第2話 女の子を助けようとしたら、逆に助けられた件
祭壇のある場所から放り出された僕は周囲を見回して絶句した。
これまでにいた場所は外から見ると遺跡のようで、僕の視界には砂漠が広がっていた。
既にナガリたちの姿はない。まるで一瞬にして消えてしまったみたいだ。
どうすることもできないけど、彼らに縋ることだけは絶対にしたくない。
僕は森へ向かって歩き始めた。
まず自分に何ができるのかを確認しなければならない。
ありがたいことに心の中で思っただけで変化があった。
まるでゲーム世界のようにウィンドウが目の前に広がっていく。
称号:【鞘の勇者】
スキル:【作成】、【契約】
鞘だけを持っていても仕方ないと思う。
刀を納めることはできてもそれ以外の使い道がない。
どう見ても攻撃力は皆無のステータスだった。
元から武術の心得はないし、運動が得意というわけでもない。
強いて自慢できることといえば、ヴァイオリンを習っていたことくらいだ。
しかし、それも才能があったわけではなく、コンテストで賞を貰ったりしたわけではない。
そんな冴えない凡人にこの世界を生き抜くことができるのか不安だ。
とりあえずスキルを発動してみることにしよう。
【作成】では最大十個の鞘が作れるみたいだけど、どのような物ができ上がるのか興味がある。
「スキル発動っと」
まばゆい光に包まれた僕の左腰には一本の鞘が装備されていた。
実物を見たことはないけど、たぶん日本刀の鞘だ。
ずっしりと重く、表面は立派な漆塗りで仕上げられている。
ベルトから外して見回すと鞘の表面には音符と音色を表現しているような模様と装飾が施されていた。
「無地の鞘じゃないんだ。面白いな。もう一個だけ」
もう一度スキルを発動すると同じように右腰に二つ目の鞘が出現した。
一本目と同様に漆塗りの上から雪の結晶のような模様が施されている。
楽しくなった僕は止め時を見失い、特徴が異なる十個の鞘を作成してしまった。
「……マズい」
鏡がないので今の姿を確認できないけど、たぶん滑稽以外に言い表せないだろう。
右腰に五つ、左腰に五つの鞘だけを身につける男。
鞘は歩く度に騒々しい音を鳴らし、太腿から膝下までをいたぶりつけてくる。
「ダサすぎないか、これ」
しかも、貴重なスキルを使い切ってしまった。
危険が迫ったら鞘で叩くことはできるな。安直な考えと中身のない入れ物だけを持つ僕は森の奥へと続く細い道を進む。
「このまま道なりに行けば町に着くかな」
無意識のうちに不安なことを口に出しながら歩いていると前方から悲鳴が聞こえてきた。
僕が駆けつけたところで何もできないのは目に見えている。
でも、後ろにあの祭壇しかないのなら前に進む以外の選択肢がなかった。
道から外れ、茂みの影から覗くと豪華な馬車が複数人の男たちに襲われていた。
護衛の者と思われる屈強な男が複数人に囲まれて痛めつけられている。
「手荒い真似はしたくないんだ。言うことを聞いてもらおうか」
馬車の中から引きずり出されたのは赤と紫を基調としたドレスを身に纏った女の子だった。
思わず息を呑むほどに可憐な容姿に見惚れてしまう。
そんなことをしている場合じゃない。とにかく助けないと!
そう思ったときには駆け出していた。
男の一人に体当たりをして「逃げろ!」と叫ぶ。
しかし、すぐに殴り返されて地面に転がりこんだ。
両腰にある鞘がベルトから外れて僕の周りに散らばり、口の中には鉄の味が広がる。
ドレス姿の女の子は目を見開いているし、きっと呆れているんだろうな。
こんな無茶をして見知らぬ異世界で死んでしまうのか。
「おいおいガキ、王子様ごっこか?」
「なんだよ、鞘だけじゃねぇか」
男たちは数本の鞘を拾い上げ、一本を放り投げる。
うずくまりながら咳き込む僕の足元に転がった鞘が虚しい音を立てた。
野盗の手には音符の模様を施された鞘が握られている。
それも放り投げられると思った矢先、男はあろうことか鞘を両手で持ち、膝を構えた。
「……やめろ」
「刀だったら奪ってやったが、こんな物に価値はないからな」
鞘を頭上に掲げ、構えた膝を目がけて一気に振り下ろす。
「それに触るなーッ!」
鞘が膝に接触する直前に体当たりするも非力な僕では力が及ばず、腹部を蹴り飛ばされてまたしても地面にうずくまる。
超絶に痛い。こんな痛みを感じたのは人生で初めてだ。
それでも鞘だけは取り返して抱きかかえていた。
この鞘に納めるべき刀を見つけることができるかは分からない。
もしかするとこの鞘たちは役目を果たす日が一生来ないかもしれない。
でも、決して壊されて良い物ではないはずだ。
なにより、自分のスキルで生み出した大切な所有物なんだ。
「これは僕の物だ! 僕が作ったんだ! こいつらの価値は僕が決めるッ!」
苛立つ男は身近にあった斧を振りかざした。
鞘を抱きながら丸まっている標的など外すはずがない。
しかし、一向に衝撃は訪れなかった。
「よく言ったわね。わたしの鞘を借りるわよ」
厚手のコートの裾と持て余した袖が軽やかに揺れ、着地した弾みに厚底ブーツが音を立てる。
こんな森に似つかわしくない少女は僕の手から音符の模様を施された鞘を抜き取った。
僕の目に飛び込んできた光景は拘束具の様な服装の少女が振り下ろされた斧を受け止める瞬間だった。
「え……?」
ふふっと軽く微笑む彼女は身長差をものともせず男に競り勝つ。
「頭ぁ! 荷馬車にあった剥き出しの刀が急に飛んでいきやした!」
「はぁ!? そんなことあるわけねぇだろ!」
拘束具の少女は挑発的に目を細めて、鼻を鳴らす。
「それがあるのよね」
手を取り、立ち上がった僕は自分よりも背の低い少女に守られていることへの気恥ずかしさよりも、彼女の手の温もりと言いようのない頼もしさを感じていた。




