↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アタシ(私)はひまわり(月)~反省会 特務隊の筋トレ部屋~  作者: 南馬一六三


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/2

第一回 反省会

 特務隊詰所――トレーニングルーム。

 むさ苦しいうめき声と、絶え間なく響く金属音。

 汗による湿気は身体へ泥のようにまとわりつき、お世辞にも新鮮とは言い難い空気が、部屋いっぱいに淀んでいた。

 その空気を、まるで仕事終わりのビールでも飲み干すかのように肺いっぱいへ吸い込みながら、黙々とバーベルを持ち上げている漢がいる。


 ヒロ・アシハラ。


 感情保安庁、特務隊筆頭。

 失われた十年。

 その長い年月の中で失った大切なものを、一つひとつ思い出すかのように。

 ベンチプレスを一度持ち上げるたび、ヒロは自身の想いをその一往復へ重ねていた。


 上げる。

 下ろす。

 そして、もう一度。


「かよ……」

 今、彼女はどこにいるのだろう。


 一日たりとも忘れたことのない、その名前を呟く。

 その時だった。

 汗と熱気が混ざり合い、汚泥のように淀んでいたトレーニングルームへ、不釣り合いなほど柔らかな香りが流れ込んできた。

 ラベンダー。

 それはまるで、誰も足を踏み入れたことのない月の大地に、ひっそりと咲いたラベンダーが夜風に揺れ、その香りだけを地上へ届けたかのようだった。

 清らかで。

 気品があり。

 それでいて、どこか人を惑わせる甘さを含んでいる。


 鉄と汗と筋肉に支配されていた空間が、ほんの一瞬だけ月夜へ変わる。

 そして、その月は――。


「陽主様ぁ」

 今日も随分と甘い声で、太陽を探しにやって来た。


 ユウカ・ツクヨミ。


 反省会の時間である。


 ◇


 場所を移して、トレーニングルームの片隅。

 個別指導や身体測定などに使われる、小さなパーソナルルームである。

 壁際には各種トレーニング器具。

 中央にはホワイトボード。

 その前に立つのは、ユウカ・ツクヨミ。

 そして、その正面。


 床の上には――。


 ヒロ・アシハラ。

 正座。


「…………」

 怪訝な顔でユウカを見上げている。

 なぜ筋トレを中断させられた挙句、正座までさせられているのか。

 本人にも分からない。

 我々にも分からない。

 おそらくユウカだけが分かっている。


「陽主様ぁ」

「なんだ。早くしてくれ」

 ヒロは露骨に面倒くさそうな顔をした。

「パンプが冷めてしまうだろ」


「うふふ」

「…………」

 嫌な予感がした。

 この女がこう笑う時は、大抵ろくなことにならない。


「一つ宜しいでしょうか?」

「だからなんだ」

「これはなんでしょうか?」


 ユウカはホワイトボードへ向き直った。

 キュッ。

 黒いペンが走る。

 そこに大きく書かれた文字。


【序章 主人公退場。~その名はびんびん小町】


「章名の『びんびん小町』とは?」

「…………」

「…………」

「知らん」

「作者様が書いたのでしょう?」

「俺は作者じゃない」

「では、誰が許可したのですか?」

「知らん」


「何をもって『びんびん』なのです?」

「俺に聞くな」


「何が『びんびん』なのでしょう?」

「掘り下げるな」


「小町とは、どなたを指しているのでしょう?」

「だから知らん!」


「そもそも」

「まだあるのか!?」


「『主人公退場』と書いてありますが」

「おう」

「第一話から陽主様、登場していませんよね?」

「…………」

「退場以前に」

 ユウカは、にこりと笑った。

「入場しておりません」

「…………」


 ごもっともである。

 開始早々。

 主人公は退場に至るまでの権利すら与えられていなかった。


 ◇


「では次です。神の声」

「そいつにも文句あるのか?」

「第一話冒頭から八百文字以上喋っています」

「俺は悪くない」

「地の文が人格を持つことは、小説界では――」

 ユウカは一拍置いた。


「タブー」

「とされているのですよ?」


「作者は素人だ。問題ない」

 問題しかない。


「ほら」

「何が『ほら』ですか?」

「本人も元気そうだぞ」

「そういう問題ではございません」


「そもそも地の文が喋って何が悪い」

「喋るだけならまだしも、自己紹介までしております」


「礼儀正しいじゃねぇか」

「その後、読者諸氏へ質問を始めます」


「コミュニケーション能力も高い」

「感情素子の説明まで始めます」


「仕事熱心だな」

「繰り返しますが、八百文字以上です」


「…………」

「第一話冒頭から、八百文字以上も地の文が一人で喋っています」

「…………」

「しかも最後には『少々喋りすぎましたかな』と、自覚までございます」

「なら反省してるだろ」

 

 反省はしている。

 だが、改善するとは言っていない。


「陽主様」

「なんだ」


「この方、今もいらっしゃいますよね?」

「いるだろ」


「どちらに?」

「知らん」


「…………」

「…………」


 私は――神の声。

 またの名を、地の文と申します。

 そして現在。

 ものすごく居づらい。


 ◇


「なんだか、世界全体に気まずさの雰囲気が漂っていますね」

 ユウカが辺りを見回した。


「まるで、初めてのスペースで本名を名乗ってしまった時のような」

「確かに」

 

 …………。

 読者諸氏。

 世の中には、触れてはならない過去というものがございます。


「ところで陽主様」

「なんだ?」


「創作アカウントで初めてスペースに参加した場合、普通は何と名乗るのでしょう?」

「普通ペンネームだろ」


「そうですよね」

「当たり前だ」


「では、緊張のあまり本名を名乗ってしまった場合は?」

「…………」


「…………」

 世界全体に。

 さらに気まずさが増した。


「陽主様」

「なんだ」

「今、神の声が泣いているような気がします」

「そっとしておいてやれ」


 恐縮至極に御座います。。

 できれば、その話題そのものをそっとしておいていただきたかった。


「ユウカ」

「はい。なんでしょうか? 陽主様ぁ」


「まだ、序章の第一話だ」

「はい」


「勘弁してくれ」

「何を仰っているのですか?」


「…………」

「まだ第一話ですよ?」

「だから言ってるんだよ」


 ユウカはホワイトボードへ向き直った。

 キュッ。


【第一話 長い、長い茶番の始まり】


「ご安心ください」

「何をだ」

「タイトルに偽りはございません」

「…………」

「長い、長い反省会の始まりです」


 ――帰りたい。


 奇しくも。

 まだ登場していないホシと、ヒロの心が初めて一つになった。


 ◇


 私です。

 神の声――またの名を、地の文です。


 長い、長い茶番とともに。

 どうやら、長い、長い反省会と正座の日々も始まってしまったようでございます。


 読者諸氏。

 本編ともども、こちらの反省会にもお付き合いいただけましたら幸いです。

 何卒、宜しくお願い申し上げたい。


 それでは、また次回。


 私もこれより――。

 長い、長い残業の日々が始まりますゆえ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。