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鉄壁の砦?

「お前の弁当、毎日、パないな」

「ああ」

「……なんだ、その薄いリアクション」


 安三がもうお決まりとなった突込みを今日もして、昼飯が始まった。

俺が凄い弁当を毎日持ってくるという事は、夏休みが始まろうとしているこの頃では、日常の中に埋もれた事柄でしかなくなってきていた。

 それは俺にとってはとても好ましいことで、美味い弁当と教室の安穏とを、同時に享受できるようになったという事だ。


 しかも、この弁当のお蔭で、俺の学校の立ち位置がずいぶん変わった。

侘しい昼飯をモソモソ食べていたころは、みんな俺にかかわる時、はれ物にでも触るような感じで、ピリピリした感じだったのが、最近ではそんなことはとんとなりを潜めた。

 なんか問題があって急に転校してきた訳あり家庭の人間というカテゴリーから、色々あっても家庭は円満、今元気に頑張ってる人間、みたいな見方が、現在の教室での俺にたいする見方である。


 お蔭で例の女子グループの女の子たちを初め、新しい友達が増えてきた。


「わーすごいねえ、今日も」


 通りすがりにちらと弁当を覗いてそう言ったのは、その女の子グループの一人、神山千夏である。


「ああ、まあな」

「あたし、その娘に料理、習いたいよ」

「ふうん、そう?」


 あまり考えないで応える俺。神山さんは自分の席につき、集まってた他の女の子にも、俺の弁当について美味そうだったと報告する。


「草ッチのお弁当って、なんか『憧れ』だよねえ」


……草ッチ?? って、俺か?


「そうそう、あたしさ、マジ、草ッチの『お弁当さん』に教えてもらいたいんだよね」

「うん、あたしも」

「だね」


そう言った神山さんたちは、揃ってこっちに顔を向けた。


「こんどさ、行っても良い?」

「どこへ?」

「草ッチの家」

「はぁ?? お、俺んち?」

「つーか、俺も草葉の家、行ったことないし」


安三まで割り込んできた。


「俺んちかぁ?」


 俺は考え込んだ。


 もちろん、俺は俺の家に学校の友達を連れて行きたいだなんて、思っていない。一体、あの前時代的なボロいアパートに友達招いて、どうもてなすというのか。

 確かに、最近は咲菜がピカピカに磨き上げてくれているから、散らかっているという事は無いけれども、どこに通せばいいんだ。部屋はないし……。


 横から身を乗り出してきた安三が、おい、どうなんだと、こっちを見てる。


「正直に言えば、うち、超ボロいよ。きっとみんな来たら引いてしまう……」

「俺たちは、構わないけど…… まあ、おまえが問題アリっていうんだったら、別に無理することないし」


 女子たちも、そっかと首を傾げて考え始める。


「じゃあさ、あたしんち、来ない? 『弁当さん』と一緒に」


 ビックリして神山さんの方に目を受けると、なんか、目が思った以上に真剣で、微妙にビビる俺。


「つーか『弁当さん』って??」

「そんな、決まってるじゃない、その弁当の作者さんよ」

「いいじゃん、それだったらさぁ」

「ね、ね!」


神山さんだけではなく、女子グループの小宮真紀と大森紀香も思いっきり乗り気だ。


「そ、それなら……」


俺が譲歩の色を見せるや、女子たちは沸き立つ。


「やったー、お願いだよ!」

「たのしみー!」

「やった!」


「あ? お、おう」


 全くもって、勢いで持って行かれてしまった。




 話が終わった後は、いつもの風景に戻り、安三は適当な話をして笑わせたり、向こうの神山さんたちも、いつもの感じで盛り上がっている。

 しかし、そんな中で俺は違った。俺は今しがた約束したことが、どれほど危機的な約束だったかを、遅ればせながら理解して、ガクブルしていたのだ。


 もし、このクラスメートたちが、咲菜に会ったらどうなのか。


 咲菜のことを「お弁当さん」などと呼んでいるこのクラスメートたちは、まさかそれが俺らと同じ年の女の子だなんては、思っていない。

 それは、何といっても弁当の出来栄えが、自分たちと同じ高校生の作ったものとは、絶対に考えられなかったからみたいだったが、俺はそんな神山さんたちの勘違いに、これ幸いと乗っかっていた。

 それは言うまでもない、そう思ってもらっている間は、咲菜との関係を勘ぐられることがないと思っていたからだ。


 しかし咲菜が俺と同い年だと分かったらどうなるか。


 二人は一つ屋根に住んでいて、その女の子があの手の込んだ弁当を毎日作って、その上、親は忙しくって、まともに子どものことを監視していない、という状況が露わになると、当然、どんなことになるか火を見るよりも明らかである。


 …… まあ、まさか「結婚してる」などとは言うやつはいないだろうが。

 

 しかしどうしたものだろう……。




 その日はバイト先でも、なんだか上の空だった。自らの身に迫ったこの大問題を解決するまでは、何をするにも手につかない。  

 ほとんどパニックになりそうになった俺は、ポテトのフライヤーのタイマーが鳴り出した瞬間、俺は根本的なことを忘れていたのに気づいた。

 

 ……そうだよ、咲菜が「嫌」って言えばそれまでじゃんか。


 咲菜はずっと、家庭教師みたいにして勉強して、学校にろくに行ったことない。だから、きっと気おくれして、俺の友達なんかと会おうとしないんじゃないだろうか。

 いや、絶対そうだ。俺だったら間違いなく、徹底的に拒否るって。

なあんだと、こんな鉄壁の「セーフティーガード」があったとはと、胸をなでおろす俺。

 いままで思いつめていたのがバカみたいだったと、ホッとした反動で急にハイテンションになって、かやのさんはそんな俺を見て、なぜだかドギマギしていたけど、まあ、いつもの通り家に帰りついた。


 咲菜はいつものとおり、俺がドアを開けるのとほぼ同時に玄関先に飛んできて、俺を迎えた。


「お帰りなさいませ」

「ああ、ただいま」


 最近は出迎えはこれで定着している。初めはこの遣り取り、畏まり過ぎて背中にゾクッと来たものだが、もうないと寂しいぐらいだ。

 すっと差し出された彼女の手に、カバンを託すと、咲菜はそそくさとすぐそばの俺の机に置いた。

 こんな目の前にある机なのだから自分で置けばいいのだが、そうしたら彼女の目がウルウルし出すのでそれはしない。


……まあ、それは良いや。兎に角、懸案から片づけて、咲菜の絶品の夜食にありつこう。

 夕食は要らないと啖呵を切った俺だったが、最近はバイト先で賄い食べた時も、必ず夜食と称して、帰ってから軽く食事をするようになっていた。まあ、カロリーオーバーにならない程度にだが。  

 目の前に出された、美味しそうなおちゃずけを、汗をたらたら流しながら、美味しい美味しいと食べながら、おもむろに話を切り出した。

  

「あのさ」

「はい?」


 荷物を置いて机から戻った咲菜は、いつもと少しだけ違う顔をして自分を呼ぶ夫の声に、首を傾げた。


「今度の土曜日、暇?」

「はい」


 まあ咲菜は、買い物以外の外に出ていないみたいだから、余程のことがない限り暇なのだが。


「実はさ」

「はい」


 俺は今日の昼休み、安三や女子たちとした遣り取りを、咲菜の目の前で再現して見せた。咲菜の弁当にみんなが興味があること、そして女の子たちが咲菜に弁当の作り方を教えてほしいと思っていること。そして神山さんの家に行って、「弁当教室」を開いてほしいと頼まれたこと。

 

「お友達のお宅ですか? …… 良いですよ!」

「え?」


……鉄壁のはずの最後の砦は10秒ともたなかった。 


 

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