第三十三話 試合再び
その日。
学院都市は静まり返っていた。
いつもは活気漂う市場も、観光客で賑わう劇場も、生徒が学ぶ学院も。
都市中から人が消え、ある場所に集っていた。
そう、魔法使いと勇者が闘う決闘場へと。
「すごい人ですね」
前回の決闘から、もっと広い場所が必要と判断され都市の中で最大規模となる決闘場が用意されていた。
決闘場だけでなく、観客席もより多く入場者を招くことができるため、観光客や都市の一般人も集客することができ、都市側も潤うという目的があるようだ。攻撃の余波が客席に飛ばないように一等魔法使いが守護に当たっており、被害が出ることはないらしい。
ここならば、両者ともにより実力を発揮することができるだろう。
「そりゃあな。何てったって、七魔を二体倒した話題の勇者と、学院主席の一等魔法使いの戦いだからな。貴族から都市で働く平民まで話題は持ちきりだったんだ。都市中の人間が見物にきてんじゃねーか?」
「すごいな……ルナ、大丈夫?」
「全く緊張しないと言えば嘘になるかな。けど、大丈夫だよ。私は負けない。それに、少しだけ楽しみなんだ。リリィと戦うのがさ」
顔にやや緊張を残しながらも、ルナの瞳は赤く燃えて見えた。
白い歯を見せ、決闘場に立つリリィを見つめるその顔はどこか楽しそうで。
勇者として闘う今までのルナからは考えられない姿だった。
「行ってくる」
仮面を被り、ルナは決闘場へと向かっていった。
決闘場の観客席は多くの客で賑わっていた。
空席はなく、都市中の人間が集まっているのかと錯覚するほどだ。
割れんばかりの歓声が振動となって、背を打ってくる。
勇者と魔法使いの決闘を楽しみに待つ者。
私が負けることを望む学院の生徒。
多くの人の感情が雪崩込んでくる。
普段ならば押しつぶされそうな重圧も、今は不思議と何も感じない。
むしろ、勇者様との戦いをどこか楽しみに感じていた自分がいた。
そう思えるようになったのは、あのルナという少女のおかげだろう。
彼女は観客席のどこかにいるだろうか。
周囲を確認しても、観客の数が多すぎて分からなかった。
けれど、彼女はこの戦いを見ているだろう。
なぜかそんな予感がした。
「誰かをお探しかな?」
「勇者様、お久しぶりです」
「こちらこそ」
黒の仮面を身につけ、勇者様は舞台に上がっていた。
その素顔は見えずとも、わずかな足運びや立ち居振る舞い、声の出し方といったわずかな情報だけでこの方がしっかりとした教育を受けてきた人だということが伺えた。
大きな商人の家の出身なのか、由緒ある貴族の血筋なのかそれは分からない。
どちらにせよ、それらは一朝一夕で身につくものではなく彼の鍛錬の証ということは間違いない。
どのような方なのだろうか。
今までどのような人生を、旅路を歩んできたのだろうか。
それらの興味は尽きない。尽きないが、それよりも先に彼に伝えなければならないことがあった。
「あの……勇者様。私、謝らなければならないことが」
「そのことは知っているよ」
「えっ……?」
「ある親切な美しい少女が教えてくれてね。その少女は自分は急用ができて応援には行けないから、伝えて来てほしいと頼まれたんだ」
「ルナが……」
「私は仲間と友人を馬鹿にされたことを許しはしない」
「そう、ですわよね」
「だから、今日は勝たせてもらうよ」
勇者様は仮面の奥でにっこりと微笑んでいた。
何の怒りも、憎しみも感じない純粋な笑みだった。
「君にはどんな意味があるかは分からない。けれど、僕にとっては復讐のための戦いだ。罪悪感や名誉を背負って闘うのは勝手だけど、そんな気持ちで勝てるほど僕は甘くないよ。全力で戦おう。そして楽しもう、君は僕の強敵なんだから」
「強、敵……」
何故だろう。
今までたくさんの期待を背負わされてきた。
たくさんの罪の意識を背負わされてきた。
けれど、そのどれもが彼の言葉の前ではちっぽけなものに思えた。
「ええ、戦いましょう。お互いの全身全霊を懸けて」
「そう来なくっちゃ!」
互いにこれ以上の言葉はいらない。
審判の合図が雲一つない空に響く。
位置に付き、杖と剣。それぞれの獲物に手をかける。
そして――
銅鑼の音と共に。
「『雷の槍!!』」
「『雷鳴剣!!』」
勝負が始まった。
雷、炎、風、水、土。
多種多様な属性の魔法が舞台を踊る。
その衝撃は防壁を超えて観客席へと届くほどで。
いかにリリィさんの魔法の威力が凄まじいかを物語っていた。
「こんなに凄かったですか、リリィさんの魔法って」
「いや。前はこんな威力じゃなかったはずだ」
努めて冷静に振る舞おうとしているスネイルさんだが、その彼の額からは一筋の汗が浮かんでいた。
この結果はスネイルさんとしても予想外のことだったのだろう。
「どうして、こんなに威力が違うんですか?」
「分からん。何か精神的に調子が良いのかもしれん」
「そんなことで変わるものなんですか?」
「まあ、魔法というか魔力が関わる技術は想像力が大きく作用するからな。ないわけじゃない。あるいは……」
「あるいは?」
「この短期間で大きく成長したか、だ」
……すごいな
一つ一つの魔法の威力、速度、精度。
どれをとっても一級品だ。
一つでも対処を誤れば、負けるのは自分自身だろう。
この闘いの基本戦術は接近戦だ。
魔法の撃ち合いでは向こうに分があるため、剣の間合いである接近戦に持ち込むことが重要だった。
――そう、だったのだが。
なんて、圧力。
魔法を捌いても捌いても、次から次へと魔法がとめどなく襲ってくる。
まるで魔法の暴風雨だ。
無詠唱呪文の速射性が、この弾幕の密度を可能にしているのだ。
一歩近づくのも命懸け。
魂を削るような思いだった。
けれど、けれど。
「楽しいな」
剣を振うたび。
魔法を躱すたび。
一歩を踏み出すたび。
全神経が集中し、感覚が研ぎ澄まされていく。
余分が削れ、最適な動きへと進化していく。
自分が強くなっていくのが分かる。
ああ、ああ――
楽しい!
「もっとだ!もっと楽しもう!」
「素晴らしい、ですわ……!」
戦いの最中、感嘆と共に言葉が漏れる。
魔法使いにとって、言の葉とは最も重視されるものだ。
自分はできる。
自分は駄目だ。
何気なく吐いた言葉の一つ一つが自分の精神に波紋を呼び、魔法に影響を与えてしまう。
だからこそ、高位の魔法使いほど強い言葉を吐き、時には相手を傷つけることも厭わない。
魔法使いの性格が傲慢だったり、自信過剰のように思われるのはこれが原因だ。
実際に自分自身も、勇者様との初めて会った際は強い言葉を使っていたし、学院で虐められていることに薄ら気づきながらも、それを認めることはしなかった。
ましてや戦闘中。
呪文の単語一つとして無駄にできない刹那の時の中――
自分の口から漏れ出たのは、相手に対する惜しみない賞賛の言葉だった。
前回の決闘から一月も経っていない。
だというのにその剣の一振りは鋭さを増し、その身のこなしは舞を思わせる優美さを誇っていた。
わずかな違いだが、まるで違う。
一月前とは別人のようだ。
おまけに――
「はあっ!!」
雷の矢が、勇者様の一振りによって二つに裂かれる。
雷を断つ。
現実では起こりえない現象――呪文斬り。
前回の決闘では、魔法の衝撃を完全には無効化できてはいなかった未完成の技。
それが今や完成し、勇者様は傷一つ負っていない。
完全なる無効化に成功している。
初めて見た時は魔法に対する冒涜のような技だと衝撃を受けたものだ。
同時になんて美しい技だとも。
彼の剣が魔法を断つ瞬間に煌めくわずかな光。
まるで宝石を加工する際の火花にも似た美しさに思わず目を奪われそうになっていた。
このまま魔法を無闇に放っても、あの技の前では無力。
自分とてこの決闘に際し、あの技への対処法には頭を悩ませてきた。
恐らくあの技は、魔法を構成する魔力――その最小単位である魔素と魔素の境界を見極め、魔力を帯びた剣でそれらを分断することで魔法を無力化しているのだろう。
言うは易し、行うは難し。
戦闘中という極限状態の中、魔素という目に見えない粒子を知覚し、その境界を斬り裂くなど人間技ではない。
防ぐのは不可能。
であるならば――
「くっ」
「あはっ――」
勇者様の腕がわずかに裂け、血が溢れ出す。
彼の口から、初めて声が漏れた。
それが嬉しくて、楽しくてつい笑みが溢れてしまう。
単純な話だ。
相手が魔法を無力化するならば、その剣で対処できないほどの物量で押し切れば良い。
「あははっ――」
楽しい、愉しい。
幼い頃より、自分には魔法の才能があった。
人よりも小さな魔力で大きな威力を出すことが出来た。
同学年は言うに及ばず、姉以外には先輩や教師、領内に侵入した魔族でさえ相手になることはなかった。
そして、姉を亡くしてからこれまで全力を出せる相手はいなかった。
誰も自分と同じ目線にいない。
そんな孤独にも似た鬱屈で、退屈な世界を彼は破ってくれた。
今この瞬間も、彼は自分の常識を打ち壊してくれる。
その彼に対処するため、自分の才能が磨かれ、感覚が研ぎ澄まされ、次から次へと限界を超えていくのが分かる。
魔法の呪文が脳内に浮かび上がるよりも早く杖から放たれていく。
魔法がまるで自分の手足のように扱える全能感。
もっと、もっと、もっと――
「もっと、楽しませてくださいまし!!!」
すごい……!
目の前で繰り広げられる闘いに僕は……いや、観客を含めた僕たちは目を奪われていた。
舞台一面を覆い尽くすほどの魔法の弾幕。
一つ一つが着弾するたびに空気を振るわせ、地を鳴らす。
凄まじい破壊力に寒気を通り越して美しさすら感じてしまう。
けれど、それに負けじと一筋の光が舞台で一層の輝きを放っていた。
ルナだ。
スネイルさんとの修行で完成させた呪文斬りによって魔法を無力化して斬り裂いてる。
斬り裂かれ、光を放って消える魔法はまるで夜空を瞬く星々のようであり、この光景を前にしてはどんな芸術作品も色褪せてしまうような輝きを放っていた。
けれども、何よりも異彩を放っているのは魔法や剣ではなく――
「あはははははは!!!」
「ふふふふふっ!!!」
舞台で舞う魔法使いと勇者だった。
楽しそうに、本当に愉しそうに笑う二人。
一歩、いや半歩間違えば互いの命までもが危うい状況の中、二人はまるで庭で遊ぶ小さな子供のようだった。
ルナは仮面を被り表情こそ見えないものの、その笑顔は透けて見えた。
彼女が剣を振るう時はいつだって、その瞳の奥に憎悪の炎を宿していた。
僕との修行の時は、師匠として剣を教えることを楽しんではいても、どこか物足りなさを感じているようだった。
唯一、ソールとの闘いでは――彼女は決して認めないだろうが――格上の剣士への挑戦心と敬意を滲ませていた。
格上でも、格下でもない同格の技量を持つ相手との戦いへの愉悦。
全力をぶつけられる快楽。
今この瞬間、彼女たちの世界にはお互いしか存在しなかった。
世界は彼女たち二人だけのものだった。
「…………」
気づけば、拳を握りしめていた。
悔しい。
目の前の二人との圧倒的な力の差。
こんなにも近いのに、あまりにも遠い距離。
何より、何もできない自分の無力さが。
「よく見ておけ」
不意に頭に手が置かれた。
暖かくて大きな手だった。
「っ……スネイル、さん?」
「お前がルナの隣に立ちたいなら、見ておけ。あれがお前が辿り着かなきゃならない未来の姿だ」
「……はい!」
そうだ。
悔しがっている暇はない。
勇者の友達として在り続けたいなら、ルナの姿を、剣の一振りを、身のこなしを、呼吸や眼球の動きに至るまで――この目に焼き付ける!
何よりもう一つ、出来ることがあるはずだ。
頭がぼんやりする。
幾たびも剣を振るい、魔法を躱す。
動くたびに血が噴き出る。闘いに影響を与えそうな傷のみ治癒し、それ以外は放置する。
痛みは感じない。
観客の声も、噴き出る血の匂いも、太陽の光も何もかも。
この闘いに余分な情報は遮断され、暗闇の世界には魔法と、それを放つリリィの姿しか存在しなかった。
魔法と魔法のわずかな間隙を縫って一歩、一歩、前へと進んでいく。
最早、自分で考えて身体を動かすのではなく、これまでの経験から半ば反射的に剣を繰り出していた。
脳の限界を、これまで鍛えてきた身体と磨いてきた技が支えていた。
身体の限界を、勇者としての精神が支えていた。
だが、そう長くは持たないだろう、と冷静な自分が囁く。
痛みは感じずとも、体力は戻らない。
傷は回復しても、失った血液は戻らない。
先ほどまで好調だった身体のキレがわずかに鈍ってきているのが分かる。
頂点を過ぎてしまったのだ。
限界はいつ、どこで訪れるか分からない。
もしその時が来れば、自分は糸の切れた人形のように倒れてしまうだろう。
だが、それはリリィも同じはずだ。
これだけの密度の魔法攻撃。
どれだけ魔力量が多くても、魔力切れは必至。
いつ空っぽになってもおかしくない。
となれば、あとはどちらが先に限界を迎えるかだ。
「っ……!」
魔法を斬ったはずの手が痺れる。
呪文斬りも万能じゃない。
魔法を構成する魔素と魔素の境界を見極め、分断するためには高い集中力を必要とする。
ほんのわずかな気の迷いがそのまま死へと直結してしまう。
使い手の覚悟を試す危険な技だ。
――どうする?
元々の狙いは接近戦だった。
だが、この密度の魔法攻撃に下手に突っ込めば蜂の巣にされるのは必至。
このまま相手の魔力切れを待つ安全策をとるか。
一か八か接近戦に持ち込むか。
二つに一つ。
迷っている暇はない。
――どうする?
「――ぇ」
――ここはやっぱり、安全策を
「――ばれぇ!」
「えっ……?」
「ルナ、頑張れえぇぇ!!!」
ウィルがいた。
口を大きく開け、大きな声を出しているためか少し裏返っている。
必死な表情で応援してくれていた。
私を、応援してくれていた。
「ふふっ」
それが嬉しくて、嬉しくて。
胸が暖かくなる。
少しだけ身体が軽くなったような気がした。
――全く、君の前で格好悪い姿は見せられないね。
覚悟は決まった。
あとは進むだけだ。
「いいですわ、流石は私の強敵です」
勇者様がこちらへと突進してくる。
矢のような速度だ。
おそらく、残りの体力全てを込めた最後の一撃。
それはこれまでの攻防とは一線を画すほどの速度だった。
以前の自分ならば、この速度に対応できずに負けていたに違いない。
だが、今は違う。
積み重ねた修行と、勇者様との戦いの経験が自分を遥かな高みへと押し上げてくれた。
接近してくる勇者様に魔法を一つずつ放っていたのでは間に合わない。
なら、同時に放つまで。
炎の矢。
風の矢。
雷の矢。
炎、風、雷。三属性の魔力を矢の形に押し込め、同時に発動する。
並列魔法。
無詠唱呪文の最大の強みはその射出速度にある。
並列魔法はその極致にして奥義とも言える技術だ。
魔法の詠唱では決して辿り着けない同時詠唱という矛盾。
それを可能にした今、自分は最速の魔法発動が可能になった。
前・右・左の複数方向からの同時攻撃。
呪文斬りで無効化できるのは一度に一つの魔法のみ。
ここから残された逃げ場はただ一つ。
「かかりましたわね!」
空中に飛び上がった勇者様を見て、叫ぶ。
足場のない空中では、攻撃を避けることも、正確に剣を振るうこともできない。
まさに袋の鼠だ。
「雷滅剣!!!」
ここで、彼が繰り出してきたのは今日一度も出してきていない雷滅剣。
これまで温存してきた魔力を全てこの一撃に込めているのだろう。
技の規模・威力・速度は申し分ない。
いや、それどころか前回の闘いで見た雷滅剣を遥かに上回っている。
正真正銘、彼の最後の一撃だ。
裏を返せば――
これを凌げば勝てる。
この一撃に、私のこれまでの魔法への想い全てを懸ける。
想像するのは、薔薇。
迸るような闘いへの熱。
勝利への渇望。
そして何より、自身をこの境地へと導いてくれた勇者への感謝を込めて。
「咲き誇りなさい灼炎の薔薇!!!」
炎をすら焼き尽くす灼熱。
それが薔薇のように咲き誇り、雷の剣を飲み込む。
薔薇は相対した敵の魔力を吸収し、さらに大きく熱量を上げて咲き誇る。
難易度の高い上位魔法の一つ。
今の自分が出せる最大の奥義だった。
「「はあああああああああああああ!!!」」
裂帛と共に、決闘場に炎と雷が爆ぜる。
威力はほとんど拮抗している。
この一撃にお互いの魔力の全てが込められている。
つまり、この闘いを制した者が決闘の勝者だった。
雷が薔薇を徐々に押している。
流石だ。
けれど――
負けられ、ませんわ……!
ソーサラー家も。
周囲を認めさせたいという目的も。
特等魔法使いになるという夢も。
何もかも、どうでもいい。
今はただ。
強敵である、貴方に勝ちたい。
その純粋な願いが、薔薇に力を与えたかのように。
薔薇は雷の魔力を吸収して雷滅剣を飲み込み、さらに激しく大きくなっていく。
そして――
遂に、炎の薔薇が雷の剣を消滅させた。
「勝った……!」
「それは、どうかな?」
「なっ!?」
眼前にあった灼炎の薔薇が破られ、喉元に剣が突きつけられる。
炎を斬り裂いて現れたのは――黄金に輝く勇者様だった。
あまりに荘厳で美しい姿に思わず勝敗を忘れて目が奪われそうになる。。
だが、この黄金の光は何だ。唯の魔力ではない。これは、まさか……
「まさか、雷の魔力を身に纏わせたのですか?」
「正解」
「そんな馬鹿な!?自殺行為ですわ」
雷の魔力とは文字通り雷そのものだ。
わずかな雷でも痛みや火傷を引き起こすそれを超高密度に、しかも全身に纏わせるなど死にに行くようなものだった。
「――いえ、まさか私の薔薇で雷の魔力が吸収されることを逆に利用して鎧代わりにしたのですか?」
「そのまさかだよ。雷滅剣と薔薇が衝突した時、敵わないと思った。だから一か八か、雷の鎧を纏って特攻することを選んだんだ。雷の魔力によって発生する私へのダメージは、君の薔薇によって吸収・無効化される。反対に炎の薔薇による傷は、雷の鎧が守ってくれることを願ってね」
「だとしても、なんて無茶な……正直、雷滅剣は灼炎の薔薇とほぼ拮抗していましたわ。あの技に込められた魔力は薔薇で吸収しきれるか微妙でしたもの。それは貴方も分かっていたはず。もし、私の魔法が途中で力尽きていれば、雷の鎧は貴方に牙を向いたはず。恐ろしくはなかったのですか?」
「信じていたんだ。君の魔法なら、必ず私の雷滅剣を打ち破るってね。だって、君は私の強敵なんだからさ」
「……完敗、ですわね」
自分の強さを認められ、その上で敗北した。
悔しいような、けれどどこか清々しい気分に自分でも意外な気持ちだった。
審判が旗をあげ、勇者様の勝利を告げる。
時が動き出したように、それまで聞こえなかった観客から歓声と割れんばかりの拍手が耳を打った。
その中には、学院で陰湿な虐めをしていた生徒も含まれていた。
ぼんやりとその様子を眺めていると、観客の声援に剣を掲げて応える勇者様が目に映った。
「もう一つ質問があります」
「ん?どうしたの」
「貴方は雷の鎧を纏って特攻することで、勝利を得ました。けれど、その剣が魔力に耐えられるとは限らなかったのではなくて?」
彼の持つ剣が光を反射する。
剣に詳しくはない自分でも分かる。
いわゆる名剣ではない。
丁寧に手入れされていることが分かる良い剣ではあったものの、恐らく性能で言えば前回貸し出された剣の方が上だろう。
最後の特攻では、勇者様の技量は勿論だが、その手に握る剣を信じられるかが重要な鍵となっていたはず。
特に剣の質は、前回の決闘での敗因一つでもあったため尚更だ。
剣が折れるかもしれないと少しでも迷い、雷の鎧の出力を抑えれば、炎を防ぐことはできず結果は逆だったかもしれない。
「大丈夫だよ」
「えっ……」
「この剣は折れない。そう信じていたんだ。なんてったって、これは誰よりも諦めが悪くて、誰よりも真っ直ぐで折れることを知らない私の大切な人の剣だから!」
「っ……」
これまで見た中で、一番晴れやかな笑顔を浮かべているであろう勇者様。
その勇者様を見て、私は淡い初恋が消えたのを悟ったのだった。
評価や感想など頂けると励みになります。
よろしくお願いします。




