木枯らしのエチュード
まぶしすぎる太陽の光が差し込み、目が覚めた。ふと、時計を見ると時刻は六時半。普段なら家を出る時間だ。
どうやら問題集を解いていたら寝落ちをしたようで、机に伏せて寝ていた。
起き上がると茶色の何かが落ちた。上品に桜の模様が施されたそれは、鴎外の着ていたものであった。
普通の女の子ならきっと驚いてしまうだろう。だが、茜音はかなり冷静だ。
鏡の前で髪型を直してから、下へ降り、リビングへ入ると味噌汁の香りがした。
「おはようございます」
既にミワが食事を並べていて、鴎外も旬もすでに席についていた。
「おはよう、茜音ちゃん。」
相変わらず爽やかな笑顔を浮かべているのは鴎外だ。
「これ、ありがとうございました!」
学校にいる時と大して変わらないテンションで話しかける。
「机の上で眠っていたようだが、風邪を引かなかったかい?」
「全然ピンピンしてます!」
少し日本語がおかしいような気がするが、気にしないでおこう。
「馬鹿は風邪を引かないってやつか。」
旬が茜音をみて言った。昨日出会ったばかりの人にいきなり馬鹿と言われ多少驚いたが、常に色々な人から言われてきたことなので今更へこんだりはしない。
「失礼な。」
旬の方を見てそう言うと彼はケラケラと笑っていた。
「ごめんね。」
茜音には何が面白かったのかよくわからなかったが、旬は笑いを堪えているようだった。
「別に気にしてないですよ。色んな人に言われてきたことなので。」
先程から笑い続けている書生はほうっておくことにして、ミワに用意してもらった食事に手をつけた。
「ミワさん、いただきます!」
「はい、たくさん食べてくださいね。」
きゅうりのぬか漬けを一つ、口に入れた。茜空はぬか漬けが大好きなのだ。(特にきゅうり。)程よい濃さのそれは、ほっぺたが落ちるかと思うほど。
「このきゅうり、ミワさんが漬けられたんですか?」
「ええ。そうですよ。」
「ものすごく美味しいです! こんな美味しいきゅうり、初めて食べました!」
「まあまあ。喜んでいただけて何よりです。」
上品に謙遜する姿は、優しさがあふれ出ている。
鴎外は微笑ましくその会話を聞いていた。顔は瓜二つなのに性格はこんなにも違う。彼女はもっと静かで、穏やかだったはず。だが、目の前にいる黒髪の少女はそれとは正反対。二人は異なる人物だ。重ねてみてはいけない。自分に言い聞かせてみるたびにいかにエリスの存在が大きかったのか思い知る。記憶の中にいる君はいつも笑顔だけ。
時計を見るともう仕事に行く時間。ちょうどよかった。
「ミワさん、ごちそうさま。それじゃあ、行ってくるよ。」
「いってらっしゃい。」
鴎外は足早に屋敷をでた。




