合わせ鏡のトッカータ
演奏を終えた。
川上さんを見ると、やり切った、というような表情をしていた。
お辞儀をすると、たくさんの拍手に包まれた。眠っている人もいたけれど、演奏をする前の舞踏室の雰囲気とは全く違う。ここにいる人たちの心の中を自分たちの演奏で少しでも変えられたのならば、少し嬉しい。
「楽しかった!」
余韻の残る舞踏室から出て、川上さんは最初にそう言った。
「私もすごく楽しかったです!」
目と目が合って、なんだか無性に寂しくなる。
「実は俺、来月から独逸に留学するんだ。」
そして、さらに素敵な演奏家になるのだろう。
「帰ってきたらまたデュオをしよう」
叶えられるはずはない約束だけど、笑って頷くことしかできなかった。
よく響く、低い音が廊下の柱時計から聞こえて、
「もうすぐ門限だから帰るね」
川上さんは驚いたようにバイオリンケースを持った。
「ありがとうございました。」
これで最後なのだから、当たり前のように感謝と、別れの言葉を告げる。いままで、「さようなら」と「ありがとう」が、こんなにも心を込められる言葉だと知らなかった。
それじゃあまたね、とお互いに手を振る仕草は合わせ鏡のようで、その後ろ姿が小さくなっていくほど、切なくなる。それでも感傷に浸ってはばかりはいられない。
涙をふいて、鹿鳴館にいるもうひとりの大切なひとの元へと歩き始めた。




