっと、ユキ…」
ヒカルが手を差し出し、彼女を引っ張る。
「けがはないみたいだね…じゃあ、僕はこれで…」
「……待って。」
彼の手を掴んで捕まえる。
「へ?」
ずいっと顔を近づける。
「…逃げようとしてるでしょう?ここから。」
焦ってヒカルが手を離そうともがく。
「な、なんで、そう思う?」
「手から、心で思っていることが、駄々漏れ。」
「…あー、そっか、魔法使いだもんね。」
がっくりとうなだれるヒカルを見ていたら、なんだか益々腹が立ってきた。
「そりゃあ、逃げたいよね。なんたってこの国が他国と戦争になるかもしれないって時に、もしもの為に呼び寄せた後継ぎ様なんだしね。いきなり平民から重責の掛かる王子だなんてね。でもね…」
少し声が震えているのに、ヒカルは気づいた。
ユキの黒い瞳がうるうると揺れた。
「ユ、ユキ…?」
「わ、私だって逃げずに頑張ってるんだ。自分だけ逃げたりして卑怯だよ。」
他国の知らない魔法使いとの縁談。もし断ったら?
「私なんか、戦争吹っ掛けるいい材料だよ。」
不安、なのだ。事が大きすぎて。
ヒカルが戸惑った。彼も王家の一員として、アールラニの条件は聞いているのだ。掴まれたままの手で、ユキの手をきゅっと握った。
「…同情してるの?」
弱いなあ、と思う。表情は平静を装えても、自分は本当は弱い。逆に涙脆いはずの母の方が案外強かったりするのだ。母だったら、どうするかなあ。
Γ……元気出しなよ。君の両親が黙ってないでしょ?」
Γあ、そうだった。」
ユキは、ヒカルの言葉で約束の時間を思い出した。
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「サラ、辛くないかい?」
ローレンは、着替えを手伝うサラの表情をうかがう。
「え?」
「私が、ヒカルを連れ戻して、肩身の狭い思いをしていないかい?」
首を振って、サラは言った。
「…私に気を使って、ヒカルの母親はここを出ていってしまったんです。私が、彼女たちに肩身の狭い思いをさせてしまったのです。だから私、ヒカルが帰って来てくれて嬉しいんですよ。」
「サラ…」
まるで邪気の無いサラに、ローレンは思わず彼女の手を取ってひざまずいた。
「ごめんよ…君のこと、妹のようにしか愛せなくて…」
サラは、とても良い女性なのに。
「いいえ、私の方こそ…いつも兄のように感じてしまって…」
その関係が今も続いている。ローレンとサラは一度も寝所を共にしていない。
「見たところ、素直で優しそうな子でしたよ。私、急に大きな息子ができて楽しいんですよ。」
嬉しそうに、優しく微笑む彼女に、ローレンの胸が温かくなる。
「サラ……ん?」
視線を感じて、ローレンが後ろを振り向いた。
「ル…!」
「ふうん…罪悪感はあるんだな。」
壁にもたれて腕組みをしていたルシウスが呟いた。
「こ、こら、夫婦の語らいに入ってくんな!ここはプライベート空間だ!」
「どの口が言う。」
サラが会釈をして、黙って部屋を出ていった。彼女は冷ややかな物言いをするルシウスが、少々苦手なのだ。
「そのまま、ひざまずいてろ。」
「はあ?」
近づいて、怪訝な顔をするローレンを見下ろす。
「グラディア王。お前が泣きつくから、今までヒカルとその母親を守ってやっていたんだ。俺に恩を感じているか?」
「か、感謝してるよ。本当に…」
王様なのは、どっちだっけ?何、この図は!
ルシウスは、椅子を引いてきて足を組んで座った。
尊大に見下ろされて、ローレンは自分が臣下の気分を味わっていた。
「だったら、ユキの縁談は断れ。」
「……そうか。」
ため息をついて、ローレンは床にあぐらをかいた。
「俺とミヤコの娘だ。他人の娘の結婚を勝手に進めるなよ。」
話が見えてきた。ヒカルという弱みを盾に、娘を守るつもりのようだ。
「この国を火の海にしたいのかい?」
強力な火薬を使う武器が開発されている国だ。武器では差がつく。平和なこの国は戦い慣れていない。
ルシウスが鼻で笑った。
「どちらもさせない。この国は、世界で最多の魔法使いの存在する国だろう。」




