第三十七話 魔法
「ウィル、魔法を習う気はありませんか?」
夕食を終え、剣術の修行を行おうとしていると、リリィさんに声をかけられた。
予想外の提案に固まっていると、ルナがそれに反論した。
「ちょっ、ちょっとリリィ。何考えてんの、本気?」
「ええ。私、魔法に関して冗談を言ったことは一度もありませんわ」
「無理だよ。だって、剣術に奇跡。それに加えて魔法を習うなんて詰め込みすぎだよ。ただでさえ睡眠時間を限界まで削っているのに、これ以上はウィルがもたない」
悔しいが、ルナの言う通りだった。
魔法を習うことも考えなくはなかった。けれど、正直剣術と奇跡がどちらも十全に身に付いているとは言い難い中、ルナとスネイルさんの修行だけでは不十分だからと魔法を習うなんて自分の修行不足を言い訳しているようにも思えたし、欲をかいて中途半端になってしまう危険も考えると、言い出すことはできなかった。
「確かに詰め込みすぎですわね」
「でしょ?だったら――」
「けれど、彼には必要なことと思います。失礼ですが、ウィルの修行は最近行き詰まっているのではありませんか?」
「!?……」
核心を突かれて、一瞬呼吸が止まる。
それは横にいたルナも同様だった。
それは事実だった。
奇跡はようやく傷口に薄皮が張るようになっただけで実用性が低いままだし、剣術だって多少はマシになったが、魔力操作もしていないルナにまだ一撃だって入れられていない。
「そうだな。確かにウィルは今、伸び悩んでいるし魔法に触れておくのも良いかもしれない」
「スネイル、でも……」
「ルナ。ウィルを心配するのも分かるが、決めるのはウィルだ。ウィル、お前はどうしたい?」
「僕は……」
正直、怖い。
魔法を習うということは、剣術や奇跡の修行から逃げるようなものだ。
不誠実なのは言うまでもないし、もしそこでも芽が出無かったらと思うと怖い。
けれど、このままでは何も前に進まない。
少しでも前に進みたい。強くなりたい。
だから――
心配そうにこっちを見るルナに背を向け、リリィさんに向き直る。
そして、頭を下げた。
「リリィさん、僕に魔法を教えて下さい」
※
「さて、まず魔法を教える前に一つ確認です。ウィルは、魔法とはどのようなものと考えていますか?」
それから少しして。
リリィさんと僕は手頃な岩に腰かけて一対一で向かい合っていた。
夜は闇が深くなり、近くにある焚き火の炎がわずかに照らしてくれている。
けれど、そのわずかな光の中でも彼女の顔が真剣なのことがよく分かった。
「えっと、炎や雷、風とかを操って相手を攻撃する、もの……ですか?」
「成程……戦いの中で魔法を見てきたウィルらしいですわね」
「駄目、でしたか?」
「いいえ。人の想像に良いも悪いもありません。ただ、ウィルの魔法に対する認識を知っておいた方が指導がしやすいからお聞きしたのです」
彼女は人差し指を一本立てる。一呼吸置いて、その指先から炎が漏れた。
炎は踊るようにゆらめいていき、やがて小さな球を作った。
「火球。属性によって呼び名は異なりますが、いわゆる基本魔法の一つです。ウィルには、今日までにこれを習得してもらいます。そのためにも、まず自分の魔力属性を知ることから始めましょうか」
「魔力属性?」
「各個人が魔力を扱う上で、最も想像しやすい属性のことです。魔力を効率良く運用するためには、より明確な形を想像する必要があります。先人達は、自然を形作る炎、水、土、風、雷にそれを見出したのです。スネイルさんであれば炎、ルナは雷ですわね」
「今日、ですか?」
「はい。何か問題が?」
「いえ、何ヶ月も修行している初級の奇跡もまともにできないのに、そんなに簡単に基本魔法が習得できるのか自信がなくて」
「ウィルならできると思いますよ」
「えっ……?」
リリィさんは、安心させるようににっこりと微笑んだ。
「あなたは、修行と実戦を経て魔力操作が身についています。多くの場合、ここに最も時間と才能を要するのです。これは、とても大きなことですわ」
「でも、奇跡が……」
「あなたは勘違いしているようですが、奇跡と魔法を比べれば、奇跡は圧倒的に難易度が高いものなのですよ」
「どういうことですか?」
「ウィル。魔力の原則として、破壊よりも創造の力に魔力を多く消費し、より繊細な技術が必要とされます。ましてや、人体のように複雑な組織を創造・治癒するなんて、最も難易度が高い技術なのです。あなたは、不完全とはいえ奇跡を使用できています。ですから、そんなに自分を卑下しなくても良いのですよ」
彼女は人差し指再び立てる。
導かれるように、指を立てた。
「集中して下さい」
「はい」
「魔力を指先に集めて、球状に固めてそれを放つ際にあなたが最も想像しやすい属性を思い浮かべて下さい。詠唱は『魔力よ、収束し我にその姿を見せよ』です。そして現れたその属性こそが、あなたの魔力属性です」
「はい……!」
魔力を指先に集中する。ゆっくり、ゆっくりと指先に力が集まっているのが分かった。
今まで全身に纏わせていた魔力を指先に集めるのは、思っていた以上の集中力を要したが、やるしかない。
「魔力よ、収束し我にその姿を見せよ」
徐々に魔力が小さな球状に形を成していった。
しかし、これ以上進まない。
おそらく、この先に進むために必要なのが、魔力属性の自覚だ。
考えろ。
自分にとって、最も想像しやすい属性は何だ。
考えて。
考えて。
考えて。
「くっ……」
パチン、という小さな音ともに魔力が弾け飛ぶ。
全身から力が抜けて、地面に仰向けに倒れ込んだ。
「魔力の収束と、属性を想像すること両立が難しかったようですね」
リリィさんが倒れた僕を抱えながら冷静に観察していた。
回復薬を手渡され、口に含む。
良質な物なのか、身体の隅々まで一瞬で行き渡り、乾いた喉に水分を流し込んだような清々しい気持ちになった。
「すみません。すぐにもう一度」
「お待ちなさい、ウィル。少し休憩しましょう。ルナとの修行を見ていて思いましたが、あなたは無理をしすぎです」
「でも、無理でも何でもしないと、僕みたいな人間は――」
「自分を卑下するのはおやめなさい」
ピシャリと彼女は言った。
「私もかつてはそうでした。怪物と評された姉といつも自分を比較して、追い込んでばかりいましたわ。けれど、そんな中で魔法の修行をしても、ちっとも楽しくありませんでした。むしろ学べば学ぶほどに苦しくなるばかりでしたわ」
苦い記憶を思い出すように、彼女は言う。
「ウィル。あなたは今、修行が楽しいですか?」
「……いいえ。苦しい、です」
「そうですか。では――」
彼女は微笑むと、杖を一振りした。
すると――
「すごい……」
そこには、信じられない光景があった。
水の妖精がキャッキャと笑いながら星々が煌めく海を泳いでいる。
その光景に圧倒されていると、そのうちの一体が顔の前まで降りてくる。
何だろう、と思っていると思いっきり息を吹きかけられた。まるで暴風雨のような勢いに髪が逆立ち、仰向けに倒されてしまう。それを見て妖精がさらに愉快そうにキャッキャと笑っていた。
ムカついて捕まえようとするが、妖精は風に乗ってあっという間に天高く昇ってしまう。
仲間と一緒に楽しそうに笑い転げる彼らにムッとしていると、夜空に炎があがる。
怒れる炎のドラゴンが空の支配者は自分だと誇示するように咆哮した。
ドラゴンが妖精に向かって熱息を打ち出す。
妖精も負けじと水の障壁を展開し、炎と相殺しあう。炎は白い蒸気へと変わり、爆音とともに爆ぜた。
「危ない!」
爆発の勢いがここまで迫ってくる。
咄嗟にリリィさんを庇う。
背中を炎が襲う。そう思った。けれど……
「大丈夫ですわ」
リリィさんの声に上を向くと、土が天蓋のように僕らを覆い守ってくれていた。
「三、二……一」
パチン、とリリィさんが指を鳴らす。
天蓋に亀裂が走り、外の景色が飛び込んでくる。
「すごい……」
風が舞っていた。
竜巻のように周囲の水分を巻き上げながら、天高く昇っていく。
小さな水滴が肌に当たって心地よい。
そして、最後を締めくくるように色とりどりの雷が夜の闇を明るく照らしていて、まるでシリウス座の魔法劇のようだった。
「あら、シリウス座を観に行ったことがあるのですね」
「はい。ルナと二人で観に行きました」
「二人!?……そ、それはデ――」
――バチン!!!
突然、リリィさんが自分で自分の頬を引っ叩いた。
頬に跡が残るほどの強い衝撃だったにも関わらず、こちらを向くとニコニコと笑みを浮かべていた。
(えっ、怖……)
「失礼いたしましたわ。頬に虫が止まってしまって」
「そ、そうなんですね……」
「ウィル。その話、後で詳しく」
リリィさんがニコニコと笑みを浮かべていた。何だか、圧が凄い。
頷くと、リリィさんは切り替えるようにコホン、と咳をついた。
「今の光景は私が実際に観たシリウス座の演目の再現ですわ……私が魔法に魅了されたきっかけでもあります」
「どういうことですか?」
「私、幼い頃は魔法が大嫌いでした。どれだけ魔法を勉強しても、優秀な姉には何一つ及ばず、両親は私の方を振り向いてもくれませんでした。当然、魔法なんて好きになるはずもなく、ただただ虚しい日々を送っていました。そんなある日、姉が私をシリウス座に連れて行ってくれたのです」
「お姉さんと仲が良かったんですか?」
リリィさんが顔を横に振る。
「全く。というより、むしろ嫌ってさえいましたわ。それに姉は無口で人を寄せ付けず、何を考えているのか分からなくて不気味な人でした」
「そんな人とよく行きましたね」
「ある日、姉がいきなりシリウス座の鑑賞券を取ったから、一緒について来いと言ってきたのです。記憶にある限り、あれが姉との初めての会話でしたわ。驚いて声も出ないうちに着替えさせられ、シリウス座へと連れていかれました」
「強引だけど、良い人だったんですね」
シリウス座の鑑賞券といえば、高額で中々手に入らないはずだ。
と、思ったのだがリリィさんはまた顔を横に振った。
「私もそう思いましたが、予約席の隣には姉と同年代の殿方がいました。私は、その方と仲良くするための口実にされただけだったのですわ」
(不憫すぎる……)
「正直、姉の思惑に気づいてからは浮き立った気持ちも落ち込んで早く帰りたい気持ちでいっぱいでした。ですけど、シリウス座の素晴らしい劇を見て変わったのです。一晩で魔法への価値観が塗り替わるほどの美しい演目。あの光景を見て、私は魔法を知りたい。もっと上手くなってみたいと思えたのです」
「……」
「ウィル、あなたにもあるのではないですか?あなたにとって忘れられない思い出が。あなたにとっての原点が。魔力は想像力、自分を形作る思い出は、属性と強く結びつきます。それを思い出すことができれば、魔法自身が、あなたに応えてくれるはずです」
「……やってみます」
目を閉じ、集中する。
思い出せ。
自分にとっての原点。
忘れられない思い出を。
両親の笑顔。
魔族の襲来と二人の死。
虚しい日々。
これまでの十四年という短い時間の中で重ねた時間が浮かんでは消えていく。
一つ一つが現在を形作る大切な記憶だ。
その中で、最も心に焼き付いて離れないのはあの景色。
「……よし」
魔力を練り上げていく。
それはまるで、暗闇の中でか細い糸をたぐり寄せていくような繊細な作業だ。
さっきはできなかった。
けれど、今度は違う。
できるという確信があった。
「ウィル。あなたならきっとできます。私は魔法について冗談を言ったことは一度もないのです」
「はい……!」
リリィさんの言葉に励まされ、さらに魔力が活性化していくのが分かった。
そして――
※
「――で、魔力の属性は分かったの?」
魔法の修行の時間が終わり、剣術の時間となった。
ルナは剣を握らず、少しだけ顔を背けて聞いてきた。
興味があるのに、興味がまるでないような素振りに少しだけ笑ってしまう。
「笑うな!んで、剣術との時間を少なくしてまで魔法を修行して、成果は出たの?」
「うん!」
「えっ……」
表情が固まったルナを尻目に剣を抜く。
杖ではなく、剣を抜いたことにルナは怪訝そうな表情を浮かべていた。
「魔力よ、収束し我にその姿を見せよ……」
風が吹く。
思い起こすのは、あの夜のこと――
悲鳴と絶叫。
血と鉄の匂い。
心臓を凍らせるような恐怖。絶望。
そして――
『雷鳴剣!』
月に煌めく雷光と、黄金に輝く美しい剣士の姿だった。
「雷光」
夜に青白い光が閃光のように瞬く。
それは、あの夜の時のような輝きには遠く及ばなくとも。
確かな光を放っていた。
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