第五章 特別授業③
翌週の月曜日の朝。
レギンスタイプの黒い訓練服を着た全校生徒は、校庭の地下にある大錬技場へと集まっていた。かつて翔子と鷹宮が《霊賭戦》のエキシビションマッチを行った場所だ。
現在はクラスごとに整列している。全部で八列。一クラス四十名ほどだ。
「それでは皆さん。怪我だけは注意して頑張ってください」
と、生徒たちの前に立つ六十代ほどの温和な女性が言う。
彼女こそが学園長だった。温和な口調、容姿ではあるが、若き日は苛烈さで名を知られた鬼狩りでもある。理事会と学園がある程度距離をとるため、六大家とは縁故のない彼女が学園長に抜擢されていた。
「……だが、勝負は勝負だ。手は抜くんじゃねえぞ。ガキども」
若き日の片鱗を見せるかのように学園長はそう付け加えた。
そうして、全クラス対抗戦のレクリエーション大会が開催されたのである。
教師陣は万が一に備えて先に戦場内に散会し、生徒たちは、そのまま大錬技場に残ることになった。あちらこちらで緊張感のない談笑が聞こえる。ここではドローンによる撮影が投影される。彼らはここで観戦する予定だった。
ただ、生徒たちの中には移動する者たちもいる。
初戦で対決予定の1組と2組の生徒たちである。当然ながら、1組には由良、沙夜、緋雨の姿があり、2組の悠樹、翔子、玉城の姿がある。
「さて。初期位置は直前のランダムで決められたようじゃが」
校舎内に入りながら、由良は苦笑を浮かべた。
「まさか、妾たちが校舎側スタートになるとはのう」
この対抗戦。勝負としては裏山側の方が有利だ。姿を隠しやすいそちらの方に多くの式神が放たれるのが予想されるからだ。
校舎内も戦場にはされているが、実際は森の中での戦闘になることだろう。
校舎を利用するとしたら、探査系が得意な生徒を配置し、ここから裏山に向かった仲間に標的の居場所を連絡するといった方法か。
まあ、そこまで広大な探査術を使える生徒がいることが前提だが。
「では、サクサクと半数ぐらい削るかのう」
と、屋上へと続く階段を上りながら、由良が言う。
ちなみに由良の横には沙夜が立ち、後ろには緋雨が続いていた。
他の生徒たちは一階だ。試合開始と同時に裏山に向かうと聞いていた。
別にクラス全体で方針決めまではしていなかった。今日はそれぞれ仲の良いグループで試合を楽しむといった形だった。
「それはそれで敵も味方も萎えそうだがな」
緋雨が苦笑を浮かべた。
「まあ、所詮はレクリエーションだしな。石神。鳳」
緋雨は三階に降り立つと足を止めた。
「私はここで備えることにしよう」
そう告げられて、由良と沙夜は足を止めて振り返った。
「私はあまり広い場所での戦闘を得意としていないからな。屋上よりも室内の方が得意だ」
「……それなら白藤さんも裏山に行っても良かったんじゃ?」
と、小首を傾げて尋ねる沙夜に、緋雨はふっと笑った。
「お前たちへの付き合いだ。これでも私はお前たちを友人だと思っているんだ」
流石にそこまでは思っていないが、この二人のことが気に入っていることは事実だ。
気風のよい由良も、素直な沙夜も嫌いではない。
まあ、それでも一割が任務、八割が神槍奪取の私情のためなのだが。
残り一割が彼女たちへの好意といったところだ。
「そうか。まあ、友人として感謝しておこう」
瞳を細めて由良が言う。
沙夜も「うん。私も友人だと思っている」と答えた。
「屋上への入り口は一つではない。悠樹も妾に狙い撃ちされることを警戒して屋上から直に来ることはなかろう。入り口を一つ封鎖してくれるのはありがたいな」
「……悠樹くんが来たら別に通してもいいよ?」
「いや、そこは真剣に対応するさ。それに」
緋雨は双眸を細めた。
「第八階位の討伐者の一人だ。私も興味がある」
「むむ」
その呟きには、由良が眉をひそめた。
「そなたも石神ほどではないが、かなり脳筋っぽいな。察するに自分より強い男にときめくタイプか? 念のために言っておくが、悠樹に惚れるなよ」
ジト目を向ける。
「悠樹はすでに予約済みじゃからな」
「ん。そう」
沙夜は自身の胸に片手を当てて頷き、
「悠樹くんは予約済み。ずっと前から」
「……いや。何故、そこでそなたが自分事のように言うのじゃ?」
今度は沙夜にもジト目を向ける由良。
すると、緋雨は微苦笑を浮かべた。
「確かに強者であるかは気になるが、それは余計な心配だな。何故なら……」
そこで緋雨は微かに瞳を潤ませ、頬を染めた。
「私にはすでにすべてを捧げている御方がいるんだ。私の身命はあの方のためにある」
「「……え?」」
由良と沙夜は、思わずその場で固まった。
そうして数秒経ってから、
「え? そ、そなた、もしや、すでに経験済みなのか? いや、確かにそなたはかなり大人びた容姿をしているが……ええ? もう?」
「……白藤さん。実は大人……」
由良は少し動揺した声で。
沙夜はいつも通りの淡々とした声だったが、二人とも耳が赤かった。
緋雨はそんな二人を見て、「え?」と呟き、
「い、いやっ!? 違うぞっ!?」
慌てて両手を振った。
「その、いわゆる片思いのようなものなんだ! あの方は男性だから一応その覚悟もしているから、つい、その、そうなったらいいなというか……」
視線を逸らしつつ、年齢相応に真っ赤になってそう説明した。
由良と沙夜は「「おお~」」と興味深そうな声を上げた。
「白藤さんの恋バナ。初めて聞いた」
「そうじゃな。思えば女三人で集まるのに一度もそんな話はしてなかったな」
と、腕を組んで由良も言う。緋雨は真っ赤な顔のままだ。
「今日のイベントが終わったら一度話をしてみたい」
沙夜が緋雨と由良を見やり、微かに笑った。
「白藤さんとも。鳳さんとも。二人の好きな人がどんな人なのか知りたい」
「……そうじゃな」由良も微笑む。「それも級友らしくて良いかもな」
「……ふん」
緋雨は赤い顔のまま腕を組み、視線を横に逸らした。
「ちなみに私はきっと悠樹くんのことが好き」
「……いや。直球じゃな。そなたは……」
早々にそう言い放つ沙夜に、由良はジト目を向けてツッコんだ。
それから小声で呟く。
「……悠樹の奴め。まだほとんど何もしておらんはずなのに、すでにミッションをクリアしているではないか。あのナチュラルボーン女たらしめ……」
「……ん? 何か言った? 鳳さん?」
小首を傾げる沙夜に、由良は「何でもない」と答えつつ、
「まあ、三人での恋バナは今宵の楽しみにしておこう。そのためにも」
再び階段を上り始める。
「今日は快勝で終わろうではないか」




