最終話 勇者の見た二度目の未来(アーデルハイド視点)
今回で最終話となります。
二度目の隠者訪問の時のアーデルハイドのお話です。
色々と謎の解ける回かと思います。
二度目の隠者訪問の道中、アーデルハイドは決意していた。
ニコルと出会い話をすることで、己の幸せを求める事をもう躊躇わなくてもいいと思えた。ゆえに、自分の幸せを諦めない決意をしていた。
なぜ改めてそんな決意をしているのか。
アーデルハイドは険しい森を分け入りながら、これまでの旅と一度目に隠者の見せた未来に思いをはせた。
一度目の隠者の力を借りた時、隠者に『想像しうる最良の未来を想像しろ』と言われ、アーデルハイドは魔王を討伐して皆が幸せになる未来を想像した。
しかし隠者の力で見た「皆が幸せな未来の中の自分」は全く幸せそうではなかったのである。
隠者の未来を見せる力は想像よりとても強力で、魔王を討伐した後のずっと先の、自分が死ぬ瞬間までをもアーデルハイドに見せた。
魔王を討伐してすぐは自分も含めみな幸せそうだった。
しかし、討伐から時がたつほど、未来のアーデルハイドは空虚になっていった。
結婚した聖女ジェシカは最初こそアーデルハイドを愛しているように見えたが、次第に彼を自分の所有物のように扱うようになった。
着る服、髪型、生活習慣。彼女はアーデルハイドに全てを自分の要望に合わせるよう強要した。
聖女ジェシカは要望に応えるアーデルハイドを見てとても幸せそうだった。
強く反対する理由も思いつかず、未来のアーデルハイドはそれらを叶え続けていた。
しかし、次第に耐えがたくなったのか、かつての勇者パーティーの仲間二人に相談する事にしたのである。
賢者ルカは国の宰相になっており、多忙だったのか隙間時間での相談となった。
「ジェシカの要望が辛い…ですか?可愛い要望じゃないですが。それくらい我慢して差し上げなさい。あなた方夫婦はこの国の皆の憧れなのです。決して夫婦仲を悪くしないように。これ以上仕事は増やさないでくださいね」
そう軽く言うと賢者ルカは宰相の仕事に戻って行った。
充実した毎日を送っているようで、賢者ルカはとても幸せそうだった。
次に大魔導士ルルに相談した。
彼女は魔王討伐の褒美として多額の研究費用を与えられており、魔導の探求に没頭する毎日を過ごしていた。
研究の片手間に、彼女はアーデルハイドの相談を受けた。
「あー、ジェシカはわがままなところがありますからね。適度にガス抜きしつついう事を聞いてあげる方が面倒は少ないんじゃないですかね。アーデルハイドは元平民だし、いくら勇者でも平時の今は離婚という選択肢は難しいでしょうし。まあ頑張ってください。えっと…ここはこうだから、熱の魔力を…」
大魔導士ルルの思考は、アーデルハイドの悩み相談の事をすぐ忘れ、自信の研究内容に戻っていった。
大好きな魔導に囲まれ、大魔導士ルルは幸せそうだった。
アーデルハイドは人々に助けを求められるのが嫌ではなかった。元孤児だったこともあり身分にこだわりもない。自分を頼ってくれた人の願いを、自分に何か求めてくれた人の希望を、分け隔てなく叶えたいと思っていた。
そうすれば、自分は皆に愛される存在になれると思っていたからだ。
孤児という出自がそう思わせるのか、アーデルハイドは愛されることに飢えていたのだ。
――誰かに強く愛されたい。愛し愛され、与え与えられる関係が欲しい。
――誰かの人生の真ん中になりたい。人生をかけて自分を愛してくれる存在と出会いたい。
聖女ジェシカはアーデルハイドを愛しているつもりだろう。だがアーデルハイドにはそうは思えなかった。彼女が愛しているのはアーデルハイドの外側だけだ。
勇者としての肩書、容姿、民からの人気。
アーデルハイドの内面など興味がないのだ。
賢者ルカと大魔導士ルルも、聖女ジェシカよりはマシかもしれないが、アーデルハイドを何よりも優先したりはしない。
一度目の隠者の力で知ったこの未来に、アーデルハイドは深く傷ついた。
隠者の見せる未来は複数存在していて、細かい違いは様々だったが、どの未来も大きく違わずアーデルハイドを傷つけた。
勇者として椀飯振舞していたはずの人助けも、自分を満たしてはくれない。
人類の存亡をかけて共に戦った仲間すら未来では自分を愛さない。
ならいったい誰がアーデルハイドを愛してくれるというのか。
そう思い始めたら魔王討伐なんてする意味を見出せなくなった。
だからアーデルハイドは隠者の森から拠点キャンプに帰還した時、旅をやめたいと口走ったのだ。
最初にニコルと話そうと思ったのも、隠者の見せた未来を拒絶したいというのが動悸だった。
未来に登場したことない彼女との交流が、未来を少しでも変化させるのではと期待して。
その結果得たニコルとの時間は、あまりにもアーデルハイドの心を満たした。
正直、アーデルハイドは魔王の討伐方法に関しては何の不安もないほどに記憶していた。討伐をより確実なものにするために再度隠者を訪ねる、なんてただの口実である。
――誰かに強く愛されたい。愛し愛され、与え与えられる関係が欲しい。
――誰かの人生の真ん中になりたい。人生をかけて自分を愛してくれる存在と出会いたい。
――自分にとっての特別が、ニコルなのか知りたい。
決意を胸にずんずんと隠者の森を進む。
足取りは軽かった。ニコルとの出会いでアーデルハイドの気持ちは上向いていた。
夢見た理想の未来が見られると信じて、隠者の住む大樹の洞を単身ひたすら目指した。
ひと月ぶりに隠者と会うと、アーデルハイドは自分の知りたい未来を隠者に事細かに伝えた。
彼の話を聞き終わった隠者は、アーデルハイドにこう答えた。
「どこにいるかもわからないお前を愛してくれる存在に至る未来と、そのニコルという娘が特別かを確かめる未来を見ることは、おそらく同時には不可能だ。望むのは自由だが、見られる未来の幅が広がりすぎてあんたが全部覚えていられないかもしれない。それでもいいなら、その条件で未来を見せよう」
隠者の手がアーデルハイドの両眼を覆う。
ひと月ぶりに未来を見初め、未来の自分がまっすぐ拠点キャンプに帰還していくのをアーデルハイドは少し興奮しながら見つめた。
もしかしたら魔王討伐のあとの出会いが自分にとっての最も幸せな出会いなのかもしれないが、最初の道は拠点キャンプへの帰還だ。ニコルへの道は閉ざされていない。
しかし、キャンプについた未来の自分の運命はあまりにも残酷だった。
氷の中に収められた瀕死のニコル。
様子のおかしい仲間たち。
いったい何がどうなっているんだ!
混乱するアーデルハイドをよそに未来はそこから大きく枝分かれしていった。
様々に分岐していく未来の先で、氷の中のニコルは既に死んでいる事、仲間たちがアーデルハイドに魔王を倒させるため、その事実を隠ぺいしていた事、ニコルを殺したのは聖女ジェシカであることを知りアーデルハイドは怒り狂った。
それだけても許せないのに、多くの未来で彼らは魔王討伐の後もアーデルハイドをだまし続け、一度目に見た未来のように過ごし始めるのだ。
未来の自分はニコルを治療しようとあの手この手を模索しているというのに、誰一人すでに死んでいる事実を伝えようとはせず、自分の平穏を守るのに必死だった。
アーデルハイドは絶望した。
自分が仲間と思っていた人たちのあまりの醜悪さに。こんな人間たちにニコルを関わらせてしまった自分の愚かさに。
アーデルハイドは絶望した。
しかしそれと同時に、多くの未来の全てがニコル以外の誰かにつながっていない事、たった一つだけ、ニコルをよみがえらせる未来がある事に気が付いた。
ニコルをよみがえらせ共に生きる未来は、多くの代償を必要とするものだった。
でもその未来の自分が、一番幸せそうに笑っていた。
隣に立つニコルも、仕方がないなといった様子で微笑んで自分を見つめてくれていた。
自分の求める相手はニコルだったのだ。
様々な未来の中で、彼女が孤児だったとき一緒に過ごした幼馴染だったと知った時には泣きそうになった。
アーデルハイドも彼女との別れを覚えていた。
自分が約束を果たせなかったせいで、院長に叱られていた姿は今でも鮮明に思い出せる。
子供の頃から出会っていたのに、俺はなんて大事な存在を逃していたのだろう。
未来を見終わったアーデルハイドは決意した。
ニコルとの幸せな未来のためならば、多くの代償を払おうとも構わない。
必ずすべてをやり遂げて見せると。
まず必要なのは魔王の心臓だ。
再誕の宝珠と呼ばれることもある魔王の心臓は、食した人間を強力な魔族という存在に変えてしまうのだという。
魔族とは強大な魔力と永遠の寿命を持ち、この世で唯一「反魂の秘術」という死者蘇生の術を行使できる存在。
夢物語だと思っていたが、未来を見る限り存在していたらしい。
「魔族に生まれ変わったら反魂の秘術の贄に聖女ジェシカを使って…、ニコルにも魔族になってもらわねば死に別れてしまうから、心臓は残しておかないといけないからルルにも協力させて…、人の世に溶け込むにはルカの手も借りないとな…」
ぶつぶつとつぶやきながら拠点キャンプへの帰路に就くアーデルハイドの背中に、もう迷いはなかった。
彼の歩む先には、ニコルとの幸せな未来があるのだから。
初めての小説で読みにくい部分も多くあったかと思います。
聖女ジェシカのざまあ回は特に執筆予定はございませんが、もし要望がありましたらチャレンジしようと思います。
最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。




