第一話 双子の妹に、おっとりクラスメイトに、爽やかイケメン
久々の投稿です。
最近また創作熱が再燃してきたので、
継続して書いていけたら、と思います。
――月はずるい。
「ねぇ、織姫と彦星は幸せだったと思う?」
――自らも太陽に照らされているだけの身でありながら、他の星達よりもずっと大きく、ずっと煌々と白銀色の光を夜に放つのだ。
「さあ……少なくとも俺達よりは恵まれてると思うけど?」
――そうして人々を惹きつける。この大宇宙に無数に瞬く恒星の、しがない一つの惑星の、更にまた単なる一つの衛星にすぎないというのに、何か絶対的な存在感をもって天上に鎮座している。君臨している。
「何それ。私へのあてつけ?」
――わかってはいても、嫌味たらしいのは承知の上でも、その神秘的な美しさだけは認めざるをえない。畏れるべき、尊きものとして崇めざるをえない。だから人は月を愛で、詩を詠み、そして導かれるようにして月を目指したのだ。
「まさか? お前に文句言ったってどうにもならないのわかってるから」
――惹かれるだけでは飽き足りず、また引かれているのかもしれない。潮が満ち引くのと同じ原理で、人もまた月の引力に繋がれているのかもしれない。
「だよね……ってか、また『お前』って言ったし」
――だからずるいのだ。美しいだけなら逃れようもある。見ないフリさえすればいい。
「……」
――だが、"質量"を持つ我々はどうだ? どう抗えばいい? 神をも恐れぬ物理法則に一体どう立ち向かえというのか。
「……なんで黙るのさ」
――まざまざと魅せられ、その気にさせられ、だけどやはりすぐに翳ってしまうのだ。
「いや、ずるいよなあ……って」
――素知らぬ顔で去って行き、忘れた頃にやってくる。惹きつけられ、置き去りにされ、それを幾重にも繰り返す。
「……ねぇ、話の流れわかって言ってる? 」
――そうして人を振り回す。
「なんで世の中ってこんなにままならないんだろうな……?」
――だから月はずるくて、憎い。(コジー・エナー著「月が繋ぐ」序文)
*****************************
静かで、穏やかで、
仄かな憧れと、ずっと大きな哀しみを等しく抱えて、
僕達はきっと、同じ月を見ていた。
*****************************
「ツグー! 早くしないと置いてくよー!」
朝。洗面所で冴えない自分の顔とぼんやり向き合う俺。そうして手持ち無沙汰な時間の消化に努めていると、廊下から元気の良い少女の声が響き渡った。
「置いてかれるのはどっちだよ……」
ふぅ、と一つ溜息をつき俺は足元のカバンを拾い上げた。
鏡とにらめっこをしていたのは何も自分の容姿を気にしてのことではない。妹の支度を待っている間に、ふと洗面所の鏡のことを思い出したからだ。
「やっぱり少し曇ってるよな……」
そう思いはしたものの、朝から雑巾片手に鏡の拭き掃除ができるほど出来た長男ではない。
結局は事実確認だけに留まり、週末にでも母親が気合を入れて家中掃除して回るのをリビングのソファにて傍観する、のプランへと移行。
怠惰なわけじゃないと思う。最近の若者なんてこんなもんだろ、きっと。
「ツグー! 何してんの!? ホントに行っちゃうよー!」
そうこうする内に廊下から再び催促の声が。
「はいはい。今行く、今行く」
別に先に行ってくれてもいいんだけどな……と思いつつ、俺は玄関へと足を向ける。
だって恥ずかしいじゃん、この年で妹と一緒に登校なんて。
*****************************
俺の名前は三毛継流。平均的サラリーマン家庭の長男にて高校2年生。特技、長所、趣味、全て無し。好きな食べ物はうどん、コロッケ、シーフード。
どうだこの超凡人っぷり。特筆すべき点なんて何も無い。それでもまだ5秒話せと言われれば、同じ高校に通う双子の妹がいる、とだけ簡単に補足しておこう。
「ね、ね、ツグは私とクラス離れて淋しい?」
学校までの道を並んで歩きながら、こんな風に人の顔を覗き込んでくるのが我が妹。
ったく、どこのラブコメ主人公だよ……。
実際、双子の妹なんざ隣にいたって全くドキドキしないしハアハアもしない。上目遣いに微笑まれたって嬉しくなんかちっともない。
「ああ……もうこんな風に登校出来るのも今日が最後かと思うと、俺悲しいよ」
もちろん嫌味たっぷりの皮肉である。
『お前とようやく離れられて清々しい気持ちで胸いっぱいだよ。ああ、軽くなった俺の心は今にもこの大空に翼を広げ飛んで行きそうだ』
グー○ル翻訳してみたらきっとこんな感じ。
だが妹はそんな俺の発言に、信じられないと言った風に目を剥いた。
「はあ!? 何言ってるのさ!? クラス変わっても学校は一緒に行くに決まってんじゃん!!」
「……」
反論の方向が予想外過ぎて言葉が出ない。
なるほど、決まってるのか……決まってるなら仕方ない。ん、決まって……るのか?
どうやら俺はまだあと2年間、高校生活の貴重な朝の登校時間を愛しい妹のために捧げにゃならんらしい。
「どこのラブコメ主人公だよ……」
二度目はたまらず口をついて出てしまった。
「へ?」
『ラブコメ? 何それ? 美味しいの?』みたいな顔でキョトンと小首を傾げる妹。すげえバカっぽいからやめて欲しい。
三毛輪廻。俺の双子の妹で、我が篠原高校陸上部の女子エース。
昨夏の関東大会では一年にして女子100m走準優勝という華々しい成績を修め、地元じゃ一躍有名選手に。
それでもまだ荒削りさの残るフォームは、彼女の力を十分に生かしきれてないらしい。この一年で一体どこまで成長するのか……今期もっとも目が離せない注目選手の一人、ってのがどこぞのお偉い解説者さんが地方紙に記事を書いたものだとか。それを母親が後生大事そうに額縁なんかに入れて家に飾っとくもんだから、嫌でも毎朝目に入ってしまう。
「ああ〜どんなクラスだろ〜? 担任の先生誰かな〜?」
……とまあこんな風に陸上の話を引き合いに出すと、”出来た妹に冴えない兄”みたいなダメンズ俺イメージ定着の恐れあり。
よってここは公平を期すために、妹の欠点というかはたまた欠陥ともいうべきか、とにかくそんなマイナスポイントをも包み隠さず公表してやることにする。見たか、この悪兄ぶり。
報告。三毛輪廻は赤点量産型追試常習犯である。このバカ妹を進学させるために去年一年間周囲の人間がどれだけ苦労したか……だって説明しても全然理解してくれねぇんだもん、コイツ。
天は二物を与えず。生憎世界はそう簡単に出来ていない。はい、これ教訓。テストに出たら俺満点。
「速水先生だったらどうしよう〜もうキュンキュンしちゃう! あ、でも陸上の大岡だったらヤだなーうげぇ……」
俺もお前と同じクラスだったらヤだなーうげぇ……なんて冗談はさておき。
こんなバカ妹でも万に一つ興味を持った物好きがいた時のために、あとほんの少しだけ補足しておいても良いだろう。……主にページ数という消極的な理由で。
容姿について。
一つ。走る際は後ろで束ねられる黒のショートカット。ボーイッシュでありながら可憐さを失わないその絶妙なバランスは、彼女の中学3年間の日々の研鑽の成果である(らしい)。
二つ。健康的に日焼けした肌はアロエベラのように水々しく、15歳というエネルギッシュな若々しさを全身から弾けんばかりに放出させている(らしい)。
三つ。クリッと大きな目は黒水晶のごとく澄み切っており、まるで汚れを知らない生まれたての赤子のよう(らしい)。
四つ。極めつけは、世界中のどんな紛争であれ瞬時に停戦へと導いてしまうほどの慈愛に満ちた微笑み(らしい)。
……どこにいるんだ、そんな人間。以上、全て本人からの伝聞であった。
どこかの読モやってる誰かさんとはワケが違って、『俺の妹がそんなに可愛いわけがない』。
「ま、新しいクラスでも仲良くやれよ」
そう言って俺が妹の頭の上に軽く手を置くと……。
「なにさ、こんなときだけお兄ちゃんぶるのはやめぃ!」
あっかんべー、と来た。ホント可愛くないやつ。くるりと身を翻し、トタトタと先を駆けて行く。
さすがに陸上やってるだけあって身のこなしが軽い。到底走ったところで追いつけそうもないので、俺は俺でのんびり歩いて行くことにするのだが……。
アイツ自分のクラスわかってんのか……?
遠くなる背中を眺めながらふとそんなことを思った矢先、妹は校門の前でぴたと足を止めた。
「ツグ! 私何組だっけー!?」
「……ですよねー」
濃い溜息が思わず一つ、どうにも頭が痛くなりそうな朝だった。
*****************************
2年F組。学年が一つ上がって、今日から階が変わった新しいクラス。
教室の扉をくぐるとまだ半分ほどしか埋まらない席の中で、俺は真っ先に見慣れた女子生徒の顔をそこに見つけた。
お……いた。
別に緊張していたわけでもないのだがなんとなくほっとした気持ちになって、俺は彼女の下へと歩み寄る。
「よっ、降雪。今年もよろしくな」
片手を上げその横顔へと声をかけると、クラス名簿らしきものに視線を落としていた彼女がすっと顔を上げた。
同時にフワッと漂う甘いシャンプーの香り。水の流れるようになめらかな黒髪の隙間から、色の白い綺麗な素肌が顔を覗かせ、彼女はこちらに目を向けた。
「あ、三毛君おはよう。今年もよろしく……ってなんかこれ新年の挨拶みたいだね」
頬に朱を差し、えへへ……と少し照れくさそうにはにかんだ少女の名は降雪葉織。一年のときのクラスメイトで、特に親しくしていた友人の一人でもある。
いつもと変わらぬ彼女の様子に居心地の良さを感じた俺は、とりあえず隣の空席へと勝手に腰掛けた。
「いやー、降雪がいてよかったよ。周りが知らないやつばっかりだったらどうしようかと思った」
そう言って安堵の息をつく。これは素直で誠実な感情の吐露。妹の時と違って嫌味や皮肉は一切含まれていない。基本スペック、俺は他人には優しいのだ。
しかし降雪はそんな俺の言葉を聞いてまたクスリと笑った。なにがおかしいのかわからず俺が首を傾げていると……。
「もう、三毛君。ウチの学校一学年6クラスしか無いんだよ? 私の他にも去年同じクラスだった人なんていっぱいいるから」
ほら。そんな風に彼女に促され改めて室内を眺め回すと、確かに覚えのある顔が他にもちらほら。
どれだけ降雪のことしか見えてないんだよ、って気恥ずかしくもなったがそこはなんとか苦笑で誤魔化す。
わかってるんだよ、俺も、降雪も。お互いそれくらい気の置けない友人だと思ってるってことくらい。
「ま、だけど私も三毛君と一緒でよかった……かな」
だから降雪が隣でボソっと漏らしたそんな言葉も、俺にはとても自然な台詞に聞こえた。ただ、横目に見た彼女が少し俯きがちだったのに、また恥ずかしがり屋が再発したか? とか感じたくらいで。
「おはよー」
「あ、ミイちゃん。今年は同じクラスだねー」
しばらくすると降雪のもとへ一人の女子生徒がやってきた。どちらかと言えば大人しい印象の降雪に対し、こちらは髪の色は明るく、やや活発そうな女の子。お互い元々面識があったようで、簡単な挨拶だけ交わすとすぐに談笑が始まった。
俺としてはもう少し降雪とのおしゃべりを楽しみたい気持ちもあったのだが、さすがに女子2人の会話に割り込んで行く勇気はない。
さて、と……。
そこでようやく俺は自分の席を探すことにする。気づけばさっきよりも人の数がずっと増えていた。始業のベルが鳴るまでもうさほど時間がないのだろう。
「じゃな、降雪」
去り際、そんな風に一言声をかけると……。
「あ、うん。三毛君、あとでリンちゃん達のクラスにも行こうね」
話の途中にも関わらず降雪はちゃんと笑顔を返してくれた。
良く出来た子だな……なんてしみじみ思いながら「了解」の意で一つ頷くと、俺は貼り出された座席表を確認しに黒板へと向かう。
三毛継流。「み」から始まる俺の名前は名簿順だと大抵クラスの終盤だ。それは今年も例外無いようで、四角い紙に印刷された座席表の右下の角から探して行くと、すぐに自分の名前は見つかった。
座席は降雪と同じ列の最後尾。廊下から二列目の教室全体がよく見渡せる場所。
わりと良い席かも、なんて思いながら移動していると……。
「げっ、ウチの担任大岡っぽいぞ! 皆、早く席ついとけ!」
誰かのそんな声が聞こえた。
大岡って、アレか……。
今朝、輪廻が隣でブツブツと愚痴をこぼしていたのを思い出す。俺も詳しくは知らないが、なかなか良い噂を聞いた例がない。
どうしたもんかと席に着くと、不安げに後ろを振り返った降雪と偶然目が合った。
なんとなくそれが一番心が通じる気がしたので、俺たちは顔を見合わせたまま軽く肩をすくめたのだ。
*****************************
「オリー! 担任、大岡でしょ? 災難だったねー!」
始業式が終わり、HRも終わり、さあ今日は早々と下校だ……と思った矢先、教室に飛び込んできた一人の少女がいた。三毛輪廻だ。My妹だ。
「ちょっ……リンちゃん、まだ先生いるからっ……」
思わぬ形で教室中の好奇の視線にさらされることになった『オリ』こと降雪葉織はさっと顔色を失う。それもそのはず。久々に担任を受け持つことになった大岡(先生、以下敬称略)は、気合の入りすぎるあまりHRを大幅に延長して自分の根性論やらなんやらを生徒に熱く語り聞かせていたところだったのだ。マジ迷惑。
うわっ、やっちまったなあウチの妹……。
最大の「災難」はこれからその身に降りかかることをまだ知らない妹のことを多少憐れみつつも、ここは徹底して我関せず。
双子だからという理不尽な理由で俺まで巻き添いを食らっちゃたまらない。ツグルステルススイッチON。俺はごく自然を装って、教壇に立つ大岡の注意を引かぬよう体ごとくるりと廊下の方へ向きを変えた。
その直後……。
「くぉらぁ! 三毛!! 何が『大岡』だぁ!? 何が『災難』だぁ!?」
ほら来た。教室中を激震が襲う。空気がビリビリと音を立て、そこにいた全ての人間が軽く数センチは飛び上がったのではないかと思うほどの恐ろしい怒声が室内に轟いた。
「うげぇ! 大岡……じゃなくて、先生!? えと、今のは他人の空似で……?」
こちらも衝撃のあまりカバンを取り落とす輪廻。余程驚いたのか何やら訳のわからないことを口走っているが、全く弁解になってない。『他人の空似』をもう一度辞書で調べ直して来い。
「ほほう……なるほど、貴様の態度はよぅくわかった。この一年も血反吐が出るまでみっちりしごいてやる!」
「あおーん! それだけはご堪忍をマイマスター!」
輪廻はすかさずその場高速土下座を繰り返す。さすがは鍛えているだけあってその動きにはキレがある。ちなみに大岡はキレている。
俺達F組の担任で陸上部顧問でもある大岡は短髪で筋肉質。上背も相当あり、ゴリラみたいなツラをしている。もちろん裏のあだ名はゴ○ゴ。
「うわ……○ルゴがガチギレしてる」「ゴル○初日から超うっさいんだけど……」と先程からクラスの連中がひそひそと囁き合っている声は、どうも彼の耳には届かないらしい。
「おたくの妹さん相変わらずぶっ飛んでるな、継流」
「おぅっ!?」
そんな喧騒の中、ステルス作動中の俺を難なく発見せしめた一人の男がいた。
こちらもなかなかがっしりとした体格で身長も180近い。だが、声は穏やかで、キレてもいない。
「……ああ、千畳か。おどかすなよ」
彼の名は千畳航。降雪と同じく一年の時のクラスメイトだ。俺、輪廻、降雪、千畳の四人は大体いつも行動を共にしており、まあいわば仲良しグループみたいなもの。千畳はその中でも最も落ち着きがあり、リーダー的存在だと思ってもらえればいい。
……というか、いつの間にこいつは教室に入ってきたんだ?
改めて教室を見まわすと、どうやら輪廻の乱入によりHRは中断したものとみなされたらしい。続々と席を発ち始める生徒達。そろそろ危険が去ったことを確認すると、俺は改めて千畳の方へ向き直った。
「そういや、リンと同じクラスなんだってな」
「ああ、おかげ様で賑やかで楽しい一年になりそうだよ」
千畳はそう言いながら、今もやり合っている大岡と輪廻の方をちらっと流し見た。その様に俺は思わず噴き出しそうになる。だってそれはあまりに千畳の裏の本音がわかりやすく表われていたからだ。
「それは喜んで言っているのか? それとも俺に愚痴をこぼしているのか?」
だから俺がニヤニヤしながらそんな風に聞いてやったら……。
「……両方」
やっぱり千畳は苦笑混じりにそう答えたのだった。
*****************************
その後、降雪の必死の仲裁の甲斐あってなんとか大岡の怒りは収まった。こちらも珍しくプンプンと怒りを露わにした降雪に輪廻はこってり絞られ、「あはは……ごめんごめんー」となんだか反省してるのかしてないのか。
世話になってばっかりの輪廻も、たまにはちゃんと降雪に感謝した方が良い。仕方ない、今度甘いものでもおごるように勧めとくか。
騒ぎが収まると他クラスから集まった野次馬達も三々五々に散って行き、ようやく2年F組にも放課後の雰囲気が訪れる。
「じゃあ俺達も帰ろうか」
千畳がそう口にしたのを合図に、俺達はカバンの紐を肩にかけ直した。
今日のように始業式やテスト期間なんかで部活の無い日は、降雪が乗るバス停まで四人で一緒に帰ることにしている。校門を出てから徒歩10分。大した距離でもないのだが余程の理由が無い限りこれを欠かしたことはない。わざわざ口に出しはしないが、みんなそれなりにこのメンツが好きなんだろう。それは俺も例外じゃない。
「あ、そうだ……」
忘れ物が無いかの最終確認中にふと視界の端に入った"それ"。俺は無意識の内に声に出してしまっていた。
「ん?」
今まさに扉をくぐろうとしていた千畳が足を止め、後ろに続く降雪と輪廻も何事かと振り返る。
あ、いや、そんな大したことじゃないんだけど……。
意図して呼び止めたわけでもないので、こう律儀に反応されると余計に困る。しかしまあ今さら「やっぱり何でもありませんでした」というのもはばかられる気がして……。
「リンさ、俺の机に落書きした?」
そんな突拍子もないことを訊いた。
くだらない、といってしまえばそれまでのこと。新学期早々、俺は自分の机に何かナイフのようなもので削られた跡があるのを見つけたのだ。しかも机表のわりと目に付くところ。これから一年間の長い付き合いになることを思うと、初日からこれはややへこむ。
「へ、落書き?」
……で、当の輪廻に全く心当たりは無い様子。「この人どう見ても日本人だ、って思ってた人に突然英語で話しかけられてマジ意味不なんですけど、私」って顔をしている。
うーん、やっぱりハズレか……。
まあ本気で疑ってたわけではない。輪廻には俺の些細な悲しみエピソードを皆に聞いてもらうための犠牲になってもらっただけ、いわば人柱のようなもの。だけどまあアイツの性格を思えばそれで終わるはずもなかった。
「……なに、その魔女裁判もびっくりな疑われよう! 無理じゃん! 初じゃん! 今来たばっかじゃん! 物理的に不可能じゃん!」
自分にあらぬ嫌疑がかけられていたことに気づいた輪廻がギャアギャアと騒ぎ始める。つかつかとこちらに歩み寄り、今にも俺の胸ぐらを掴みそうな勢いで早口にまくし立てる。
ああ、うっせえ……。
こうなった輪廻はかなり面倒くさい。いや、普段から面倒くさいことは面倒くさいのだが、その面倒くささはいつにもましてかなりくさいのである。もうスカンク級である。
「絶対ありえないよね!? 死んでも無理だよね! ……いや、死んだらそりゃ無理か……じゃなくて! そうじゃなくてっ!」
さすがの俺もこれはミスったとしばし自省。だがそんなことよりも輪廻が「魔女裁判」なんて言葉を知っていたことの方に驚きを隠せなかった。どうした、やるじゃないか我が妹。
「と、に、か、くっ! どれだけ私を悪者にしたいのさぁ! してない! ウチの和室に祀ってある神様に誓ってもしてない!」
「だよなぁ……」
そしてあとはもう七面倒くさい妹は超スルー。自分から話を振っておきながら、すでに俺の関心の半分以上は今日の晩飯予想へとシフトしつつあったのだが……。
輪廻、あれは神様じゃなくて、亡くなったひい爺ちゃん達の仏さんなんだよ……。
そこだけは後でどうしても訂正しておかなくてはと思った。これぞ兄という生き物の悲しき性よ。
「『だよなぁ……』って、そんなサラッと流すんだ!? 謝罪とかない感じなんだ!? なにこれ!? 家庭内言葉の暴力? DV? DVなの!?」
「まあまあ落ち着いてリンちゃん」
輪廻の本気なのか冗談なのかよくわからないテンションがさらにヒートアップしかかったところで、すかさず降雪がなだめにかかる。うん、さすが出来る女は違う。
「で、三毛君? それはどんな落書きだったの?」
よもやノルウェーとアルゼンチンくらい大きく本筋から逸れ始めていた話の軌道修正を試みる降雪。そういえばそうだった、再び集まる皆の視線に俺はゴクリと息を飲む。
そして……
「"ミヤマノカガミイワ"……って何のことかわかる?」
――そう、その一言が全ての始まりだった。
感想、コメントお待ちしております。
続きを書く励みになりますw