29足目 ピストスと靴下
【お知らせ】
この作品は現在、noteにて1話から加筆修正し、再連載しています。
『俺の靴下が片方ないっ!!』修正版第1話はこちら
https://note.com/namatamago_wao/n/nf41dade3b6d7
固まってしまったのも束の間、その後飛び退くように立ち上がる口切。
「うぅ...やってくれたわ、ね...?」
だが、なんだかフラフラとよろめいている。
「お、おい大丈夫か――」
声を掛けたのと同時に再び口切が倒れ込んできた。ソファに埋もれながらもなんとか手を伸ばして受け止めると、以前にも感じたビターチョコと花のような気品ある香りが飛び込んでくる。
「ぐあ!痛った!...っておい口切?」
「うぅ~なにこれぇ...水...?」
「水?」
トトト、と誰かが廊下を歩いてくる音がする。助かった。
「どうかしましたか~?」
ガチャリとドアが開き、こちらをのぞき込んだ店長さんと目が合う。
「あらら~?めぐるちゃんったら甘えんぼさんね~?」
「そんなこと言ってないで起こしてください!口切の様子が変なんです!」
「あらそう〜。」
少し残念そうな顔をしていたが、口切を俺から下ろすと膝枕で様子を見始めた。
こちらも何とかソファから自力で這い出し、口切の様子をうかがう。
「めぐるちゃ~ん?顔が赤いけどどうしたの~?」
「水...濁ってて...」
また水と言っている。
口切は問題ないと踏んだのか、店長さんがこちらを向き口を開く。
「何があったの〜?」
「えーと、転んだ口切が俺の靴下を吸っちゃったみたいなんですけど...。」
「あぁ、そういうこと~。」
納得しましたと言わんばかりに頷く店長さん。
「一度立ち上がったんですけど倒れ込んできてさっきの状況になったわけです。...口切、どうしちゃったんですか?」
「う~ん。なんとなく酔っぱらってるように見えるけど。」
「酔っぱらった?」
「見た感じ...だけどね。このまま少し寝かせておけば問題ないと思う。」
それはよかった。が一体どういうことなんだ。
靴下を脱ぎ、試しに自分で嗅いでみる。が、嫌なニオイは特になく、柔軟剤の香りがほんのりとするだけだ。
「別に何もないですけど...。」
そんな俺を見ていた店長さんが口を開く。
「うーん、本人は何ともないのね〜。」
「あの――」
「百束ぁー。あんたフローマになにしてくれたのよ!」
話を遮られただけでなく、手でぺちぺちと脛を叩いてきた口切。
「なにもしてないよ失礼な。」
「店長~フローマが~!」
怒ったと思ったらぐずり始めた。情緒がヤバいな。
「はいはい、寝ぼけてるのかしらね~。大丈夫?」
店長さんが頭を撫でると今度はスゥ...と眠ってしまった。
「...ひとまずお店に戻らないといけないし、このまま寝かせておきましょうか~。」
「はい。」
手に持っていた靴下を転がっていた袋に入れ、口切のバッグのそばに置く。
「ここに置いとくぞ。」
店長さんが出してくれた靴下を履き直し、お店へと戻った。
「あのー、聞きたいことがあって。」
「大丈夫。何を聞きたいのかちゃんと分かってるわ。とりあえず座ってちょうだい?」
そういってカウンターにコトリと2人分のカップを置く店長さん。
「立ち話も何だしね。」
「はぁ...ありがとうございます。」
好意に甘えてカウンターチェアへと座る。店長さんが一口飲んだのを確認してからこちらも口をつけた。
「あ。今日のはすごく爽やかですね。スッと引いていくような。」
「すぐ済む話だから口当たりも軽い方がいいと思ってね~。」
「なるほど?美味しいです。」
「よかった〜。」
ニコリと微笑むと、そのままの優しい表情で言葉を続ける。
「さて、じゃあまず百束くんの知りたがってることだけど。一応聞いておこうかな?」
「はい。ピストスって何なんですか?口切は木から出てる粒子とかなんとか言ってましたけど。」
「だいぶ濁してるのねめぐるちゃん..。地底では祭事用に使われる薬みたいなものだったりするんだけど。」
「みたいな、って店長さん達もよく知らないんですか?」
「えぇ、これまではあまり気軽に触れていいものでもなかったから。」
「そうなんですか。」
「うん〜。なんなら今回の件で初めて研究されるの。百束くんの靴下から確認されるものと合わせて目下調査中なのよ。」
「はぁ。ちなみに何で俺の足から出てるんですかね?」
「困ったことにそれも分からないのよ〜。」
「ですよねー。」
2人で大きくため息をつき、カウンターへ手をつく。
数秒の沈黙の後、店長さんが顔を上げたかと思うと――
「ごめんなさいね。木と百束くんからそれぞれ採取したピストスを並行で調査中だから、もし判明したことがあればすぐに教えるわ。」
「お願いします。」
「任せて〜!...それと私からも聞きたいことがあって。これまで他の誰かに靴下を嗅がせちゃったことってある?」
ふっと頭に思い浮かんだ青水。先日の家での一件もあり、ついため息が漏れてしまう。
「あります、知り合いの女子に1回だけ。」
「...ちなみになんでかしら~?」
頬に手を当てて不可解そうに眉をひそめる店長さん。
「まあ色々ありまして...。」
答えたくないなぁ、と思いながら視線を外していると、どうやら気持ちを汲んでくれたようだ。
「まあいいわ。その子は嗅いだ直後どうなったとか覚えてる?」
「口切と同様フラフラしてましたね。ふにゃりと崩れて。」
「フラフラねぇ。」
「あ。その後保健室で休んでる間、介抱した友人に恋してた!とかよく分からないこと言ってましたね。」
「ふーむ。...なにそれ?」
エプロンのポケットからペンを取り出すと、近くにあった紙ナプキンに何かを書き始めた。
「俺にもさっぱり。...何か分かったんですか?」
「全然分からないわね〜。でも情報が増えるのは良いことだから。...また1つ謎は増えちゃったけど進展だね、ありがと〜。」
もう話は終わりだろうか。
残りのコーヒーをしっかり味わいながら飲み干し、カップを静かに置く。
「あ、待って!それともう1つ。」
そうそう、と何かを思いだした店長さんが言葉を続ける。
「百束くんに注意してもらいたいことがあって。」
「注意?」
「うん〜。ピストスは生き物が吸ってしまうとすこ~し危ないかもしれなくて。」
「え?」
「あんまり悪く捉えないで欲しいんだけど...ピストスは『毒』なんじゃないかって話が出ているの。」
「毒!?さっき薬みたいなものって言ってましたよね?」
「そう。『薬みたいなもの』。...毒は使い方次第で薬にもなるから。有名なところで言うとヒガンバナやトリカブトとかね〜。」
確かに聞いたことがある。取り繕ってくれてはいるが、毒といわれるとショックが大きい。
「あと至近距離で吸ったりしなければ問題ないから~。」
俺の身体は一体どうなってるんだ。これまで普通に生きてきたし、調子が悪いこともない。
「頭が痛くなってきた、なんで俺から毒が...?」
これまでは『粒子』なんて言い方をされていた為に実感が湧かなかったが、『毒』と聞いて不安が押しよせてきた。
そんな俺を見越したのか、店長さんが口を開く。
「う~ん。原因はまだ全然分からないけど、少なくとも私たちエナトスは助かってるわ。」
「はぁ...。」
ついため息交じりの返事が出てしまう。
「それに危険とは言ったけど、早々ないわよね~、足を嗅ぐなんてシチュエーション。」
「...ここ2週間くらいの間に2回も起きたんですけど。」
沈黙が流れる。店長さんはいつもの微笑を湛えたままコーヒーを一口飲むと、
「大丈夫!」
と表情を変えずにサムズアップした。説得力はカケラもなかった。
その後の情報は諦めて店を出た。頭に反芻しているのは「危ない」という言葉。
「危険...ねぇ。」
辺りに人がいなかったので、ボソリと呟いてみる。返ってくるはずもないのだが無性に悲しくなってくる。
第一、人の足から毒なんて出てくるものなのだろうか?嘘をつかれている...様には感じなかったが。
だが、口切が俺に隠していた理由もなんとなく分かった。それ以前に口にしたくなかったのもあるだろうけど。
色々思うところはあるが、とりあえず家に帰ろう。
悶々とした気持ちを振り切ろうと頭を振り、足早に自宅へと歩を進めた。




