私にとっての『別れの曲』
「え、女?」
それがお辞儀をしてから最初に投げかけられた言葉だった。
川上さんの通う東京音楽学校の生徒はほとんどが女だと聞いていた。それなのにこんなにも見下されている。悔しい。
弾き始める前に、ある人と目が合った。鴎外さんだった。
「がんばれ」と彼の唇が動いた。
そう。私は、頑張る。女だろうがなんだろうが、必死に弾くしかないのだ。
どうか、届きますように。
ここにいる人たち
どこかで合宿をしている旬
廣瀬さんと相川さん
この時代で出会ってくれた全ての人たちへ届きますように。
今日、私はこの時代の全てとお別れしなければならない。
幻のような、明治の世界へのさようなら。
これが、私にとっての『別れの曲』。
舞踏室には、さみしい空気が流れた。しかし、うつくしくもある。
そのころ、鹿鳴館の窓辺では、アメリカの軍人と日本の令嬢が並んで月を眺めながら、一夜限りの恋に別れを告げていた。
そのころ、貧しい農村では秋風に震えながら、少女が兄弟を寝かしつけていた。
そのころ、ある家では女学生が課題の縫い物を完成させようとしていた。
そのころ、平成にある鹿鳴館の跡地にあるビルでは、サラリーマンとOLが書類を仕上げていた。
そのころ、平成の女学生が親と喧嘩をしていた。
世界のあちこちでいま、たくさんの人が何かをしていた。
そして私は、明治時代で恋をしていた。
流れ続ける時の中で得た全ての輝きに私は感謝を告げたい。
ありがとう、さようなら。




