第四十話 アスラの郷
「ようやく、着いたね」
「うん……!」
先頭を歩くルナに追いつき、その景色に思わず息が漏れた。
厳しい自然に覆われた中には、主に木材で建造された建物が所狭しと並んでいる。
教皇の宮殿のように華美な装飾ではなく、むしろ最低限の装飾しか施されていないが、それが逆に素朴な美しさを引き立てているようであった。
建物からは時折訓練を受けていると思しき少年たちの声がここまで響き渡っていた。
ここがエニル国の中でも最強と呼ばれる戦士を育成する主要都市。
アスラの郷。
「よく来てくださいました、勇者殿」
「ガンセツ将軍、こちらこそ出迎えて頂きありがとうございます」
僕たちを出迎えてくれたのは、将軍と呼ばれる王都では騎士団長に相当する地位の老人だった。
しかし、只者ではないことは、会っただけで分かる。
彼の肉体は巨岩のように隆起していて、身長はそう違わないはずなのに、まるで巨大な山脈が目の前に聳え立っているような錯覚さえ覚えた。
大小様々な傷が刻まれているが、一際目につく顔の傷は頭を両断するように走っており、ガンセツ将軍が戦った争いの激しさを物語っているかのようなであった。
彼に対するルナはいつも通りに仮面を被っていて、その表情は窺い知ることができない。
けれども、どこか緊張しているようにも見えた。
そんなルナに対し、ガンセツ将軍はにかっと、その緊張をほぐすように微笑んだ。
「すまない、すまない。威圧する気はなかったが、あいにく生まれついてよりこのような顔であり、周囲から怖がられることが多くてな。だが、勇者殿のお噂はかねがね伺っております。何でも、すでに七魔であるバイゼル、イルゾーストを討伐していると。素晴らしい功績ですな!」
「いえ、仲間たちのおかげです」
「はっはっはっは。仲間、ですか。確かに素晴らしい。各都市の優秀な人材を選んでいるだけありますな。皆、若いにも関わらず能力も高い」
そう言うと、ガンセツ将軍はスネイルさん、リリィさんを見つめていく。
だが、最後に僕を見た彼は訝しそうに眉を顰めた。
その視線はどこか探るようでもあり、背筋に悪寒が走った。
「ガンセツ殿。本日伺ったのはお話がありまして」
ルナがガンセツ将軍の視線を遮るように僕との間に割って入った。
……なんだ、今どこか不自然だったような。
「分かっています。戦士の選定ですな」
「はい。私たちには、優秀な仲間が必要なのです」
「こちらへ。すでに選定は終わっていますが、今はあいにく修行中でして。そこまでご案内いたしましょう」
ガンセツ将軍に連れられ、僕たちは街の中を移動していった。
途中通り過ぎた市場には様々な人が溢れかえっている。けれども、こちらを見る人々の瞳はまるで歴戦の兵のように鋭い。
思わず剣に手が伸びてしまいそうになった。
「はっは。失礼。皆の者、勇者殿に失礼はいかんぞ」
ガンセツ将軍が豪快に笑い飛ばす。
しかし、その目は笑っておらず、それを見た人々はルナから目を逸らし、そのまま通り過ぎていった。
「すみませんなぁ。郷の者は皆幼少の頃より戦士の修行を重ねており、それゆえか相手を見る時はその者の能力を推し量る癖があるのです。どうか、気を悪くしないで頂きたい」
「いえ、流石はエニル国最強と名高いアスラの郷。知識として聞いてはいましたが、民の一人一人が戦士とは。恐れ入りました」
「はっはっは。勇者殿にそう言っていただけると、戦士冥利に尽きますなぁ……もうそろそろです」
ガンセツ将軍が訓練所と思しき場所の扉を開ける。
すると――
「「「「ハァッ――――!!!」」」」
まるで雷が目の前で落ちたと錯覚するほどの圧力に全身を叩かれた。
これが、戦士の修行。
「皆の者、修行止め!!!」
ガンセツ将軍の一喝で、それまで一心不乱に取組んでいた少年少女達が一斉に手を止め、こちらを見る。
先ほどと同じ、いやそれ以上に鋭く殺気が全身を貫いたようだった。
「勇者殿が我がアスラの郷に参られた。ジーク、ここに」
「はい」
一人の少年が前に出た。年は僕やルナと同じか少し上くらいだろう。
まだ子どもの面影を残しているものの、纏う空気は強者のソレに他ならない。
身長は縦にスラリと長いが、痩せているわけではなく、一見細身に見えるその身体の内には鋼のように鍛え上げられた筋肉が閉じ込められているのが見てとれた。
その身のこなしは優雅で、歩幅は静かに、しかし力強い歩調を刻んでいた。
彼の髪は王冠のように金色に光り、一歩近づくごとに風に揺れ、上質な絹のようにさらさらと跳ねていた。
こちらを見つめる瞳は碧い海の底を思わせる深さで、強い光が宿っている。
その瞳の中では、自分が情けなく映って見えた。
彼はこちらまで歩いてくると、ルナ、リリィさん、スネイルさんへとゆっくりと視線を向けていく。
何かを推し量っているのだろうか。
その視線が僕に向かうと、一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべた。
「将軍、勇者殿。俺はジークといいます。仲間の方々も以後、お見知りおきを」
「ジーク殿。初めまして。私は勇者ルナリアスです。こちらこそ、よろしくお願いします」
ジークと呼ばれた少年は、将軍の声に表情を一瞬で消すとルナへと手を差し出した。
ルナもこれに応じ、両者が固く握手を交わした。
両者の常人離れした美しさもあって、まるで絵画のようだ。
そんな光景に思わず周囲が見惚れていると、それを引き裂くように豪快な笑い声が響き渡った
「はっはっは。若人同士、親睦を深めるのは良いことですが、周囲を置いてきぼりにするのはいけませんな」
「も、申し訳ありません、将軍」
「私も失礼いたしました」
将軍は謝る二人を手で制する。
「さあ、謝罪はそのくらいでいい。それよりも、互いに自己紹介をせんとな」
「分かりました。神官のスネイル、魔法使いのリリィ……それと」
ルナはなぜか、僕の前で言い淀む。
その先を言おうか迷っているかのようだ。
けれど、意を決したかのように口を開く。
「ウィル。私が危機になった時にいつも助けてくれる私の大切な友達です」
その言葉に、ジークをはじめとした道場の面々の表情が驚きに染まり、そして――
「……今、なんと言いましたかな?」
今までにこやかな口調で話していた将軍が声を震わせていた。
それは、胸の内から込み上げる怒りを何とか抑えようとしているようだった。
「ウィルは、私の大切な友達です。これまでも多くの危機から私を――」
「そんなことを聞いているのではない!!!」
将軍が床を踏み砕く。木目がひび割れ、粉じんが舞い上がる。
額には青筋が浮き、瞳は燃えるように赤く染まっていた。
「勇者一行は、勇者、神官、魔法使い、戦士の四人と決められているはず。それは王都の人間であるあなたが一番分かっているのはないですかな?しかも、見るからにその少年の能力は著しく低い。この郷の子供にも劣る。そんな者が勇者一行の仲間に加わってなど良いはずがない」
声は低く、しかし言葉の端々に鋭い刃のような響きを帯び、周囲の空気を一気に張り詰めさせた。
勇者一行が四人と決まっている?
どういうことだろう?
困惑している間にもどんどんと話は進む。
「今すぐその少年を仲間から外すべきです」
「それは嫌です」
「魔王討伐の任務は、子供の遊びではないのですぞ。情が湧いて仲間から外せないというのなら、私が――」
将軍に指が腰にかけた剣に伸びる。
その瞬間、雷のような光が煌めき、遅れて静かな道場に金属の音が鼓膜を叩いた。
「何のつもり、ですか……?」
ルナは怒りを抑えるように、震えながら言葉を絞り出していた。
いつの間にか、ルナは僕のすぐ横にいた。
その手には聖剣が握られており、僕の首筋に迫ろうとしていた剣を寸でのところで遮っていた。
もし、あとほんの少しでも遅れていたら、僕の首は両断されていただろう。
その剣の持ち主――ガンセツ将軍は、冷たい眼光で僕たちを見下ろしていた。
「何、実力を試そうとしただけです。ですが、もうそれは分かりました」
ガンセツ将軍は剣を納めると、失望したように溜息をついた。
「加減した一撃に対して、防御や回避どころか気づくことすらままならない。そんな子供に、勇者一行の仲間など務まりませんぞ。全く、七魔を二柱落としたと聞いてようやく我が郷の戦士に値する勇者が生まれたかと思いましたが、どうやら期待外れだったようですな」
「……」
淡々とした口調で失望を隠そうともしないガンセツ将軍に、ルナは奥歯を噛み締めるように俯いていた。
「――やめて下さい」
気づけば、そんな言葉が出ていた。
「ウィル……?」
ルナの心配そうな瞳が視界の端に映る。
申し訳ないな、と思う。
ありがとうとも、情けないとも思う。
けれどそれ以上に今、心を占めているのは……
「僕のことを悪くいうのは構いません。だけど、ルナリアスを馬鹿にすることだけはやめて下さい」
目の前に立つガンセツ将軍の視線は酷く冷たい。
まるで抜き身の剣を喉元に突きつけられているような圧を感じた。
だけど、引き下がるわけにはいかなかった。
ここで引き下がってしまっては、この先一生ルナのそばにいることができないと思ったから。
「……くっくっく」
その空気をパン、と針で突き刺すように笑いを堪えきれなずに漏れ出た声が周囲に響いた。
「あ――はっはっは!!!やるな、お前!」
その声の持ち主は、戦士代表に選出されていたジークだった。
端正な顔を悪戯っぽく歪めながら、彼は口を開いた。
「……ジーク」
「いや、彼は面白いですよ将軍。強さはともかく、将軍の圧に負けずに言い返せる奴なんてほとんどいないでしょ」
彼は腰に帯びた剣を引き抜く。
異様な剣だった。
柄は漆のように艶のある黒色。
刀身は太陽の光を発しているように、黄金の輝きを放っている。
その刀身には、何かの呪文のような文字がまるで紋様のように記されていた。
「コイツも、お前の実力を見たいってウズウズしているしな。だからさ、俺と試合をしてみないか?」
「ジーク!」
ガンセツ将軍が鋭く叱責した。
「分かってますよ、真の戦士は無闇に力を振るわないって言いたいんでしょ。だけど、俺たちは彼の実力が気になって仕方ないし、勇者様達だって俺の実力を知りたいわけでしょ。なら、試合が一番手っ取り早いと思うんですよね。勇者様もどうですか?勿論、怪我をしないように加減しますから」
その言葉に、仮面の奥でルナがムッとしたことが分かった。
「それはやめ――「お願いします」ウィル!?」
僕の言葉にルナが驚いていた。
スネイルさんもリリィさんも驚いているようだった。
「僕も知りたいんです。今の自分がどれだけあなたと差があるのかを」
「へぇ、いいね。そう来なくちゃな」
この時の戦いで僕は思い知ることになる。
彼の実力を、自分の実力を。
そして何より、勇者一行に選ばれるとはどういう意味を持つのかと言うことを。
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