第487話 恩賜の軍刀
重々しい空気の仮設大本営。
陸軍の重鎮たちは皆黙りこくり、目を合わせようとしない。
部屋に響くのは、ただ無機質に時を刻む時計の針の音だけだ。
会話は進まないまま、時計の針の音だけが時が流れているのを伝えてくれる。
先ほどの会話の後から空気は最悪であった。
だれも反論することができず、かといって肯定するわけにもいかないのだ。
そんな状況を見かね、もう一度俺は言う。
「君たちは、先ほどの俺の言葉を聞いて少しはっとした顔つきをしたように見えた。君たちも気づいているのではないか? 俺の気持ちを」
「……」
「もしも君たちが私に責任を負わせることにためらいがあるからこんなことをしているというのであれば、その必要はない。俺は君たちとともに責任を背負うつもりだ。それは、あの機体に俺が有事の際は乗る、という意味だ」
「「「「!」」」」
あの機体――もちろん工廠で見せられた機体のことを口にすると、将軍たちの視線が一気にこちらに向いた。
その表情は、もう答え合わせといってもよいものだろう。
俺が将軍たちを一瞥すると、耐えかねたのかヒンデンブルクが立ち上がって言った。
「陛下、それだけはどうかお止めください。そして二度とあの機体に乗ると言わないでいただきたい」
「もし君たちが俺に軍の権限を返還するというのであれば、その要求をのもう」
「陛下はご存じのはずです、あの兵器の役割を、あの兵器を用いた結果がどうなったかを。もし人命を部品に組み込むというのであれば、私は核兵器の方が百倍マシな兵器であると考えます。陛下、どうかご再考を」
ヒンデンブルクがそう言ったのを皮切りに、他の将軍たちも同様の発言を繰り返した。
皆口々に俺があのとっけおう兵器に乗らないよう催促し、そのたびに俺は同様の返答を返した。
だが、ロンメル元帥の言葉はどこか違うものがった。
「陛下、我々は陛下の軍であり、国家の軍であります。そして軍とは多くの兵士の集まりであり、決して個人の勇気や能力で戦い抜くものではなく、ましてや国家がそれに頼むものでもないのです。戦場に必要なのは一人の勇者ではなく、大勢の統率のとれた仲間です」
「……」
「陛下、戦争において我々は一人の英雄を作り出してはいけないのです。ましてや一人にゆだねられたすべての犠牲で勝利をつかみ取ることなどあってはならないのです。陛下、ご再考を」
「……祖国の英雄となり、最後は自殺を迫られた将軍の言葉は重たいな。英雄になってはいけないというのはロンメル元帥、君の経験談かな?」
ロンメル元帥は、かつて北アフリカで英米軍を手玉に取り、砂漠の狐と呼ばれた英雄だ。
だが、後年にヒトラー暗殺計画に関与したため、服毒自殺を強いられている。
国家を救う英雄になろうとしたが故の失敗は、俺に重たく響き渡った。
しかし、俺はまだ引き下がるわけにはいかない。
仮に今回の戦争において何らかの問題が起こり、公正に指摘された際に知らんぷりを貫き通すことはできない。
俺は、歴史による裁判で公平に裁かれなければいけないのだ。
「最後にもう一度問おう。この場で統帥権を返上するか、それとも俺があの兵器に乗ることを許容するか……どちらかを選びたまえ。もし結論が出ない場合、俺はあの兵器に乗り込むものとする」
――ヒンデンブルクらの額に、うっすらと冷や汗が浮かぶ。
統帥権を返上するか、それとも俺が特攻兵器に乗ることを許容するか……。
その判断は、今回の行動を言い出したヒンデンブルクの判断にゆだねられた。
「…………」
「…………」
――長い沈黙が流れ、誰かが唾を飲み込む音も聞こえてきそうであった。
ヒンデンブルク元帥はついに決心したのか立ち上がり、俺の方へと歩いてくる。
そして俺も同じように立ち上がり、ヒンデンブルクの前に立った。
ヒンデンブルクは腰に提げた軍刀の吊り具を緩め、左手で軍刀を保持する。
そして軍刀を両手で持ち、彼の胸の前に構える。
しばらく彼と見つめ合ったのち、彼はその軍刀を俺に差し出した。
「陸軍海軍空軍、全将兵はこの時をもって、陛下に軍に関する権限の一切を返還するとともに、そのしるしとしてこの軍刀を陛下に返納いたします」
「……権限の返上を受諾する」
俺はヒンデンブルク元帥の軍刀を受け取り、机の上に置く。
そして元帥は俺に対して敬礼し、俺もそれに答礼した。
この時をもって、軍の実権掌握は終わりをつげ、再び俺に統帥権が返ってきた。
「……ではヒンデンブルク元帥」
「はっ」
「貴官を来るコアレシアとの戦争における、イレーネ帝国陸軍の総司令官に任命する。貴官のその鍛え抜かれた戦術眼と決心を、帝国のために役立ててほしい」
「……! 総司令官の任、謹んでお受けいたします」
俺はヒンデンブルク元帥より渡された軍刀を、再び元帥に渡した。
もとよりヒンデンブルクを総司令官に任命することは決めており、今回の事態で何かその方針を変えるつもりはない。
元帥もその『恩賜』の軍刀を腰に提げ、再び敬礼した。
「我々は地球の人間であり、わが軍にはかつて対立していた勢力も数多く含まれている……。だが今はかつての壁を越え、この世界における未曽有の脅威に一丸となって対処するべきだ。地球人類の栄光と勇気をこの世界中に知らしめ、この世界に安寧を!」
「「「「帝国に栄光あれ!」」」」
将軍たちはいっせいに起立し、直立不動の敬礼をする。
その光景は、一瞬とはいえ関係がこじれた軍による、再び確認された忠誠を意味していた。
もう大丈夫だ、帝国は必ず勝つ!




