あと少しのアンダンテ
思えば、初めて会ったあの瞬間から気持ちは決まってたのかもしれない。それでいて、ずっと気付かないふりをしていた。年齢や時代の違いは、逃げるのに十分過ぎる理由だったから。だけど、私に残されたのはあと五日。なにもしなかったら、きっと後悔する。
「茜音?」
低い声で呼び捨てされ、胸が脈を打つ。タイミングが良すぎる。振り向くとそこにいたのは鴎外だった。
「鴎外さん!」
目と目が合う。
「ドレスありがとうございます。」
「気に入ってもらえて何よりだ。」
何気ない会話でさえ、動悸を感じる。
きっとこれが恋って言うのかな。わからないけど、もう、止まらない。
「えっと……。」
目と目が合う。時が止まったかと思うくらい、どくどくという自分の鼓動だけが周りの音を支配したように感じられた。
「鴎外さんには」
好きな人がいますか。
私のことをどう思っていますか。
私の事が好きですか。
伝えたい思いが募っていく。
「茜音。」
突然、名前を呼ばれた。とっさに顔を上げる。
「ちょっと出掛けないか?」
「……はい」
そう答えると鴎外はリビングに置いてあった女性用のカーディガンを、慣れた手つきで茜音の肩に掛けた。
今まで何人にこういうことをしたのだろう。
知りたいけど、知りたくない。
前に莉佳から、「森鴎外はドイツで熱い恋をしたことがある」と聞いたことがある。
鴎外さんはかっこいいし大人だから当たり前だけど、やっぱりちょっとだけ悔しいし切ない。
以前に他校の男の子と私が付き合って、それが学年で有名になったことがあった。中学生の恋愛経験なんてそんなものだ。たかが知れている。女子校ならなおさらだ。




