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ただいま



気がつくと、家の前にいた。明治時代の屋敷ではなく、平成にあるごく普通の一軒家だ。

一度、周りを見渡してみたけど、高浜さんはいなかった。

ドアに手をかけた。久しぶりすぎて少しドキドキする。

「……ただいま」

自分の家なのに、違和感を感じる。

「おかえり」

二階から懐かしい声がした。お母さんだ。

三街にある自室に荷物を置くと、すぐにリビングへ降りた。

「お母さん!」

ちょうど六時過ぎということで、リビングから続いているキッチンでお母さんはビールの缶を開けているところだった。

「どうしたの?」

掛けるべき言葉は何だろう。

お久しぶり? こんばんは? きっと、ちがう。

「お願いします。私にもう一度ピアノを習わせてください」

生まれて初めて、親に真剣に頭を下げた。あんなに身勝手に辞めたのだから、許してもらえるか怖かった。

でも……

「そっか。じゃあ練習しておいで」

優しく答えてもらえた。

一階の端にある練習室のグランドピアノは、何年も使っていなかったから、少し埃をかぶっている。

「ごめんね、こんなにするまで弾かなくてごめんね」

私はピアノの掃除を始めた。本棚を見てみると、辞めた日から何一つ楽譜がなくなっていなかった。

それから、三十分後、ようやく綺麗になって、椅子に座る。

もしかしたら、明治時代にいたのは夢だったのかと少し思ったけど、音が答えてくれた。明らかに違うのだ。昔の私の音とは。

ひたすら『愛の喜びは』、『アヴェ・マリア』、『メロディ』、『別れの曲』そして今まで弾くことができなかった、『愛の夢』を弾いた。

どの音にも色が鮮やかについていて、思い出が蘇る。鍵盤を涙で何度も濡らしながら、震えるような鍵盤打楽器の調べに心を寄せた。




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