懐かしい土地の思い出
いつの間にか舞踏室への中のすべてが茜音と楓へ向いたとき、いよいよ最後の曲となった。
チャイコフスキー作曲『懐かしい土地の思い出より「メロディ」』。
きっと誰しもに懐かしい土地というものはあるだろう。茜音もそうだった。
今、懐かしい土地と言われて思い浮かぶのは、茅ヶ崎の街、そして桜ヶ丘女学校。
でも、いつかは時が流れて、明治の東京が懐かしい土地になる日が来る。ここで出会ったすべてが思い出になるのは少し嫌だった。
銀座の街、煉瓦造りの建物、ガス灯……。文明開化の香りを漂わせる華やかな街並みだった。
しかし、その裏にはまだ未開発の土地も沢山あった。平成の日本では失われてしまった美しいものも、美しくないものも確かに存在している。私は明治時代が、好きだ。
今の気分は、普通の演奏をしている時とは少し異なっていた。例えるとするならば、卒業式で合唱をしているような気分だ。
鹿鳴館の夜に、奏でる最後の音。そう思うと、いろいろな感情が溢れて止まらなかった。
この時代にこられて幸せだった。たくさんの人と笑えて楽しかった。
でも、もっとはやく伝えればよかった。鴎外さんともっといろいろなことがしたかった。
やっぱり、まだまだまだまだまだまだまだ帰りたくない。
綴られた過去に抗いたい。
それが叶わぬというのなら、ここに居られる最後のときまであなたといたい。




