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第3話 刀との契約

 靴底が地面と擦り合う音が聞こえる。


「あなたには指一本触れさせないから安心して」


「きみは誰?」


「何も知らずにこの鞘を持っていたの? おかしな人ね」


 僕たちを取り囲む九人の男たちはとても二人で相手にできる数ではない。

 それでも少女から不安は感じられなかった。


「お前ら、やっちまえ!」


「ねぇ、なにか特技はある?」


 足手まといにしかならない僕の制服を引っ張り、鞘で男たちの攻撃を受け流す彼女は緊張をほぐすように雑談を始めた。


「特技なんてないよ。運動も勉強も普通なんだ。あ、でも」


「なにか一つくらいあるんじゃない?」


 特技なんて思ったことはなく、そう思うことはおこがましいと自分に言い聞かせていた。

 でも、この危機的状況で感覚が麻痺していたのか、その単語は簡単に口から零れた。


「ヴァイオリン」


「へぇ。この出会いは運命かもね」


 目が眩むような光の中で少女の声だけが取り残されて姿はなくなっていた。


「あれ? これって」


 左腰にこれまでにはなかった重さを感じる。

 音符と音色を表現している模様と装飾が施された鞘に納められた刀がそこにあった。

 まるで「抜け」と言わんばかりの雰囲気に気圧されて柄を握る。


 足を開き、腰を落とす。

 左手で鞘を持ち角度をつけて、息を吐きながら一気に引き抜く。

 まるで居合い術を習ったことがあるかのような身のこなしに自分でも驚きつつ、男たちを見回した。


 うるさいほどに跳ねる心臓の音も、風に揺れる草木の音も、男たちの怒声も、今は何も聞こえない。

 ただ、脳内に響くのはさっきまでいた少女の声だけだ。


「君と契約を結ぶ! 異論は認めない!」


 スキル『契約』が発動し、刀となった少女との間に縁が生まれた。

 抜刀した刀の鍔と同じ形の指輪が左薬指にめられ、光を反射している。


「おいおい。なんだよ、その構えは!?」


「なめてんじゃねぇぞ!」


 僕は鞘を左肩に乗せ、顎を乗せて挟み込んで高く持ち上げるように構える。

 体を少しだけ左に傾け、目線は鞘と平行になるように意識する。

 左手の指で三つある音符の装飾を押えて、視線を右手に移した。

 右手に持つ刀のみねを鞘にあてがい、いわゆるボウイングと呼ばれるヴァイオリン演奏に必須となる動作の準備を整えた。


 僕を囲む九人の男たちが一斉に飛び掛かる。

 目視できる敵は三人。残り六人の位置情報は脳内に直接流れ込んできた。

 後ろから二人、左右から二人ずつ。

 これは、今は刀となっている彼女が警戒してくれているおかげだ。


 みっともなく動き回る必要はない。

 まるでステージの上でクラシックを演奏するように僕は右手を動かし始めた。


響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』、格式奥義かくしきおうぎ――剥牙絶弦はくがぜつげん


 その音色は聞く者の心に爪を立て、むしるようなものだった。

 身の置き場がなくなり、体がねじ切れるほどに身悶える男たちには目もくれず、僕は演奏を続ける。


 刀の峰は計算し尽くされた鞘の凹凸と空気穴によって摩訶不思議な音を奏でていた。


「や、やめてくれぇぇえぇぇえ」


 絶望の音色に耐えかねた男たちが発狂しながら地を這いずり回り、懇願こんがんする。

 僕はその様子を恐ろしく冷え切った頭で認識していた。


 演奏を止めた僕の周りにはどこから溢れ出たのは分からない体液まみれの男たちが横たわっている。

 いくら異世界とは言え、人殺しになるつもりはない。

 適度に懲らしめて終えるのが理想だけど、命の駆け引きをしているときにそんな気遣いはできなかった。

 幸いなことに全員息をしているけど、何人かは精神錯乱状態のようだ。


「いきなりわたしの奥義を発動させるなんて!? とんでもない男ね」


 踵を鳴らしながら少女が着地する。

 刀の姿から人間の姿に戻る瞬間を目の当たりにして僕は目を見開いた。


「これを僕がやったの? 武器を持った男たちを一人で……?」


「そうよ。これはとんでもないことなのよ! わたしを握ったのも、奥義を発動したのも、あなたが初めて! やっと見つけたわたしだけの主様」


 そう言って僕の手を握る少女の満面の笑みに胸がときめいてしまった。


「死んでないよね?」


「もちろん! 死なない程度に調整しておいたから安心して。人を殺めたくないのでしょ?」


「それなら良いけど。きみは誰? 人になったり、刀になったり」


 見つめ合っている僕たちの背後で茂みが揺れ、馬車の中から引きずり出されていた女の子がドレスについた土埃を払っていた。


「危ないところを助けていただき、ありがとうございました。この御恩は一生忘れません」


「そんな、そんな! お怪我はありませんか?」


「はい。おかげさまで」


「それで、あの、この子は?」


 赤と紫のドレスの女の子は僕の隣に立つ少女と視線を合わせてから僕に向かって微笑んだ。


「随分とあなた様を気に入っているようですし、差し上げます。優しく扱ってあげて下さい」


「いいんですか!? それは、はい。もちろんですけど」


「失礼ですが、お名前を教えていただけませんか?」


「佐山 冴也といいます」


「きっとお礼をいたします。では先を急ぎますので。あ、こちらをお持ち下さい。きっと役に立ちますよ」


 女の子から受け取ったコインを制服の胸ポケットにしまい、馬車を見送る。

 二人の年齢は同じくらいだと思うけど、ドレスの子の方がずっと大人びている印象だった。


 あれ、向こう側って祭壇のある遺跡しかないんじゃなかったっけ。


 そんなことを考えていると頭がくらっとした。僕は膝から崩れ落ちる。


「ちょっと、大丈夫……!?」


 少女の声を聞きながら僕は意識を手放した。

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