第三十八話 魔法剣士
夜の闇を雷の青白い光が瞬く。
わずか一瞬の出来事であったものの、それを見たルナの目は驚愕したように見開かれてた。
「これって……」
「うん、君と初めて出会った時に見た雷鳴剣の再現。魔力を練り上げる上で、そのイメージの土台になる記憶を思い出したんだ。忘れられない大切な思い出を。それが、僕にとっては君と出会ったあの夜なんだ」
手にした剣を見る。
まだ、わずかな雷を帯びている。あの時目にした雷鳴剣には遠く及ばない。けれど、いつかルナに追いついてみせる。
そう誓おうとして、ルナを見ると頬を真っ赤に染めて俯いていた。そのさらに後ろでは、リリィさんが今にも天に召されそうな恍惚とした表情を見せていた。
「ルナ、どうしたの?」
「〜〜〜!!!うるさい、黙れ!!!」
ドンッ、と突き飛ばされる。
ルナは怒ったように後ろを向いて、いくら話しかけても振り向いてくれない。リリィさんは相変わらずだし、どうしようかと迷っていると――
「ウィルには、魔法剣士の素質があったのかもな」
いつの間にか後ろにいたスネイルさんに声をかけられた。
「魔法剣士って何ですか?」
「その名の通り、剣術だけじゃなくて魔法や奇跡などを用いて戦う万能型の剣士のことだ。まぁ、歴史の影に埋もれてもう名前もほとんど知られてないけどな」
「?……どうして、埋もれてしまったんですか」
「理由は、大きく分けて二つある。まず第一に、難易度が高い。魔法剣士として一流になるためには、剣術、魔法、奇跡をバランス良く修行していく必要がある。一つだけでも極めるために膨大な時間と金。そして何より才能が必要になるんだ。三つも同時にできる奴なんてほとんどいない。俺だって、一度は試そうとしてみたが武術を少し齧るだけで精一杯だった」
スネイルさんは、過去を懐かしむように目を細めた。
「次に――これがいちばんの理由だが、魔法剣士という職種自体がそこまで強くない」
「そう、何ですか?」
「ああ。剣術、魔法、奇跡。三つ使えるとなれば聞こえはいいが、極めるとなれば話は別で、実際は器用貧乏になりやすい。というか、三つ同時に極めるなんて普通の人間には絶対に無理だ」
「何故ですか?剣術はともかく、魔法と奇跡ってどちらも魔力を使う技術ですよね。実質二つくらいなら、できそうですけど……」
僕の質問にリリィさんとスネイルさんが苦笑いを浮かべた。
「ウィル。一流の槍使いが目の前にいたとする。そいつがある日、武器を槍から大槌に変えたとして、果たして同じ実力を発揮できるか?」
頭の中に槍使いの戦士が浮かぶ。彼は筋肉が無駄なくついていて、槍捌きは目に見えないほどに速い。その彼の武器を大槌に変えてみると――持ち上げることも難しそうだった。
そうか、そういうことか。
「無理です。同じ戦士でも、扱う武器によって最適な筋肉の部位や量が全然違うから」
「そうだ。そして、それは魔法と奇跡にも言える。同じ魔力を扱う技術ではあるが、用途によって必要な魔力回路が全く異なる。そして、その差異は、技術を極めていくほどにより顕著になりやすい。だから、三つ同時に極めるなんて無理なんだ。それこそ、できるとすれば勇者くらいなもんだよ」
「ルナが……?」
「初代勇者エニルは魔法、奇跡、剣術全てを極め、無敵の強さを誇った。そのためか、勇者に選ばれるのは同じ素養を持った奴が多いんだよ」
「ふふん、まあそうだね」
突然話を振られたルナは、びっくりしたような表情をしていた。
ただ、自分が褒められていると思ったのか得意げに鼻を小さく鳴らしていた。
(なんか、ムカつくな……)
「まあ、とにかくだ。魔法剣士の選択自体は悪くないと思っている。さっきは、難易度も高い割に強くはないと言ったが、それだって活かし方次第だ。今から一つの道を極めようとしても、時間が足りない。お前は頭も悪くないし、三つをバランス良く鍛えて状況に合わせて使い分ける戦い方は合っていると思うぞ」
「私もそう思いますわ」
リリィさんが言う。
「ウィルは雷球を習得しようとして、その派生である雷光を覚えました。おそらく、ウィルにとって魔法は指先や杖ではなく、剣から放つものというイメージが染み付いているのでしょう。であるならば、魔法剣士という選択は適しているように思います」
その言葉に疑問が湧く。
「魔法って杖から出したほうがいいんじゃないですか?」
「ええ。杖は始祖であるアリス様が好んで魔法の媒介にされていただけです。中には指輪や水晶など、別の道具を媒介にする魔法使いもいますわ」
「そうなんですね」
魔法剣士。
剣術、魔法、奇跡を操る万能の剣士。
心にストンと落ち着いたような、そんな気がした。
「ねぇ、魔法剣士ってことは、一応剣術が基盤ではあるんだよね?」
「まぁ、一応そうじゃねぇか?」
「……なら、いいか」
ルナは一言呟くとこちらを向いた。
何がいいんだろう?
「ウィル。私はウィルに必要だと思うことがあったんだよ」
「何?」
「ふふん、それはね……必殺技だよ!」
「必殺技……何それ?」
「ええ、知らないの。冒険小説じゃ鉄板だよ?相手を必ず殺す技。奥の手みたいなもの!」
ルナは信じられないといった表情で力説した。
物語では常識らしい。知らなかった。
「ウィルは、この数ヶ月で防御は上達した。けど、逆に攻撃についてはお粗末だよ。何故なら、ウィルは攻撃の軸がないから」
「軸?」
「そう。斬撃も刺突も、回避やカウンターも。ウィルは全ての技を器用にこなせるけど、裏を返せばどれも中途半端で決め手に欠ける。そして、それは君自身も分かっているから、自分から攻められず、後手に回ってしまう」
ルナの指摘は核心を突いていた。
実際、誘拐犯達との戦いでは、彼ら自身が攻めてきてくれたからバレなかったものの、もし見に回られていたら、確実に弱点が暴かれていた。
「だからウィルには攻撃の軸になる必殺技を……雷鳴剣を教える」
「雷鳴剣を!?」
勇者の代名詞とも言える技だ。雷を斬撃とともに敵に叩き込む。
文字通り、相手を殺すことができる強力な技だった。
果たして僕に出来るだろうか――いや、できるできないじゃない。やると決めたからには、必ず習得してみせる!
それを伝えるとルナの笑みが深くなった。
修行開始だ。
「よし、まずは魔力を剣に集める。全身から、まずはゆっくりと」
「うん!」
正直、これはまだ苦手だ。
身体強化とは異なる魔力の使い方に身体が慣れていない。けれど、雷光を発動できるようになってから、少しではあるが魔力の新たな使い方が分かって来たような気がする。
「よし。魔力が集まってきたら、それを――こうするんだ。雷鳴剣!!」
真昼かと見紛うほどの雷光が夜空に輝く。
それは一筋の光となって、目の前の大木を焼き斬った。
「……」
「どう?分かったら、次はウィルも実際に「ちょっ、ちょっと!」……何?」
ルナは怪訝そうに聞き返した。
けれど、聞き返したいのはこっちの方だ。
「えっと、魔力を剣に集めたらどうすればいいの?」
「?……見れば分かるでしょ」
「いや、分かんないんだけど」
「ええ――、仕方ないなぁ。全身の魔力を剣に集めるでしょ」
「うん」
「それをグイッとしてバチバチっとさせて、バーン!って放出するんだよ」
……分からない。
これって僕だけなのだろうか。
そう思い、スネイルさんとリリィさんを見ると、二人とも目が点になっていた。
前の魔力操作の説明の時も思ったけど、ルナは剣術と比べて魔力についての説明がもの凄く雑だ。聞いたところによると、勇者になる前から魔力操作については、他人のやり方をすぐに模倣できたため、きちんと習わずにいたらしい。
「さぁ、頑張るよ!」
こっちの考えも知らず、ルナは楽しそうに笑っていた。
……何とか、やるしかない。
そんな思いを抱えながら、剣を握るのだった。
※
「リリィ、あんたすげえな。ウィルがこんな短期間で魔法を使えるようになるなんて、思わなかったよ」
「私はすごくありません。魔法はイメージの世界。それほどに彼の思いが強かったということでしょう」
ウィルが雷光を習得してから数日後の夜。
焚き火を囲いながら、スネイルとリリィが話していた。
私は、それを横目で見ながら学院都市で買った味が七つに変わる七色キャンディーを食べていた。
おいしい。
「にしても、ウィルの魔力属性が雷とはな……」
「意外そうだね」
飴を飲み込まないように舌で転がしながら聞く。
それに対し、スネイルがやや怪訝そうな表情で答えた。
「雷っていえば、五大属性の中で最も希少なんだぞ。知らないのか?」
「そうなの?」
「はい。他の水や炎、風、土と違って日常生活で触れにくい分、使い手がイメージしにくく、発現しにくいとされています」
「ウィル、やったじゃん!」
「ところが、そう甘い話じゃない。速度と殺傷力に秀でている分、攻撃性能は五大属性随一だが汎用性に欠け、扱いも難しい。まるでどっかの誰かさんみたいだな」
皮肉混じりにスネイルさんが言う。
確かに。
ウィルも難儀な属性を引いたな。
「すみません!私、面倒臭い女ですわよね……」
「い、いやアンタのことを言っているわけじゃ」
「あ、スネイルがリリィを泣かせた!いっけないんだ――」
皮肉が別方向に効いてしまったことに焦るスネイル。落ち込むリリィ。
やっぱり、二人は面白い。
二人のやり取りを聞きながら、私はそっとその場を離れた。
「雷鳴剣!」
夜の帳が降り、満ちた月のみが地上を優しく照らしている。風もなく、獣さえも寝静まり、まるで時間が止まったかのような静寂の中を一人の少年の声が引き裂く。
声と共に振り下ろされる剣には青白い光がわずかに瞬いているが、雷鳴剣のように強力な雷を発することはできてない。
けれども、ウィルは構うことなく一心不乱に剣を振り続けていた。
ひたむきに。
ただ、ひたむきに。
幾百も、幾千も。幾万も。
武器なんて、怖くて見ることすら嫌だったのに。
剣を振り続ける彼を見ることが、私は好きだった。
やがて疲れたのだろう。
ひとときの休憩をする彼の背後にこっそりと近づいていく。
狙うは、その無防備な脇腹。
あと少し。
あと、ほんの少し――
「隙あ――」
「どうしたの、ルシフェナ?」
「えっ……」
「久しぶり」
ウィルは何でもないかのように、ルシフェナにそう言った。
次回より新章開始のため、準備のために一月ほどお休みさせて頂きます。
よろしくお願いします。




