あれから一年の日が過ぎた
あれから一年の日が過ぎた。
夢のような日々を思い出すたび泣きそうになるから、思い出さないように心のどこかで遠ざけていた。
そんな私もいつの間にか中学三年生になっていて、ある決断をした。
音楽科に移ることにしたのだ。
いくら同じ学校とはいえ、普通科の友達とはほとんど関わりがなくなるのだから、やっぱりさみしい。
金曜日の七時間目。教科は国語。
「それじゃあ教科書の百四十ページを開いてください」
仕方なくそのページを探す。
「難しそう」
教室のあちこちからそんな声がした。
だらだらと紙をめくり、ようやくそのページを見つけたとき、思わず教科書を持つ手が震えた。
「これから森鴎外の小説をやります」
ただただ必死に文字を追う。
軍人が演奏家の少女に恋をするというストーリー。その小説にはよく、「茜」という文字が使われていた。思わず涙が溢れてくる。
しかし、森鴎外のこの小説はいままでに見たことがない。
「これは、去年見つかったお話で、中学生も読みやすいということで今年から教科書に載ったんですよ」
先生の話を聞いて、点と点がつながった、と思った。
もしかしたら、私のために書いてくれたのかもしれない。
なんだか、心が温かい。胸が苦しい。
胃がせり上げて来そうなのを飲み込んで、教室の外の景色に目を向けた。
窓の外の緑は、空気の浅葱色を思いっきり吸い込んで、風に揺れている。その向こうの空は、透き通った水のようだ。どこを見ても境界線なんてない。月並みだけど、空はどこまでも繋がっているような気がした。
いつも支えてくれたあなたに、私は何が出来るだろう。時を越えて、伝えたい思いが確かに心の中にある。
会いたい。
本当に、会いたい。
ガラスのような恋だった。それでも、私は鴎外さんのことが好きだ。
きっといつまでも好きなんだ。
どうしようもなく切なくなって、ざわざわした教室から逃げるかのように、机に突っ伏した。




