祝二周年! 第491話 開戦
敵艦によるミサイル発射の情報は、直ちに大本営へともたらされた。
それはコアレシアによる明確な敵意であると同時に、開戦が目前まで迫ってきていることを意味していた。
今回の行動を受け、各部隊は戦闘態勢を整えた。
開戦が目前に迫ったことで、俺には二つの選択肢が与えられていた。
一つ、ザイエルンの大本営に残ったまま今回の戦争の指揮を執ること。
もう一つは、イレーネ島に戻って大本営をそちらに移し、戦争の実指揮はザイエルンに残る将軍たちがとるという方法だ。
本音を言うと、俺はこのままザイエルンに残って指揮を執りたい。
ヒンデンブルクらにもそう宣言したし、自分もリスクを冒しても残るべきだと考えたのだ。
だが、俺が死んだ際に召喚されている軍がどうなるかわからない以上、無理に危険を冒すわけにもいかないというのも事実だ。
そこで、俺は苦渋の決断としてザイエルンを離れることを選択した。
神聖同盟でつながっている各国とのつながりも、帝国の存在も俺に依存しきってしまっている体制だ。
これも全て、この体制を変えてこなかった自分の責任である。
「……結局、君たち将兵に命を賭けさせてしまうことになってしまった。申し訳なく思う」
「陛下、陛下の最大のお仕事は帝国の士気を保ち、将兵を鼓舞し、帝国とは何たるかを世界に見せつける存在であり続けることです。それは、現地で指揮を執るよりも大事な公務でありますぞ」
「そう言ってくれると助かるよ。――死してなお、こうして俺のわがままのためにもう一度戦ってくれて嬉しく思っている。最後のひと働き、よろしく頼む」
「……心得ました。国によらず、同じく地球の軍人である我らは、帝国に必ず明るき未来をもたらすこと、お約束いたします。――あの時の繰り返しとならないように。敬礼!」
ヒンデンブルクをはじめとし、その場に集まっているすべての将兵が敬礼する。
かつて彼らを隔てていた国境はなくなり、純粋に一つの軍として機能しているさまは、地球では決して見ることのできなかった光景だろう。
俺はそのことを誇らしく思い、敬礼を返した。
「では、軍を頼んだ」
俺は最後にヒンデンブルクと握手を交わし、来るときに乗ってきたB-36Jのタラップを昇る。
そしてB-36Jの扉は閉められ、その低く重いエンジン音を轟かせながら滑走路を離れた。
その後に残っているのは、エンジンが作り出した飛行機雲だけであった。
◇
ところは変わり、イレーネ島の駐威コアレシア大使館。
その一室では、大使のベネディッティとチャーチルが真剣な表情で向かい合っていた。
彼らの間に置かれていた机には、紙が一枚だけ置かれている。
「チャーチル卿。これはどういうつもりですかな?」
「ベネディッティ殿。それは貴方の聡明な頭であれば難なく理解できる内容であるはずです」
「……私の目には、これが最後通牒であるように見えますが」
ベネディッティに用意されたのは、戦争回避のために、コアレシアに要求することをまとめた書類だ。
だがその内容はコアレシア側にはどう考えても受け入れがたい内容をはらんでいる。
つまり、事実上の最後通牒を突き付けているということだ。
その内容には、このようなことが含まれている。
1.コアレシアの、海底大陸におけるすべての利権の破棄せよ。
2.コアレシアは、海底大陸において収集したすべての物品を破棄せよ。
3.ザイエルン・ローゼンブルクの国境付近の軍を撤収せよ。
4.コアレシア国内において、帝国標準通貨たるターラーの使用を認めよ。
5.この通帳に関する内容の拒否は認めない。
6.回答の期限はこれより48時間とする。
この要件は、もちろんコアレシアが飲むことを想定していない。
それに、通貨面に関しては完全に主権を侵害するような内容だ。
この文面に加え、チャーチルは次のように言い放った。
「書かれている通り、この通牒に対する回答の期限はこれより48時間以内とさせていただきます。この期限を超えてなお回答がない、もしくは内容に関してすべて、もしくは一部拒否した場合には、帝国は自国の権益を守るために、武力を含めた必要な行動をとらせていただきます」
「48時間以内にですか。私だけでは判断しかねますので、外務大臣との協議の時間も含めもう少し時間をいただけたら――」
「その時間も含めての48時間です。それと、貴官にも帝国からの速やかなる退去を推奨いたします。帝国は、貴官が国内でスパイまがいの行為をしていたことは把握済みですので。帝国からの退去は、こちらが便宜を図らせていただきます」
「……そうなった場合、回答は?」
ベネディッティがいなければ、コアレシアはイレーネに回答を突き付けることができない。
それゆえ、彼を国外退去にした時点でコアレシアとの開戦は確定するようなものだ。
彼はその事実を突きつけられ、退去か拘束かの二択を強いられる。
「……退去を選んだ場合、私の身の安全は保障されるのでしょうか?」
「ええ、もちろんです。コアレシア国内でどう扱われるかまでは帝国は保障しかねますが」
ベネディッティはうつむき、長時間考えを巡らせる。
だがその間にも、回答の期限と拘束の期限は迫っていた。
そして、この状況において彼がとることができる行動は一つであった。
「……私は速やかに、帝国より退去します」
「では、回答は?」
「コアレシアの国内での議論を待っている間に期限は来ます。そのことは最後通牒を突き付けている時点で織り込み済みなのではないですか?」
「……どうでしょうか。では、快適な旅を」
――その日の晩、すべての支度を済ませたベネディッティは帰国の途についた。
最後通牒の存在と、その内容に関する受諾が不可能であることを最後にコアレシアに伝えて。
彼の手に握られた最後通牒の紙は、受け入れが叶わないまま海へと投げ捨てられた。




