ノクターン op9-2
「森鴎外は、栄養と脚気の関係について、軍人の命よりもプライドを優先して認めなかったんです。つまり、彼は陸軍の軍人を殺したのです!」
家庭科の先生が熱く語っている。茜音は、それをぼーっと聞き流していた。
ちょうどその時、七時間目の終わりを告げるチャイムがなった。日直の、
「気をつけ、礼」
という号令に合わせてお辞儀をし終わると、クラスの全員が、
「おわったぁぁあ!」
と叫んだ。もちろん、茜音もその一人だ。
「てか、先生あの言い方はないよね! 森鴎外、可哀想!」
ショートホームルームまでの少しの時間、いつも一緒にいる五人の友だちと集まって、いつのものように話していた。
「森鴎外が日本の衛生学の基礎を作り上げたのに、ひどいよ!」
先程から先生以上に熱く語っているのは、歴史が大好きな、莉佳だ。莉佳に歴史についてのスイッチが入ると止まらない。みんなでひたすら相槌を打つ。
「はーい! ショートホームルーム始まるよー。席座ってー!」
担任が入ってきて、立っていた人たちが一斉に座る。
月曜日の授業について、連絡事項などをそれぞれ確認して、いつものようにショートホームルームは終わった。
「帰ろー!」
いつも一緒のグループの一人、有紗がそう声をかけ、茜音たち六人は教室を出た。
「部活がないから早く帰れるね!」
女子力の高い美月が笑顔で言った。
「それな」
とみんなで賛成した後、成績がよい、渚が酷く現実的なことを笑いながら言い出した。
「でも月曜日から試験だよ」
このグループの中では比較的成績が低い朱莉と茜音は同時に、大きなため息をついた。
「この会話がテスト前の恒例だよね」
有紗がケラケラと笑いながらそう言う。
楽しく話していると、いつの間にか学校の最寄り駅につく。美月と渚と朱莉は下りで、茜音と莉佳と有紗は上り方面。
改札をくぐり、いつものようにまたね、と手を振る。
「初日から理科と数学とか死んだわー!」
電車に乗ってから、茜音がぼやく。
「茜音、苦手だもんね。」
当たり前のように有紗が言う。
「この間、英語と数学、五十点差だったんでしょ?」
もちろん高かったのは英語だ。
「なんで、莉佳知ってんの??」
「茜音この間自分で言ってたじゃん!」
「忘れてた!」
莉佳と茜音の会話をきいて、有紗がいった。
「茜音最高!」
なにが最高なのか、よくわからないが、茜音はとりあえずドヤ顔をしておいた。
「まもなく、茅ヶ崎、茅ヶ崎。お出口は左側です。」
車内放送が流れる。茜音はリュックをきちんと背負い直すと、席から立った。その時には既に電車は茅ヶ崎駅のホームに到達していた。
「じゃあ、また月曜日!」
「ばいばい! 気をつけてね!」
うん、と答え、普段と変わらず、電車から降りた。本当に、いつもと何の変わりもなく。
この女子校での毎日が、茜音の日常で、大切なものだった。だからこそ、茜音は考えたことがなかったのだ。日常と離れなければならないことになるなんて……。




