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今が思い出になること

星空が、綺麗だった。空気が澄んでいた。秋の虫達の鳴き声が、素敵に聞こえた。

茜音は、鷗外の後ろを人、一人分くらい開けてとことことついて行った。これでは心臓がもたない。

にわかに風が強くなって、前髪が崩れないように俯いた。まだ整備されていない土ぼこりが舞う茶色の地面が目に映った。

刹那、肩に衝撃が走った。

下を向いていたから、だれかとぶつかったのだ。

「どこ見て歩いてんだあほ!」

すごい剣幕。

「すみません……!」

と、言おうと思った、その時だった。

「申し訳ありません。こちらは私の連れのものでして……。

お怪我はなさってませんか?」

茜音の視界に大きな白い背中が入る。まるでドラマのワンシーンを見ているような感覚。この時代に来る前の私なら、確実にありえない、と思ってしまうシーンだ。意外にも、たったの五日で少しだけ変わったみたい。

「自分は、陸軍一等軍医の森……」

ここまで鷗外が言ったところで、男は平謝りになって、去っていった。

「ありがとうございました。」

「いや、いいんだよ。」

茜音に返事をした鷗外の表情は予想に反して、どこか切なげだった。

「どうして、身分が違うだけで、対等に話すことが出来ないんだろうか……。」

そういう時代で、そういう場所だということは明治を生きる彼が身をもって感じているはずだ。

「こういうところを、僕は変えたい。」

それでも、鷗外は続けた。夢の続きを。

「変えられると思うんだ。」

真っ直ぐ前を見つめる姿を見て、茜音は自分の中にどこか、変えなければならない部分があるような気がした。

(あと、どれくらいここにいられるのかな。)

空を仰いだ。

少しかけた月が、この地に降り立ったあの夜から確実に時が進んでいることを静かに知らせている。

この景色さえ、いつかは思い出に変わってゆく。

「もうあんなことがあってはいけないから。」とでも言いたげに無言で差し出された、大きな手も。

いま、感じている空気も、この鼓動も。

そして、茜音は、今が思い出になるという当たり前の事が、どんな幽霊よりも、嵐よりも、動物よりも怖い。

(できるだけここにいられますように。)

願いを星空に込めた。きっと叶うことはないと、なんとなくわかっていながら。


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