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31,言葉を探して

 数か月後、卒業を一週間後に控えてエマは住まいを王宮に移した。

 外したネックレスを返す際、王妃は安堵の笑みをこぼした。

「良かったわ、あなたが無事で……このネックレスのまじないの正体を?」

「……命を奪えるものだと」

()()はそう笑っていた。

「ならルーカスが黙っていないわ。これは保険。嘘をつくと色を変える鎖。加えて身に着けている人以外が触るとしびれるの。電気が流れている、と言えばいいのかしら」

「……え?」

「だって未婚のレディの首を触る人なんてろくでもないわ、というのは冗談だけれど。これは男女共通、つけている人に無体を働こうという者を捕まえるための物。まじないを知ればこれを回避する方法など色々あるでしょう。だからずっと秘密にされている。知っているのは、これを授ける王妃(わたし)だけ。あなたは大丈夫だと信じていたけれど、息子が無事で良かったわ」

 物騒な事を考える王妃である。だが思い返すと何も言えない。クスクス笑いながら「初恋の話を?」というので頷くと王妃は優しい顔になった。


「ずっとあなたを好きだったのね。やたら頑なに婚約者を決めなかったけど……言えなかったのね。あなたと婚約したあの日、話してくれたわ。留学の目的もその時初めて。あなたと国のために特殊な勉強をしてきた事も。これのまじないも見破っていた。王家の不名誉にも怒り、弟を正して謝らせるために尽力してくれた。私たちもあの子には感謝しないといけない」

 王妃はネックレスのケースを見つめながら続ける。

「十年間、あなたを縛って、この婚約も私たちがあれよあれよという間に結んでしまった……。ねぇ、エマ。私は王妃だけど女であり妻であり母だわ。王妃は心を制御する必要があるけど心を殺すことではない。私は夫に心を預けているの。だから王妃を出来る。夫のおかげでとても幸せよ。ルーカスならって信じているの。親の欲目かしらね……」

 笑顔で王妃の手をすくった。

「妃殿下、私もそう信じております。いつまでもあの方のお側に」

「ありがとう。ルーカスをよろしくね」

 王妃の幸せそうな顔を久しぶりに見た気がした。



 部屋に戻るとルーカスがソファでお茶を飲んでいた。入れ替わりに何事か言いつけられた従者が恭しく部屋を出て行った。

 隣に座るように勧められ従う。満足そうに首元を眺めてはニコニコしている。

「触っても?」

「『未婚のレディの首を触る人なんてろくでもないわ』と」

「母上だな」

ニヤッと笑って紅茶に口をつける。

「うかがいましたわ。殿下の初恋の事。留学の事」

 その途端信じられない程驚いてこちらを見た。

「半分は一目惚れだとうかがいましたが、もう半分の理由を教えていただけますか?」


 明らかにルーカスはうろたえていた。初めて見る顔だ。

「あー……」

言葉を探して紅茶のカップをくるくるくると回している。

「……一目惚れした、君が変だったから」

 変? 不思議そうな顔をすると気まずそうな顔で照れながら話した。

「僕はね、あの年齢で立派に王子に女を売り込みに迫る子たちが苦手で仕方なかったんだ。女の子同士の中身のない話も苦手。君だけが僕に無関心で変わっていた。今も変だ」

人と話すことに不慣れだっただけだ。今はもう普通なつもりだが。

「妙な事に詳しくて、あの時も今も君が楽しそうに話すのは好きな物の事。噂でも欲しい物の話でも持ち物の自慢でもない。素敵だ。いつも楽しい」

 優雅に紅茶を一口飲んで、すっかりいつもの調子に戻ったルーカスが続ける。

「しかし何より、別れ際の君の言葉が衝撃的でね」

 遠い目をして微笑んでいる。思い出せないが嫌な予感がする。

「『今日は本当は嫌だったけど、ルークのおかげで楽しかった』って言われたんだよ」

真っ青になる。ルークと呼んでいたことも思い出した。拗ねていたのはそれでか。

「強烈だったね。まさか王家のお茶会を、主役の王子に『嫌だ』と言うとは」

目を閉じて頷いている王太子の横で自分の目頭を押さえた。

「不敬ではないですか……申し訳ありません……」

いくら嘘をつけないとはいえ言葉を選ぶべき……いたたまれない気持ちで謝る。しかも忘れていた。

「謝る事じゃない。僕も同じ考えだったし君に救われたよ。それが君を好きになったもう一つの理由だと思う」

 うっすら開いた目は紅茶の波の反射を受けて輝いている。

「嘘をつけない君が笑顔の日が増えればいいって思ったんだ。君だけじゃない。みんなもそうだ。素直に幸せな言葉を紡げる国に出来たらいいと思った。理想論だが、そのために全員が正直に話せる国を目指したいと」

 だけどあの時引っ込み思案だった僕は君を好きだと両親に言えなかった。弟の婚約者に決まったと聞いた時は驚いて悲しくて悔しくて、と頬を染めながら気まずそうに言う。


「留学は自分の為でもあった。色々見て考えて納得するためというか。君がクリスと結婚するなら彼が王でいいと思ったし、自分で君を笑顔に出来ないなら何が出来るか考えてたどり着いた答えだったんだ。だから戻った時はまさかの事態にショックを受けた。しかし怒りと同時にこれはチャンスだと。君を不幸にする弟に遠慮などしない。国も預けられない。女々しいが、初恋を諦められなかったんだ」


 恥ずかしそうに話すルーカスは、十八歳の男の子だ。

「それで……また間に合わなかったら大変だから大事なことはちゃんと言葉にしようと思って……」

言えないことがたくさんある中でも心配し励まして、選んだ言葉で歩み寄ろうとしてくれた事を思い返して胸がいっぱいになる。

「ありがとうございます……」


「留学の事もばれてしまったから、この前の質問に答えるよ」

カップを置いて、ルーカスがこちら向きに座り直す。

「僕には一切の魔力が効かない。魔力を解除できるから。魔力の行使には原理がある。それを逆手に解く方法があるんだ。他人の魔力の解除には時間がかかるけど……この前エマの意識を解除したのもそれだ」

急に温かくなった手を思い出した。

「自然の力は相対的に出来ていてそれぞれ有利な力関係が環を描く。だが光と闇はその互いだけが対で、環に入らない。理を少し外れている、というかその外側にあるんだ。闇の魔力は、向けられた気持ちを受け取って跳ね返す。悪意を見てしまい心身を蝕む。光の魔力は、気持ちを向けて中に入り込む事が出来る。悩みや傷を癒せるのはこれに由来する。これらは他の魔力よりも精神を作用する分、抵抗力も強い。仕組みを理解すれば魔力を解除し、どんな魔力も受け取らないことができる」

「それは……」

 ルーカスはふわりと笑う。美しいシルバーブロンドは輝き、青みがかった灰色の瞳が笑う。珍しいその色の奥は金色に輝いている。覗き込み、言葉を飲んだ。




「ところでエマ、今、二人きりだけど」


「えっ?」


そういえば従者は出て行ったのだ。


「今のうちに」


数日前と同じ状況に固まる。






「ちょっといいかな」

 そういうとさっとエマを抱き締めた。

「あー……やっと抱きしめられる」

安堵した声が耳元で聞こえる。ちょっとよこしまな考えを抱いたことを反省して照れる。この人は本当はいつだって抱きしめる事だって出来たのに、私が怯えないように待っていてくれたのね。


 十年ぶりに感じる人の体温は心地いい。目を閉じると王妃の笑顔が瞼に浮かぶ。

「……私、ルーカス様にお伝えしたいことがあります。いつもいただいてばかりですもの」

すぐ横にある頭に自分の重みを預ける。

「ずうっと私を励まして守って下さってありがとうございます。大変心強かったです」

ぎゅっと強く抱きしめられる。向こうから預けられる頭の重みも落ち着くものだ。

「王妃としての在り方もあなたのおかげでわかった気がします、未熟ですがお側において下さいませ」

ルーカスの背中に腕を回して抱き締め返す。心を預ける意味はもうとっくに解っている。

「こんなに素敵な方に出会えて、エマリアルは幸せですわ。心よりお慕い申し上げております」



 急に首に柔らかいものが触れた。

 唇だと気付くまで数回首を食まれた。抱きしめられてもいるし、二人分の重さで大きく沈んだ金華山織りのソファは結構厄介だ。

「ちょっ……と……! ルーカス様!」

 抗議の声にも許しは出ない。くすぐったいし妙な感じだ。

「だめだ。ルークと呼ぶまで離さない。そろそろ呼んでくれてもいいだろう」

 遠回りを指示された従者がのんびりと廊下を周り、薄く開けた部屋のドアから中をうかがった時には必死の攻防の結果、愛称を呼ばせることに成功した王太子殿下が満面の笑みで婚約者をその膝に乗せており、彼はもう一周廊下を進むことにした。



「結婚式が楽しみだね、エマ」

 恥ずかしさで俯き気味に「はい」としか言えない。見つめながらルーカスが幸せそうに語る。

「これからは毎日エマを抱きしめられるかと思うと胸が幸せで溢れるね。エマが応えてくれるなら子どもじみたねだり方もしなくていい」

 やはり、と少し顔をしかめた。

「エマから触れにきてくれる日がすぐに来るように努めるから、宜しく頼むよ」

 一体何をどう頼むのか。十年間の教育よりもこれからの方が羞恥心という面で厳しい予感しかない。唇を指でなぞられる。

「ね」

 瞳に妖しい色を浮かべた笑顔で唇を重ねてくるルーカスに対し「善処します」と答えるのが今の精一杯だった。




 次代の王は心賢き王としてその優しく美しい妻と仲睦まじく国を穏やかに治め、王弟はその補佐に力を尽くした。民は王を敬い、その思想に共感した他国の民が多く移り住み、国は徐々にその規模を大きくし永きにわたって栄えたという。



※ルビ・傍点()が表示されない方へ 

以下のように ○○には△△ というルビがふられます

5行目:「彼女」に傍点

8行目:「王妃」→「わたし」


※感想でいただきました陰陽説を参考に、設定は変えられなかったのですが魔力の説明をそちら寄りに整えてみたつもりです。

ご指摘、ご提案ありがとうございました。勉強になりました。


――――――――――――――――――――――――――――

これにて終了です。最後までお付き合い下さった皆様ありがとうございます。


きちんとお礼を申し上げる事もしておりませんでしたが、恐れ入りますが、

ランキングにも取り上げていただき厚く御礼申し上げます。

これも閲覧、評価及びブックマークを下さった皆様、

誤字脱字や過ちをご指摘下った皆々様のおかげでございます。ありがとうございました。


さっとあまり考えずに書いた話ですが、一部分に謎のこだわりがありました。

活動報告のコメントにちょっと長く後書きを載せました。

設定などがお好きでお暇な方はご覧いただけますと嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 糞間抜け野郎なんざとっとと廃嫡して病死にさせとけや キチガイ女に入れ込んだ挙句婚約破棄するキチガイ野郎だ キチガイは殺処分しろ
2021/06/30 05:51 退会済み
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