表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/28

夕飯

 ……昇太さん、泣いている


 翌朝、彼はわたしの作った御御御付おみおつけを飲みながら、ポロポロ涙を流した。


わたしにはその涙の意味が、何故か分かるような気がした。


 わたしの料理を、うちの家族は皆、垢抜けしなくてつまらないない料理だと言う。

 でもわたしはわたしの料理が嫌いではない。自分で言うのもなんだけれど、ホッとする味がするなと思う。

 

 昇太さんも、ホッとしたのかしら


 もし本当に、ホッとして思わず涙が流したとするなら、心から嬉しいと思った。そう思ったとたん、縁談が持ち上がって以来、ずっともやもやと胸の内にわだかまっていたものが、フッと晴れたような気がした。


 もっとわたしの料理を食べてもっらて、いつか本当はどうなのか、ちゃんと聞いてみたい……。


 それはわたしにとって、とても遣り甲斐のある、取り組みのように思えた。





 昇太さんを学校に送り出し、わたしはそそくさと冷蔵庫の前に立った。

 実家ではシェフがおられるし、料理が「下手」なわたしはしなくても良いということで、あまり料理をさせてもらえない。だからこんな風に自分で冷蔵庫を開くことは、本当にたまにしかない。

 他所のお宅の冷蔵庫を開くのは、失礼かもしれないけれど、その方たちのために夕食を準備するのだから、許してもらえますよねと自分に言い聞かせ、おもむろに冷蔵庫のドアを開く。


 「あら、色々揃ってるのね」


 そう、ここは昇太さんだけではなく、草葉さんのお父様、お母様、ご一家3人が暮らしている。


 それにしても、ここに大人三人が寝泊まりするというのは、大変ではないかしら。


っていうか、ここで暮らすという事は、昇太さんだけではなく、お義父様、お義母様ともご一緒なんだ。二部屋しかないのに、どんな風にして寝起きしたらいいのか、すぐに思いつかない。そんなこと考えていると、ちょっと困ってしまった。


 あら、わたしったら、もうすっかりここに居付くつもりになっている。


 あまりにケロッとしている自分自身に、思わずクスクスと笑ってしまった。





 お部屋をみまわしていると、色々と目に入ってくる。お義父様、お義母様は大変忙しいと聞いている。家の管理は行き届いたとまですることは、やはり難しいんだなと思わせるところがいくらかある。

 じゃあと、失礼にならない程度でと、ちょっと片付けさせて頂くことにした。わたしは手荷物の中からタオルを出して、頬被りする。

 家の中を探しさせてもらうと、すぐに化学雑巾と掃除機が見つかった。わたしはあまり個人的なものは弄らないように注意しながら、あちこちと掃除していく。

 お屋敷は掃除の担当の方がされるけれど、ごく個人的なところは当然自分でする。綺麗になるのはとても気持ち良くて好きなので、掃除はあまり苦にならない。


 そんな風に、日がな一日、掃除に明け暮れたわたしは、気付いたらもう夕方近くになっていた。


「そろそろ準備しないと」


 昇太さんの帰ってくる時間が近づいてきたので、わたしは夕食のことを考え始めた。

 もう男除けの出で立ちを止め、特に○○○の臭いの特製香水は流しておくことにする。

 この香水、今朝は大分効いたみたいで、彼に消しゴムを手渡した時、昇太さんは酷い顔をしていた。

 でも考えてみると、そんな匂いを放つわたしを彼はどう思っただろう。きっと変な想像をしたに違いない。

 今になって、そんなこと止めとけばよかったと後悔してしまう。きっとわたしのこと、どこか壊れた人だと思ったに違いない。凄く恥ずかしくなり一人で真っ赤になる。


 「そ、そうよ、過去のことを思いわずらっても、どうにもならないわ」

 

 ……汚名挽回のために、それこそ頑張らなきゃね!


 わたしは大分綺麗になった部屋を見てよし!というと、兎に角、酷い臭いを落とそうと、お風呂に向かった。




 女の子らしい服など一着も持ってきていない。すぐに嫌われてさっさと帰るつもりだったのだから。センスも可愛さも微塵もないスウェットを泣く泣くきて、少しでもまともに見えるようにしてみた。

 

 限界はあるけど、仕様がないわ。もう時間だ。昇太さんが帰ってくる。






  ガチャ……


 鍵が開いてドアが開いた。静かにあけられる玄関ドアの陰から、怯えて様子がありありと伺えた。

 わたしはため息が出た。どうもわたしは、彼を相当恐ろしい目に合わせたみたいだった。

 しばらく部屋の中を伺っていた彼は、緊張して座り込んでいるわたしを見つける。

 ありありと浮かぶ落胆の顔。わたしは恐れられているだけではなく、相当嫌われているみたいだった。自分のワクワクが穴の開いた風船のように萎んでいくのがよく分かった。


 こんな状態だと、変に親しげにすると逆効果でしょうね。


 わざとある程度距離を取り、無表情で接する。


「夕食は何がいいです?」


 わたしは固い声でそう聞いた。


 一瞬浮んだ驚きの色の中に、少しはにかんだ、嬉しげな表情が混じってくる。

 わたしはその顔を見てほっとした。お前の作ったものなど食べらるか!と言われてもおかしくはないのだから。……もしそうなったら、「分かりました」と引き下がるしかない。

 でもわたしの作ったものを口にして頂けるのなら、もしそれを喜んでいただけるのなら、ここに留まって頑張ってみよう……。





 昨日、初めて直接お会いして、あの写真の頃から後、随分、色々あったんだろうなあと思いました。

 お義父様やうちの父との遣り取りを聞いていて、わたしとの縁談を受けるにあたり、沢山の大切なものを犠牲にされたことも分かりました。

 ここに来るまでにも、あなたを沢山の辛いめに遭わせてしまったわたしです。

 本当に申し訳なく思っています。


 だからこそ、そんなあなたのために、出て行けと言われるその時までは、精いっぱいやってみようとい思います。




 あんなに突っ張っていたのに、あの時の激しい思いはどこに行ったのかしら?


 わたしが料理をする間、静かに座っている彼の気配を感じながら、今までの色々なことを思い出していた。

 大変な日々だった。荒々しい人生の波間でやっと生きていたような日々。翻弄されたわたしの心は、一瞬だって穏やかになったことはなかった。

 でも、そんな嵐も、いつの間にか凪いでいる……。


 なぜ私はこんなに穏やかな気持ちでいれるのだろう。あんなに嫌だった父の意向に沿っているということは、全然、変わっていないのに。

 自問してみる必要もない。答えはすぐに見つかる。その思いは無くなったのではなく、ちゃんと行き場を見つけただけ。

  

 わたし、自分でやってみたいと思ったことを、今、初めてさせてもらえている。


 さあ、出来た。


 「草葉さん、そろそろ夕ご飯にしましょう!」


     

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ