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第5話 デート

 中央広場から伸びる主要通路。

 石畳の通路には、大勢の人々が行き交っている。

 通路の両端には、屋根の付いた屋台が並ぶ。

 さすがに、ゲテモノはない。

 あれはあれで、面白いのに……。


 あちこちで聞こえる活気ある声。

 楽しげな笑い声。

 市場は、国を映す鏡だ。

 ソルシア王国は、ちゃんと息づいている。


「おぉ……すげぇ、めっちゃ賑わってんな」


 俺は、心を躍らせながら市場を歩く。

 昔は、近づきもしなかった。

 人の目が気になったからではない。

 誘拐のリスクを考慮し、母さんから禁止されていたのだ。

 一応、過去に渡った際には、市場を利用してた。

 ただ、ここまで大きな市場はなかった。


「ソフィア、面会まで時間ある?」

「はい、三十分ほどございます」

「そっか!」


 辺りを見回す。

 どこに行くべきか?

 時間は、限られている。

 やっぱり、食いモン屋がいい。

 悩んでいると、ふと香ばしい匂いが漂ってきた。

 出所は、前方にある肉串屋。

 狙いをつけた俺は、小走りで向かう。  


 その屋台は、厳つい顔のおっちゃんが店主をしていた。


 俺を睨んでくるおっちゃん。

「いらっしゃい」の一言も言わない。

 職人気質なのか?

 気にせず、俺は肉串に目をやる。


 ここは、直火焼きの店のようだ。

 大きく切られた肉が、三つ刺さった串。

 食欲をそそる。

 見た目も俺好みだ。


「おっちゃん、二本くれ」


 俺がそう言うと、ソフィアが前に出て、代金を支払う。

 おっちゃんは、無言のまま代金を受け取る。

 ただ、俺を見る目がさらに険しくなった。


「……ちょっと待ってな」


 おっちゃんは、屋台を一人で切り盛りしてる。

 だからか、手際がいい。

 手際よく、弱火側に置いていた二本の串を強火側へ移す。

 踊る炭火に炙られ、肉から油が滴り落ちる。


「ほら」

「サンキュ」


 一本をソフィアへ渡し、俺はさっそく熱々の肉串にかぶりつく。


 柔らかすぎず、適度に噛み応えのある肉質。

 熱々の肉汁が溢れ出し、噛むほどに旨味が広がっていく。

 飲み込むと、炭火の余韻が心地よく鼻に残った。 


「めっちゃ旨い! こんな旨い肉串、初めて食った!」


 俺は、夢中で食べる。


「どうぞ」


 ソフィアが、近くの屋台で瓶ビールを二本買って来てくれた。


「サンキュ」


 瓶ビールを受け取ると、キンキンに冷えていた。

 おそらく、ソフィアが魔術で冷やしてくれたのだろう。


 瓶ビールのコルクを抜き、おっちゃんに手渡す。


「ほい、おっちゃん」

「……いいのか?」

「あったり前だろ。こんな旨いモン食うなら、飲まなきゃ失礼だ」


 驚きつつも、おっちゃんは瓶ビールを受け取った。


「ほい、乾杯。かぁー、最高! ソフィア、もう一本いいか?」

「はい」

「おっちゃん、もう一本追加で」


 俺が笑いながら追加を注文すると、おっちゃんが笑い出す。


「だっはっは! あんちゃん気に入ったぞ! いや、すまん。実はよ、俺はてっきり、イケすかねぇボンボンかと思ったんだ。えれぇべっぴんさん連れ回してよ、金出させてっから」

「生まれなんかで、人間決まっかよ。経験だ、経験」

「いいこと言うじゃねぇか。ま、金は出させてたけどよ?」

「それは、財布握られてるだけだって……」


 ソフィアが持っている財布には、ソルオスト家の金が入っている。

 母さんが、渡してくれた物だ。

 色々と入りようになるだろうから、有難かった。

 でも、母さんの中ではまだ俺は未成年。

 だから、俺にではなく、ソフィアに財布を渡したのだ。 


「んだぁ? あんちゃん、尻に敷かれてんのか? 幸せなこっちゃねぇか」

「そう見えますか? 素晴らしい慧眼です。店主、肉串をすべていただけますか?」


 ソフィアがすっと前に出て、数十本の肉串を買おうとする。


「待て待て、ソフィア。さすがに、そんな食えねぇよ。……でも、十本ならイケる」

「では、十本いただけますか?」

「あんちゃん、すげぇ食欲だな……」

「こんだけ旨いなら、余裕だろ」

「だっはっは! ウチの肉串は、世界一だからな!」


 厳ついおっちゃんが、より顔を厳つくしながら豪快に笑う。


 おっちゃんと別れ、また市場を散策する。


 今度は、雑貨などを中心に見て回る。


 そうやって市場を練り歩いていると、店構えが一変した。

 雑多な雰囲気はなくなり、整頓された佇まい。

 人通りも少なく、行き交う者の身なりも良くなった。


 どうやら、ここからは商店街エリアのようだ。


 正直、あまり興味がない。

 そろそろ、時間だ。

 少し早いが、まあ、大丈夫だろう。


 ソフィアに「行こう」と声をかけようと、振り返る。

 三歩ほど距離を開けて、ソフィアは歩いていた。

 顔も俺に向けている。

 ただ、目の端で隣の店を眺めていたのを見逃さなかった。


「如何致しましたか?」


 ソフィアが、間を置かずに反応する。


「あの店、行ってみようぜ」


 ソフィアが眺めていたのは、宝飾品店。


 俺は返事を待たず、店へと入った。


「いらっしゃいませ」


 ドアベルが鳴り、スーツを着た女性が笑顔で出迎えてくれた。


 ざっと、店内を見回す。

 薄暗い店内。

 動線を考慮して並べられたガラスケース。

 中を覗き込めば、綺麗に並べられた宝飾品が輝いている。


「どちらをお探しですか?」

「色々と、見させていただけますか?」

「かしこまりました」


 女性の店員はそういうと、数点の装飾品を取り出す。

 さすがは、プロ。

 ソフィアと俺の肌の色や髪色にあった装飾品を、瞬時に選んだ。

 大きさと金額も、選べるよう三段階に並べてある。


 俺用に出された宝飾品を手に取ってみた。

 細部にまでこだわった装飾。

 仕事も丁寧。

 派手過ぎず、デザインもいい。

 適当に入ったが、どうやらこの店は当たりだ。


 それとなく、ソフィアを観察する。

 優秀であるがゆえに、態度には出ない。

 目と口元から、機微を感じ取る。


 そして、一番気に入ってそうな物が分かると、俺は口を開く。


「すみません、これを下さい」

「ッ!?」


 ソフィアが、目を見開く。

 驚いても、俺の名前を口にしなかったのはさすがだ。


 一瞬の沈黙が流れる。


 ただ、ソフィアはすぐに冷静さを取り戻し、財布を出そうとした。

 それを俺は、手で制する。


「せっかくプレゼントするのに、ソフィアが払ったら意味ないだろ?」


 俺はそう言って、懐から財布を取り出す。

 この金は、十五年間ずっと溜めていた小遣いだ。

 使う機会がなかったと言った方が正しい。

 それが今、こんな形で役に立つとは思わなかった。

 でも、気持ちのいい使い方だ。


「よろしいですか?」

「ああ」


 笑って頷くと、ソフィアが頬を染める。


「ありがとうございます」

「おう。後ろ向きな」


 後ろを向いたソフィアは、髪を持ち上げる。


 ソフィアが惹かれていたのは、銀製のペンダントだ。

 ペンダントトップは、小ぶりな碧色の宝石。

 細やかな細工で宝石を際立たせている見事な一品。


「どうでしょうか?」

「すげぇ似合ってる。綺麗だぞ」


 ソフィアは、頬を染め、花が開いたように笑った。

 そして、姿見の前へ向かう。


「すみません、これも下さい」


 その隙に、もう一点購入する。

 こっちは、クロ用のペンダントだ。

 ブラックパールが、クロに似合うはずだ。  


 俺らは、その後も散策を楽しんだ。






 ◇◇◇◇◇






「なるほど、それで約束の時間を一時間以上も遅れたと……」


 眼前に座る細身の男が、俺に呆れた目を向けてくる。


「そうなんだよ、つい楽しくって時間を忘れてた。はは、悪い。お詫びに、肉串一本やっからよ。……にしても、だいぶ貫禄が出たか?」


 俺は肉串を一本手渡しながら、とりあえず謝る。

 そしてすぐに、話を逸らした。


 だいぶ老け込んだ。


 過去へと渡り、最初に出会った人物。

 俺の三つ年上。

 でも、童顔だった。

 だから、しばらく俺は年下だと勘違いしていた。

 それが今や、四十歳を越えてるのだ。


 くすんだ肌。

 相変わらず、髭は生えていない。

 でも、ほうれい線には消えない皺が入っている。

 金髪も少しやせ細り、毛量も減ったようだ。


「それ、謝ってます?」

「謝ってる謝ってる」

「はぁ……、相変わらずですね、フィレンさん」

「懐かしいか?」

「ええ、とても。……できれば、違うところで感じたかったのですがね……」


 男は、深いため息を吐く。


「おいおい、再会して早々、そんな辛気臭い顔すんなって」

「そうですね。大商会の商会長ともあろうお方が、客人の前でそのような顔をするのは如何なものかと……」

「誰のせいだと思っているんですかッ!」


 一転して、男が声を張り上げた。


「落ち着けって。再会できて嬉しいのは分かるけどさ、そろそろ本題に入りたいんだけど?」

「私ですか? 私のせいですか?」


 歳をとっても、表情と反応がいい。

 むしろ、見た目とギャップがあって面白い。


「まあ、ともかく。久しぶりだな、ルーカス」


 俺はかつての仲間、ルーカスと再会を果たした。

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