第三十二話 面会
お待たせ致しました。
連載再開です!
「あの決闘がリリィの負けってどういうこと?」
あの決闘の勝者は間違いなくリリィの筈だ。
認めたくないが、認めなければならない真実だ。
血を吐くような思いで飲み込んだその敗北をひっ繰り返されそうになり、自然と語気が強くなった。
「……あの日。勇者様の剣が首元に向けられたその時、私は敗北を覚悟しました。しかし、剣は折れ勇者様は自らの敗北を宣言されました。けれど、万全でない体調で、敵地での戦い、慣れない剣の使用、何より剣士に首元まで近づくことを許した時点で、魔法使いとしては敗北したも同然です。勇者様の宣言が一呼吸でも遅れていれば、敗北を宣言していたのは私の方でした」
「そう、なんだ……」
「ええ、そうなのです」
そう語るリリィの表情はどこか晴れ晴れとして見えた。
まるで、溜め込んでいた大きな重石を地に下ろし、安堵しているようにも思えた。
「正直、私は決闘が始まるまで勇者様を侮っていました。歴代でも最弱と言われ、誰からも期待されなかった勇者。七魔を二柱退けたとはいえ、それも偶然だろうと。けれども実際に戦って理解しました。彼は誰よりも努力してきた者なのだ、と。彼の太刀筋は素人目にもわかるほど美しく研ぎ澄まされていました。まるで宝石を一流の職人が磨き上げたような美しさ。聖剣に依らない、彼が積み上げてきた鍛錬の証がそこにはありました。戦いながらも、私は彼の剣技に見惚れてしまっていたほどです」
頬を染めながら、少しだけ恥ずかしそうにリリィが言う。
……ん?
「一体、どのような方なのでしょうか……」
声に熱が籠っている。
これじゃあまるで……
「ねぇ、リリィって勇者様のこと……その……」
「ち、違いますわ!勇者様のことをお慕いしているだなんてそんな。ただ、どのような方なのか気になっているだけで」
首を千切れんばかりに振って否定しているが、彼女の心情は明らかだった。
どうしよう、頬が熱い。
彼女の瞳を見ることができず、視線を逸らして胸元を仰いだ。
「けれど、勇者様は私を嫌っていらっしゃいますわ」
「どうして?」
「少しでも戦いを有利に運ぶために、彼の仲間を貶めるような発言をしてしまったのです。それに加え、勇者様が不利な状況を用意し戦うという卑劣な手段をとってしまいました。こんな女、嫌われて当然ですわ」
「……そんなこと、ないんじゃないかな」
「えっ」
「わた――勇者だって最初は嫌な思いをしたと思うよ。負けて悔しかったし、涙だって流した。けど、リリィの魔法の実力やその裏にある研鑽は尊敬しているよ」
「尊、敬?」
「うん。リリィは勇者が努力家だって言っていたでしょ?だったら勇者も分かっているはずだよ。リリィの魔法の一つ一つ。杖の振り方や足運びっていった細かな動作まで日々の絶え間ない鍛錬の成果だって。だから、勇者もリリィのことを認めていると思うよ。初めてできた強敵って思っているんじゃないかな」
「っ……」
リリィは顔を背けると、少しだけ体を震わせていた。
しばらくすると、こちらに顔を向ける。
目元は潤んでいたが、どこか吹っ切れて見えていて。
今日一番の晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。
「ルナさん、今日はありがとうございました。私、何だかとてもすっきりとした気分です」
「どういたしてまして」
「さて、こうしてはいられませんわ。次の戦いで勝利し、改めて勇者様と向き合うためにも、今から修行です!」
立ち上がり、拳を固めて決意するリリィ。
すると、その決意に水を刺すように予鈴が鳴った。
もうすぐ授業が始まるのだろう。
廊下で慌ただしく生徒が移動する音が聞こえた。
リリィを見ると、拳を突き出したまま固まっている。
徐々にその表情が赤くなっていった。
「……コホン。その前に授業を受けなくてはなりません。ルナさん、名残惜しいですが」
「うん、今日は色々とありがとう」
「礼を言うのはこちらの方です。あなたには、何とお礼を伝えれば良いか……そうですわ!」
リリィは机の引き出しから一枚の紙を取り出した。
高級感のある紙で、何かの招待状のように見えた。
「これは、次回の勇者様との決闘の鑑賞券です」
「いいの?これ、貴重なんじゃ」
「元々私に親しい友人はおりません。けれど、貴女には見ていただきたいのです。私の闘いを」
「……うん、分かった。けど、この日程だと、用事があるかもしれないから、来られないかもしれないよ?」
「構いません。私が貴女に渡したいと思ったのですから」
「ありがとう」
鑑賞券を受け取る。
勇者である自分は、彼女の応援には行けない。
けれど、彼女に鑑賞券を貰えたことが、なぜだか嬉しかった。
「……あの、ルナさん」
「ん?」
「あの、よろしければ私とその……ゆ」
リリィの言葉を掻き消すように再び鐘が鳴る。
「続きの言葉は、決闘の後に改めてお伝えいたします」
「?……うん」
こうして、私の小さな冒険はここで終了するのであった。
「ここです」
セラムさんに案内されたのは地下道だった。
冷たく、薄暗い道を松明に灯った炎が僅かに照らしている。
通路は非常に入り組んでいて、セラムさんがいなければあっという間に迷ってしまうだろう。
先頭を歩くセラムさんは、全く迷うことなくどんどんと先へと進んでいく。
やがて辿り着いたのは、地下道の奥深く。最下層と思しき一室だった。
セラムさんが看守に話しかけると、重い扉が音を立てて開いていく。
「奴はこの奥です。剣をお預かりします」
「剣は持っていかなくていいんですか?」
「はい。もし万が一囚人に奪われれば厄介ですので。奴の体は拘束されています。また、あの部屋は特殊な鉱石で覆われており、魔力を使えませんが、もし何かあればこの鈴を鳴らしてくだされば、すぐに駆けつけます」
セラムさんが手渡したのは小さな金の鈴だった。
特別なものには思えないが、何か魔法で細工しているのだろう。
「怖ければ言え。ここで引き返しても、誰にも文句は言わせない」
セラムさんの隣に立っていたスネイルさんが言う。
ここから先は僕以外誰も入ることができない。
孤独と恐怖が心を押し付けそうになった。
けれど――
「大丈夫です。誘拐された子供達の行方も心配ですし、それに僕も彼に聞きたいことがあります」
スネイルさん達に背を向けて、扉へと歩き出す。
「行ってきます」
扉からさらに奥深く。
深い深い道の先に、その部屋はあった。
部屋は僅かな松明の灯りによってほんのりと照らされていて、部屋に人がいることを教えてくれていた。
その人物は部屋の中央の椅子に座り、目を閉じている。
金髪の美しい顔立ちをした人物だった。
言葉が過去形なのは、その頬が驚くほどにやつれ、瞼が腫れ上がり、唇からは血が流れているからだ。
記憶にあった彼の風貌とは似ても似つかないほどで相当厳しい尋問を受けた事実を嫌でも感じさせた。
服は真っ白で簡素なもので、その上から太い鎖が何重にも巻かれていた。
その人物は、対面の椅子に僕が座った途端、瞳を開いた。
あの日から時が経ち、拷問を受けてもなお、その瞳の力強さだけは変わらない。
「お久しぶりです。ルシウスさん」
「来たか」
誘拐犯の首領、ルシウスとの再会だった。
「体は元に戻ったんですね」
「見える部分は、な」
そう言って、ルシウスは拘束具に覆われた服の下を僅かに動かした。
布に隠れて見えづらかったものの、その下は腕にしては不自然に隆起している。
ルシウスの変身後の姿を思い出してしまい、あの時片腕を喰われた恐怖と痛みが再発した。
「安心しろ。今の俺は何もできん。どうやら俺は、適合しなかったらしい」
「適合?あの薬は何なんですか?」
「近頃噂が広まっている魔法薬だ。服用すればするほど、一時的に魔力が増大する。だが、使用者の許容量を超えて摂取し、適合しなかった場合は異形の怪物に成り果てるというものだった」
「そんな危ない薬をどうして……」
「言っただろう。仲間を守りたかった、と……いや。それも言い訳だな。俺はその薬を使用してどこまで行けるか試してみたかったんだろう。かつて目指した夢の頂に……とっくに捨てたと思っていたのだが、な」
「夢……何のことですか?それに誘拐した子供達はどこへ連れ去ったんですか?
「その前に聞きたいことがある」
ルシウスの発する空気が重々しくなる。
彼は度重なる尋問を受け、身体はボロボロでおまけに拘束具をつけられ魔法どころか指一本満足に動かすことすらできない。
だというのに、彼から受ける重圧はいささかも衰えていない。
あの夜の戦いのように、一瞬たりとも油断はできなかった。
「お前はどうして戦う」
「は……?」
予想外の質問に一瞬思考が飛ぶ。
自分は今、相当間の抜けた表情を浮かべているに違いない。
誘拐犯の首領がわざわざ自分のような人間を呼び出して質問することとは到底思えなかった。
何かの冗談かと思い、ルシウスの表情を伺うが、彼は至って真面目だった。
「えっと、他に質問は」
「ない」
「たったそれだけのことを聞くために僕を呼んだんですか?尋問されても、仲間を人質に取られても口を割らなかったのに」
「そうだ」
「ふざけているんですか?今もあなたに誘拐された子供達は孤独で寂しい思いを味わっているのに、どうしてそんなにくだらない質問をするんですか!?」
誘拐され、親と引き離されて孤独を味わっている子供達を、かつての自分と重ねてしまい、つい語気が強くなってしまう。
だが、ルシウスは全く動じていない。
「お前にとってはくだらない質問でも、俺にとっては大きな意味がある」
「それってどういう……?」
「俺は、エールボルト家という貴族の生まれだ。小さな家だったが両親は俺を愛し、俺もまた両親を愛した。幼い頃に魔法の才能を見出された俺は、特等魔法使いとなり、エールボルト家を繁栄させることが夢だった。だが、アリス魔法学院に入学した俺は思い知らされたよ。自分がいかに井の中の蛙だったのかをな」
ルシウスは言葉を切李、顔を伏せた。
再び顔を上げた時、その瞳は濁って見えた。
「俺なりに努力はした。毎日寝る間を惜しんで勉学や修行に励んだし、杖だって両親が少ない資産を切り売りして最高級のものを揃えてくれた。しかし、それでも一等や二等はおろか、学院を卒業することすら叶わなかった。あれだけの時間を捧げ、資産を食い潰しても、俺は何者にもなることはできなかったんだ……」
「……」
「学院を退学した後の俺は両親に本当のことを告げることができず、嘘の内容を手紙にして送っていた。一等魔法使いに昇格し王都に呼ばれて忙しくしているから会えない、とな。すぐにバレる嘘だと分かっていても、俺にはそれしかできなかった。そうやって誤魔化す日々に疲れた頃、あの日が訪れた」
「あの日?」
「母の生誕日だ。一等魔法使いとして相応しい贈り物をしたかった俺は、とある装飾品に目をつけた。到底自分では届かない値段だった。それを得るためには盗みを働くしかなかったが、当時の俺は自分の誇りを守ることに必死だったよ。そして盗みを行った俺は、あっけなく捕まった。身元を暴かれ、両親の前に連れ出された」
「それからどうなったんですか?」
「両親は俺を保釈するために、財産の大半を吐き出した。貴族としての財政を維持することができず、使用人を解雇し祖先から受け継いできた屋敷も失った。当然、名誉などあるはずもなく周囲から嘲笑の目で見られた。そんな中でも、両親は俺を叱ることなく再会できたことを喜んでくれたよ。俺にはそれが……耐えられなかった」
ルシウスの表情が険しくなった。
歯を食いしばり、続きを話すことが苦しそうだ。
「俺は両親の元を離れ、さらに堕落した生活をするようになった。酒に女に、賭博に溺れ続けた。そして……気づいた時には、両親は病で亡くなっていた。神官を呼ぶ金もなかった。俺のために全ての財産を、名誉を失ったんだ……俺のせいだった」
「……」
「あとはお前が知っている通りだ。落ちぶれた先で仲間を集め、誘拐を行い金を稼ぐ続けた。これが俺の人生の全てだ。才能のない男が、身の丈に合わない夢を抱いた先の末路が俺だ」
ルシウスの濁った瞳がギラリと輝く。
まるで何かを見極めようとしているようだった。
「お前は勇者一行と旅をしているようだな」
「どうして、それを」
「尋問官が漏らしていた。お前が以前言っていた助けたい友達。あれは勇者だったんだな」
「何のことですか?」
「簡単な推理だ。お前はいつも無茶ばかりする友達を助けたいと言った。彼女を助けられるくらい強くなりたい、とも。助けたい友ならばそばにいるはずだ。勇者一行の中でお前の他は神官と勇者。神官は男と聞いている。つまり、消去法で仮面で顔を隠した勇者は女で、それがお前の守りたい友達ということだ」
「……」
内心で歯噛みした。が、もう遅い。
迂闊だった。
あんなわずかな会話でルナの正体が割れてしまうなんて。
「ふっ。そう身構えるな。俺はもう終わった人間だ。今さら勇者の正体が分かっても何もできん。この部屋も特殊な鉱石で作られていて、魔法はもちろん、魔道具も一切使用できん。つまり、俺との会話を誰も聞くことはできんということだ」
違う。と否定もできた。
だが、目の前のルシウスの瞳は、先ほどまでと比べて驚くほどに澄んで見えた。
今の彼を前に嘘をつくことは無意味に思えてならなかった。
それに……
「お前は少しだけ、俺と似ている。非才の身であるにも関わらず、その身に届かない願いを抱えている。だからこそ、お前のことを知りたいんだ」
「僕は……」
僕は話し始めた。
両親の死、ルナとの出会い。魔王や七魔達との死闘。
ルナの助けになりたいが、自身との才能や積み重ねた時間の差への不安など。
これまでに体験し、感じた全てを包み隠さずに。
はじめはもっと詰まったり、話が行ったり来たりしてしまうのではないかと思っていたが、自分でも驚くほどに滑らかに話ができた。
ここまで赤裸々に語ったのは、スネイルさん以来だろうか。
けれども、スネイルさんの時はもう少し緊張していたように思う。
ここまで話ができたのは、もしかしたら彼の言うように僕と似た悩みを抱えていたからかもしれない。
それに、僕も聞いてみたかったのだ。
自分と同じ境遇、同じ悩みを抱え、異なる未来を選んだ彼の瞳に、自分がどう映るのかを。
「……なるほど。お前の話はわかった」
「僕の話はこれで全てです。あまり面白いものではなかったかもしれませんが」
「いや、お前の話は興味深かったよ。お前はやはり、今後も勇者を――自分の身の丈に合わない目標を追い続けるのか?」
「はい。けれど、少し悩みもあります」
「どうやって実現すれば良いか。それが分からないんだな?」
「そうです」
「少なくとも、俺に苦戦するようではまだまだだな」
「そんなことは……あなたは、強かったですよ」
「事実だ。俺は等級も受けられないような魔法使い。そんな魔法使いはそれこそ掃いて捨てるほどいる。勇者のような英雄に並びたいならば、同じく一騎当千のような実力が必要だ。それも短期間でな」
「そう、ですよね」
「だが、諦める気はないな」
「はい」
「なぜだ?」
ルシウスの声が重くなる。
もしかしたらこれこそが、彼の本当に聞きたかったことなのかもしれない。
彼もまた、気になっているのだろう。
自分と同じ境遇、同じ悩みを抱え、異なる未来を選ぶ僕の選択を。
「勇者は――ルナは僕の大切な人です。強くて、優しくて、かっこよくて。けど実は失敗も多い。誰もが彼女を英雄視するけど、本当はどこにでもいる寂しがり屋な普通の女の子なんです。もし、僕が諦めてしまったら彼女は一人ぼっちになってしまいます。だから、諦めたくないんです」
「だから、諦めないと?決して届かぬ理想と自分でも分かっていながらか?」
「正直、不安がないといえば嘘になります。でも――でも、今はその不安を抱えながら前に進みます。いえ、進みたいんです」
「……そうか」
ルシウスさんは何かを考えるように目を瞑った。
「お前の答えは分かった。約束通り、セラム達に誘拐事件の詳細やさらった子供の行方を話そう」
「いいんですか?」
意外なほどにあっさりと、ルシウスさんは口を開いた。
「正直、お前の答えは俺が期待するようなものではなかった。夢が叶わないと理解したあの時の俺の選択が正しかったのか、どうなのか。今日に至るまで俺はずっと考えてきた。お前の答えを聞けば、少しはそれが分かると思ったんだがな」
「すみません」
「だが、いい。結局、都合の良い答えなどなかったということだ。皆、お前のように自分の選択に悩みながら自分なりの道を歩いていくのだろうな」
ルシウスさんは考えをまとめるように少しだけ目を閉じた。
「もし、この先自分の力を磨きたいと願ったなら、アスラの郷にいるレンという男を訪ねてみろ」
「レン、さん……?」
「俺の杖を持っていけば、知り合いという証はたてられる。セラムに言って、杖を受け取れ」
「杖って証拠品なんじゃ。それに杖はご両親の形見だって」
「杖を渡さなければ取引には応じないともいえば、渡してくるはずだ。俺のような罪人に、あの杖は不用品だ。勇者一行の役に立つとなれば、少しはあの人たちも浮かばれるだろう。好きに使えばいい……それと、もしレンに会ったら、すまなかったと伝えて欲しい」
最後の言葉を少しだけ申し訳なさそうに言いながらも、ルシウスさんの表情は、どこか憑き物が落ちたようにスッキリとして見えた。
でも、悩みが楽になったのは僕も同じだった。
悩みを打ち明けることができて、とても心が軽くなっていた。
「ルシウスさん」
「何だ?」
「本当に、過去の選択への答えが欲しくて、僕を呼んだんですか。もしかして、僕の悩みを聞くためだったんじゃ」
「……買い被りすぎだ」
そっぽを向く彼の頬はどこか赤く見えたのだった。




